第4話:青髪ヒロイン、街で偶然遭遇、俺の週末が普通じゃなくなる
週末の昼下がり、俺、臼木崚雅は、街のショッピングモールでぶらついていた。普通の高校二年生としては、休日くらい気楽に過ごしたい。隣では辛康太が、アニメショップの袋をぶら下げながらニヤニヤしてる。
「なあ、崚雅。ラノベならさ、週末の街でヒロインと偶然遭遇とか、急接近イベントの定番だろ。俺のシナリオ予測だと、そろそろ何か起こるぜ」
康太が眼鏡をクイッと上げて言う。こいつのアニメ脳、ほんと止まらないな。
「シナリオ予測って何だよ。普通に買い物してるだけだろ」
俺が呆れると、康太は「いや、絶対何かあるって」と鼻息荒く歩き出す。ほっとけよ。
モールのフードコートでハンバーガーかじってると、視界の端に青い髪がチラッと映った。ん? まさか。振り返ると、納戸瑠璃が古書店の前で立ち止まってる。いつもの制服じゃなく、白いワンピースにカーディガン。青髪が風に揺れて、なんか絵画みたいだ。いや、落ち着け。普通の高校生が街でクラスメイト見かけただけだ。
「崚雅、見たか。納戸さんだ。ラノベならここで『偶然の再会』イベント発生だろ」
康太がハンバーガーを頬張りながら囁く。やめろよ、声でかい。
「ただの偶然だろ。ほっとけ」
そう言いながら、つい納戸さんのほうをチラ見してしまう。彼女は古書店のウインドウを覗き込んで、なんか真剣な顔してる。手に持ってるのは、あのメモ帳だ。図書室で見た、変な模様が描かれたやつ。
「なあ、康太。納戸さん、なんか本でも探してるのかな」
「本? お前、気になってんじゃん。ほら、行けよ。話しかけろ。ラノベならここでフラグ立つぞ」
「フラグって何だよ。俺は普通に…」
言いかけた瞬間、納戸さんがこっちに気づいた。サファイアみたいな瞳が俺を捉える。やばい、バレた。彼女がニコッと笑って、こっちに歩いてくる。
「臼木君、辛君。こんなとこで何してるの?」
納戸さんの声は穏やかだけど、なんか含みがある気がする。いや、考えすぎか。
「いや、ただ買い物。納戸さんは?」
俺が返すと、彼女はメモ帳を軽く振ってみせた。
「古い本、探してるの。前の学校で、ちょっとハマってたジャンルがあって」
また「前の学校」。康太が「ほら、来た。過去の伏線」と目で訴えてくる。黙れよ。
「どんな本?」
つい聞いてしまった。納戸さんは一瞬、目を細めて、メモ帳を鞄にしまった。
「ん、伝承とか、昔の話。まあ、マニアックなやつだよ。臼木君、読書する?」
「いや、マンガくらいかな。納戸さんの読む本、なんか難しそうだな」
「ふーん、意外。なんか、頭良さそうに見えたのに」
納戸さんがクスクス笑う。なんだ、その「意外」は。俺、普通だぞ。
「納戸さん、俺は読書家だぜ。ラノベなら100冊以上読破済み。オススメあるなら教えてよ」
康太が胸張って割り込んでくる。納戸さんはニヤッと笑って、
「辛君、ほんとアニメのキャラみたいだね。ラノベなら、どんなキャラ設定?」
「俺? 主人公の親友で、物語の解説役。後半で実は鍵握るタイプだろ」
「ふーん、いいね。期待してるよ、解説役さん」
納戸さんが笑いながら言う。康太、完全に調子に乗ってる。ほんと、救いようないな。
その時、古書店のドアが開いて、店員らしきおじさんが出てきた。眼鏡に白髪、なんか学者っぽい雰囲気。
「お嬢さん、この本? 珍しい選択だね。『古の封印』、うちの在庫でも一冊だけだよ」
店員が納戸さんに分厚い本を手渡す。表紙に、メモ帳の模様に似た円形のマーク。なんだ、あれ。ファンタジー小説? いや、まさか。
「ありがとう。前の学校で、友達に勧められたやつなの」
「いや、遠慮しとく。読むの遅いし」
「ふーん、じゃあ、辛君?」
「俺? マジで? いや、でもファンタジー系は読むけど、伝承はちょっと…」
康太が珍しくたじろぐ。納戸さんはクスクス笑って、本を鞄にしまった。
「冗談だよ。じゃ、用事あるから。またね、臼木君、辛君」
彼女は手を振って、古書店から離れていった。青髪が揺れる後ろ姿、なんか異世界のキャラみたいだ。
「崚雅、見たか。あの本、絶対ヤバいぞ。ラノベなら、禁断のアイテムとか、物語の鍵だろ」
康太が興奮気味に言う。こいつの「ラノベなら」が始まった。
「お前、なんでもラノベに結びつけるな。普通に古い本だろ」
「普通? 納戸さんが普通なわけない。俺のシナリオ予測、ビビッと反応してるぜ」
「その予測、ゴミ箱に捨てろ」
俺が呆れると、康太は「ちぇっ」と笑いながらハンバーガーの包み紙を丸めた。
家に帰って、ソファでゴロゴロしながら、納戸さんのことを考える。あの本、メモ帳の模様、前の学校。なんか、繋がってる気がする。図書室で見たメモ帳の走り書き、「3回」「ダメだった」って何だ。告白の失敗? いや、俺が詮索する話じゃない。普通の高校生なら、クラスメイトのプライベートなんてほっとくよな。
でも、翌日の月曜日、教室で納戸さんを見ると、なんかモヤモヤする。彼女はいつもの窓際の席で、あの古い本を読んでる。青髪が光に映えて、まるで別世界の住人だ。康太が隣でボソッと囁いてきた。
「なあ、崚雅。納戸さん、今日もなんかミステリアスだろ。ラノベなら、そろそろサブイベント発生だな」
「お前、サブイベントって何だよ。普通に授業受けるだけだろ」
俺が返すと、納戸さんがこっちをチラッと見た。やばい、聞かれた? 彼女は小さく笑って、本に戻った。
1時間目の英語、単語テストが始まる。納戸さんがスラスラ解いてるの、チラッと見えた。なんか、めっちゃ頭いいな。前の学校でも、成績良かったのかな。いや、なんで俺、こんなこと気にしてんだ。
昼休み、康太と弁当食ってると、納戸さんがまたメモ帳に何か書いてる。チラッと見えたのは、やっぱりあの模様。今度は星形が追加されてる…
「よ、納戸さん。いつも何書いてるの?」
つい話しかけてしまった。彼女はメモ帳をパタンと閉じた。
「ただの落書きだよ。臼木君、絵とか興味ある?」
「いや、美術は壊滅的。納戸さんは上手いよな、そういうの」
「ふーん、まあ、前の学校でちょっとやってただけ。たいしたことないよ」
また「前の学校」。康太の目線がこっちに向かう。
言いそうな事が分かってきた。我ながら怖い。
でも、なぜか胸の奥で、納戸さんの笑顔が引っかかる。週末の偶然、ただのクラスメイトのはずなのに、なんか普通じゃなくなる予感がする。
俺の休日、返してくれよ。