第1話:青髪ヒロイン、教室に降臨すれど、俺の隣は呪われた席
春、4月。桜が舞う校庭を眺めながら、臼木 崚雅は教室の窓際で欠伸を噛み殺していた。
高校二年生、顔は普通、成績も普通、特技は特にないけど「普通すぎて逆に目立つ」と親友にからかわれる程度の男だ。
隣の席では、親友の辛康太がラノベを読みながらブツブツ呟いている。
「なあ、崚雅。やっぱり青髪ヒロインは負ける運命なんだよ。統計的に見てさ、ピンク髪や金髪に勝率で負けてるんだよね。俺のデータベースだとな」
康太は眼鏡をクイッと上げ、アニメ脳全開で語る。
俺はため息をついた。
「そんなデータどこで集めたんだよ。お前の脳内か?」
「脳内データベースは最強だぜ! ほら、去年見たアニメでさ…」
康太の講釈が始まる前に、教室のドアがガラッと開いた。担任の山田先生が、ニヤニヤしながら入ってきた。
「よーし、諸君! 今日から新しい仲間が加わるぞ! 紹介する、納戸 瑠璃だ!」
教室が一瞬静まり返った。
ドアの向こうから現れたのは、まるでアニメから飛び出してきたような女の子。
長い青髪が朝陽にキラキラ光り、瞳はまるでサファイア。
スカートの裾がふわっと揺れ、まるでCGのような存在感。
納戸瑠璃、転校生、爆誕である。
「納戸瑠璃です。よろしくね」
彼女は短く自己紹介すると、軽く会釈した。声は透き通っていて、まるで風鈴の音みたいだ。教室の空気が一瞬で変わった。男子は目を輝かせ、女子はちょっと警戒したような視線を向ける。康太に至っては、ラノベを閉じてガン見してる。やめろよ、キモいぞ。
「ふむふむ、いいねえ、瑠璃ちゃん! じゃあ、席は…おっと、臼木の隣が空いてるな! そこに座れ、納戸!」
山田先生がニコニコしながら俺の隣の席を指差す。瞬間、康太が椅子からずり落ちそうになった。
「なんで空いてる席があるんだよ。ラノベかよ」
康太がボソッと呟く。確かに、俺の隣の席は去年からずっと空だった。前の奴が急に転校して、それ以来誰も座ってない。まるで呪われた席みたいに。
「康太、黙れ。先生が聞いてるぞ」
俺が小声で窘めると、康太は「いや、だってさ…」とブツブツ言いながらラノベに目を戻した。瑠璃は特に気にした様子もなく、鞄を手に俺の隣に歩いてくる。彼女の青髪が揺れるたび、教室の光が反射してなんか幻想的だ。いや、落ち着け俺。普通だろ、ただの転校生だ。
「よろしく、俺、臼木崚雅」
俺は一応名乗ってみた。彼女は小さく頷いて、席に座る。ふわっと、なんかいい匂いがした。シャンプーか? いや、そんなこと考えてる場合じゃない。
「ねえ、臼木。さっきの話、信じる? 青髪ヒロインの勝率0%ってやつ」
康太が耳元で囁いてくる。授業開始のチャイムが鳴る直前、瑠璃がこっちをチラッと見た気がした。いや、気のせいか?
「黙れよ、授業始まるぞ」
俺は適当に流してノートを開いた。山田先生が黒板にガリガリ数式を書き始める。数学、嫌いじゃないけど得意でもない。普通だ。俺の人生みたいに。
昼休み、康太はいつものように購買のパンを確保して戻ってきた。俺は弁当を広げながら、瑠璃の様子をチラッと窺う。彼女は窓際で一人、なんか本を読んでる。青髪が昼の光に映えて、まるで絵画みたいだ。クラスメイトたちは遠巻きに彼女を見てヒソヒソ話してるけど、誰も話しかけに行かない。転校生あるあるだな。
「なあ、崚雅。あの青髪、絶対負けヒロイン属性だろ。俺のデータベースがそう言ってる」
康太がカレーパンを頬張りながら言う。こいつのデータベース、ほんと何なんだよ。
「データベースって、お前の妄想だろ。ていうか、なんでそんな話にこだわるんだ?」
「いや、だってさ! 転校生、青髪、かわいい、絶対何かあるって! ラノベならここで主人公が絡んで、フラグ立って、バッドエンド一直線だろ!」
康太の目がキラキラしてる。ほんと、アニメ脳すぎる。
「俺は主人公じゃねえよ。普通だろ、普通」
「普通すぎるのが主人公フラグだろ! ほら、行けよ、話しかけろ!」
「なんでだよ! ほっとけ!」
俺が声を荒げると、瑠璃がこっちを見た。やばい、聞かれたか? 彼女は本を閉じて、立ち上がる。そして、なぜか俺たちのほうに歩いてくる。マジかよ。
「ねえ、臼木君、辛君。さっきから私の髪のこと話してる?」
瑠璃の声は穏やかだけど、なんか圧がある。サファイアみたいな瞳が俺をじっと見てる。康太がカレーパンを喉に詰まらせて咳き込む。
「いや、別に…ただ、髪が目立つなって…」
俺がしどろもどろで答えると、瑠璃は小さく笑った。
「この色、気に入ってるんだけど。変かな?」
「いや、変じゃない! めっちゃ綺麗だよ!」
康太が勢いよく叫ぶ。教室の視線が一気に集まる。やめろよ、康太! お前が言うと誤解されるだろ!
「ふーん、ありがと」
瑠璃はそう言うと、ニコッと微笑んで自分の席に戻った。なんだ、あの余裕。転校初日でこの落ち着きは反則だろ。
「崚雅、見たか! あれ絶対負けヒロインの微笑みだ! でもなんか、勝率0%を覆す伏線っぽいぞ!」
康太が興奮気味に囁く。俺はため息をついて弁当を食べ続ける。伏線ってなんだよ。普通の転校生だろ、たぶん。
放課後、康太と一緒に下校してると、校門で瑠璃を見かけた。一人で歩いてるけど、なんか雰囲気がある。桜の花びらが彼女の周りで舞ってる。まるで演出みたいだ。
「なあ、康太。あの青髪、なんか普通じゃない気がする」
「だろ? 俺のデータベースがビビッと反応してるぜ。絶対、彼女には秘密がある!」
康太の言葉に、俺はちょっとだけ頷いた。秘密、か。まあ、転校生だしな。前の学校で何かあったのかもしれない。でも、俺には関係ない。普通の高校生として、普通に過ごすだけだ。
…そう思ってたんだけど、翌日、瑠璃が俺に話しかけてきたことで、なんか普通じゃない展開が始まりそうな予感がした。