第9話:青髪ヒロイン、ファミレス打ち上げで妙な空気、俺の平穏が遠ざかる
放課後、6月の陽気がジリジリ残る街を抜けて、俺たちはいつものファミレスに流れ着いた。文化祭準備でクタクタだ。テーブルに着いたのは、俺、臼木崚雅、辛康太、そして納戸瑠璃。康太がメニューを広げて、ニヤニヤしながら喋り始める。
「なあ、崚雅。ラノベのテンプレだと、打ち上げってキャラの秘密がポロッと出るタイミングだろ。納戸さん、なんか隠してることある?」
康太が眼鏡をクイッと上げる。お前のラノベ脳、6月で過熱しすぎだろ。
「お前、また変なこと言い出したな。普通にメシ食うだけだろ」
俺が言うと、納戸瑠璃がクスクス笑いながらドリンクバーのストローを弄ぶ。青髪が照明でキラッと光る。なんか、いつもよりリラックスしてる気がする。
「辛君、ほんと面白いね。私、秘密なんてないよ。臼木君は?」
「俺? 普通の高校生に秘密なんてねえよ。強いて言うなら、康太のバカさ加減に呆れてることくらい」
「ひでえ! 俺は賢者ポジだぞ! 文化祭のポスター、めっちゃバズっただろ!」
康太が胸張る。確かに、康太の作ったポスター、納戸さんの青髪をイメージしたデザインがクラスで評判だった。けど、バズったって言うほどかよ。
「バズったって、お前の頭の中だけだろ」
俺がツッコむと、納戸さんがメニューを覗きながら口挟んだ。
「ポスター、けっこう良かったよ。辛君、絵上手いよね。アニメのキャラみたい」
「マジ!? 納戸さんに褒められた! アニメなら、俺のキャラ設定、隠れアーティスト枠だな!」
康太が拳握る。お前のアニメ脳、ほんと止まらねえな。納戸さんは笑って、ドリンクバーに立つ。彼女の後ろ姿、青髪が揺れるの、なんか映画のワンシーンみたいだ。
ファミレスの窓から見える夕暮れ、6月の空はまだ明るい。文化祭準備、6月開催って早すぎだろ。クラスのカフェ企画、納戸さんのケーキ試作や装飾デザインで盛り上がってるけど、俺は雑用で汗かいてるだけ。普通でいいんだけど、なんか物足りなく感じるのはなんでだ。
「崚雅、考え事? ラノベなら、打ち上げで主人公がヒロインの謎に気づく前振りだぞ」
康太がハンバーグかじりながら言う。またラノベ脳かよ。
「気づくも何も、俺、雑用で忙しいだけだ。お前の妄想、いい加減にしろ」
「妄想じゃねえ! 納戸さんのあのケーキ、プロ級だろ。あのデザイン、なんか普通じゃねえよな」
康太が声をひそめる。
納戸さんがドリンクバーから戻ってきて、アイスティー置く。彼女のバッグから、銀色の星形チャームがチラッと見えた。あれ、前に落ちてたやつだ。表面に、円形の模様が刻まれてる。なんか、最近見なかったけど、久々に目に入った。
「納戸さん、そのチャーム、いつも持ってるんだな」
俺が何気なく言うと、彼女の手が一瞬止まった。
「ん、これ? 昔、友達からもらったやつ。大事にしてるんだ。臼木君、アクセサリーとか興味ある?」
「いや、別に。なんか、凝ったデザインだなって」
「ふーん、そうかな。まあ、ただのお守りみたいなもんだけど」
納戸さんが笑って誤魔化す。彼女の得意技だな。康太が「アニメなら、そのチャームは覚醒アイテムだろ!」とか言いそうだったけど、俺の睨みで黙った。
店員がパフェ持ってくる。納戸さんがスプーンでクリームすくって、なんか楽しそう。6月の暑さにパフェ、似合うな。康太がハンバーグ食い終わって、デザートメニューをガン見。
「なあ、納戸さん。文化祭のケーキ、あれどうやって作った? 俺、食いまくったけど、秘密のレシピとかあんのか?」
「秘密ってほどじゃないよ。昔、友達と一緒にスイーツ作ったことあって、その時のレシピ使っただけ」
「昔、友達と」。前の学校の話じゃない、微妙な言い回し。康太なら「伏線」と騒ぎそうだけど、俺は黙ってパフェを食う。
「失敗したこともあったけど、今回は上手くいったかな。臼木君、ケーキどうだった?」
納戸さんが俺に振ってくる。試食の時、サクッとしたクッキー、甘さ控えめのケーキ、確かにヤバかった。
「めっちゃ美味かった。売ったらバカ売れするだろ」
「ふーん、ありがと。失敗しないように、気をつけるよ」
納戸さんの笑顔、ちょっと遠い目。失敗って、料理部の話? それとも、別の何か? そんなことを思いつつ話題が文化祭の装飾に移る。納戸さんのデザインした看板、花と星のモチーフがクラスで話題だ。クラスの秀才、田中彩花が「納戸さんのデザイン、なんか引き込まれる」って言ってた。確かに、あの模様、どっか不思議な雰囲気ある。
「納戸さん、あの看板、めっちゃ上手いよな。美術の才能もあるって、ずるくね?」
俺が言うと、彼女はアイスティー飲みながら笑った。
「才能ってほどじゃないよ。昔、友達と似たようなことやっただけ。癖みたいなもん」
「まあ、いいけどさ。納戸さん、看板のあの模様、なんか意味あんの?」
康太の質問に、納戸さんが一瞬、目を細めた。
「意味? ただの落書きだよ。辛君、ポスターの次は何作る?」
「次? チラシだな! アニメなら、カフェの宣伝で街中バズる展開!」
康太が拳握る。お前のアニメ脳、ほんと賑やかだな。納戸さんはクスクス笑って、
「チラシ、楽しみだね。辛君、ほんとキャラ濃いよね」
「これが俺の魅力だぜ! ラノベなら、俺、脇役だけど後半で鍵握るタイプ!」
「ふーん、期待してるよ、鍵キャラさん」
納戸さんがニヤッと笑う。康太、完全に調子に乗ってる。
ファミレスを出ると、6月の夜風が涼しい。街のネオンが映える中、納戸さんがバッグを肩にかけ直す。チャームがカチャッと音を立てた。なんか、さっきより輝いて見える。いや、気のせいか。
「じゃ、また明日。文化祭準備、頑張ろうね、臼木君、辛君」
納戸さんが手を振って、駅のほうへ歩き出す。青髪が街灯で揺れる。
ファミレスの賑やかさ。こんなのに慣れたら、俺の平穏な高校生活、どうなるんだよ。