八 ヤンスじゃねえか!?
学校一の不良として君臨していた女番長・荒原亞也子は、群れるのを嫌う孤高のヤンキーでもあった。
彼女の喧嘩の強さに媚びへつらい近寄ってくるヤツらは大勢いたが、へらへらとこちらの顔色を窺われるのは気に食わない。
アヤコはただ自分の生きたいように生きているだけ。
だからこそ、気に入らないヤツに周りをウロチョロされるくらいならば、一匹狼でいる方がマシだ。
しかしそんな彼女にも、たったひとりだけ、舎弟と言える存在がいたのである。
その名も、ヤンス!
「いや、ウチの名前はヤンスじゃねーっすよ! ウチには、厳島伊津佳っていう、立派な名前があるんすからねーっ!」
と、ベリンダの目の前で、どう見てもインコにしか見えないインコが喋っていた。
「お、お前マジでヤンスなのかよ!?」
「そーっす! 会いたかったっすよー! 姉御ぉーっ!」
「なんでお前インコになってんだよ!?」
「それはわかんねーっす!」
鮮やかな黄色い羽をバタバタさせながら、インコ……いや、ヤンスは嬉しそうにベリンダの顔を覗き込んでくる。
その、警戒心を掻い潜って懐の中に潜り込んできてしまうような人なつっこさは、なるほど、確かにベリンダの過去の記憶にあるヤンスのものと同じだった。
ヤンス……厳島伊津佳は、ベリンダ……荒原亞也子の同級生である。
ヤンスという名前は、彼女のその「~~っす」という三下っぽい口調を聞いたアヤコが、「そのうち“~~でやんす”とか言い出しそう」という理由で付けたあだ名だった。
荒れた不良校にあって、ヤンスは比較的きちんと学校に通うタイプの女の子であった。
しかしある日、校内に不良達に絡まれていたところをアヤコに助けられたことから、彼女のことを「姉御」と慕うようになったのである。
群れることを嫌う一匹狼のアヤコは、当初はヤンスのことも冷たくあしらっていた。
しかし、いくら突き放されようとも、翌日にはまた「姉御、姉御」と懲りずに近付いてくるヤンスに、いつしかすっかり根負けしてしまったのである。
そうしてヤンスはなし崩し的に、アヤコの「たったひとりの舎弟」の枠に収まったのであった。
「そうか、お前、ヤンスだったのか。ずいぶんとまあ、変わっちまったなあ」
ベリンダはそう言いながら、しげしげとヤンスのことを眺める。
正直、ローザリヤの肩にとまっている時には、ここまで流暢に喋っていなかったこともあり、ただのインコだとしか思っていなかった。
今も、キョロキョロと首を左右に振ったり、嘴で毛繕いをする様は、やっぱりどう見てもインコにしか見えない。
「姉御のことはすぐ分かったっすよ。あんなメチャクチャな暴れっぷり、それに感情が高ぶった時に出る“仏恥義る!”って口癖で、すぐにピンときたっす」
ヤンスは「えっへん!」と胸を張って言った。
「……つーかよ。なんでまた、ヤンスがこんなところにいるんだよ?」
「それはこっちのセリフっす。姉御こそ、なんでこの世界にいるんすか?」
「オレは、バイクで事故ったと思ったら、いつの間にかこんなふうに訳の分かんねーことになってたんだよ」
「えっ!? 姉御も事故ったんすか!?」
「姉御も、って……えっ!? もしかして!?」
ヤンスの言葉に閃きを得たベリンダは、ぐっと身を乗り出してインコの嘴の先に顔を寄せて言った。
「まさか、ヤンス! オメーもあの時、バイクで事故ったのかよ!?」
そう。
ベリンダがこの世界に転生する直前。
パトカーに追われてバイクで逃げ回っていた彼女は、ひとりではなかった。
ツーリングに行くからついてこい、と、ヤンスに声をかけて、ふたりで一緒に夜の街を駆けていたのである。
ヤンスは不良少女の舎弟ではあるものの、その性格はどちらかというと穏やかだ。
そのためパトカーから逃げている内にはぐれたことで、彼女はもう捕まったのだろうと考えていたのだが、どうやら違ったらしい。
「そうっす。ウチ、姉御と違って、パトカーに追われるのなんて初めてで、テンパっちゃって。それでついうっかりハンドル操作を誤って、中央分離帯に……」
「う……まじか」
事故現場の光景を想像してしまったのか、ベリンダは嫌そうに眉をしかめた。
なまじっか自身も実際の事故を体験しているが故に、妙なリアリティを感じてしまったのである。
ベリンダは嫌なイメージを振り払うように、軽く首を横に振った。
「あの時、バイクで事故ったオレたちが、こうして別人……いや、別鳥か? に、なって生まれ変わったってーのは、なんとなくわかった。けどよ、ここは一体どこなんだ? どうやら日本じゃあねーらしいことは分かるんだけど……」
「えっ? 姉御、分からないんすか?」
「は?」
きょとんとして首を傾げるヤンスに、ベリンダはポカンと口を開いて尋ねた。
「わ、分かるのか? お前、ここがどこなのか?」
「分かるっすよ」
「なんでだよ!? インコに分かるのに、オレが分かってねーの、バカみてーじゃん!」
「ウチはインコじゃねーっす! ヤンスっす!」
プリプリと羽を広げて訂正したヤンスは(※インコではある)、ベリンダの顔を見上げて、今いるこの場所……彼女たちの転生してきた世界について、あっさりとその正体を告げた。
「ここは、乙女ゲーム『愛は魔法の奇跡』の世界なんすよ」
「……?」
「あっ! ピンと来てないっすね!? やったじゃねーっすか! 一緒に! ほら、今年のお正月に、ウチんちで!」
「お前んちで……?」
ベリンダはそう言われて、正月頃の記憶を脳裏から引っ張り出した。
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