五 イケメンだかなんだか知らねーけどな
声に反応してベリンダたちが振り返った先には、どこからか駆けつけてきたらしい男子が立っていた。
それを目にした瞬間、ローザリヤの肩にとまっていたインコが、けったいなわめき声をあげ始める。
「アアアアーッ! ホワーッ! ギャッギャギャギャッ!」
「こ、コラ、バカインコ! 静かになさいな!」
「ホギャーーーーーーーッッッッ!」
「静かになさいってば! どうしたんですのよ急に! この、おバカ!」
突如荒ぶり始めたインコにてんてこ舞いのローザリヤを見て、ベリンダは一気に気勢を削がれたようだった。
臨戦態勢を解いた彼女は、握っていた拳をゆっくりと下ろす。
代わりにベリンダは、突然現れた男子を、ジロジロと無遠慮に見やった。
なんだぁ……? コイツぁ……。
背丈は高く、180センチほどはありそうだ。
濃紺の髪は短く刈られており、毛先を軽く外に跳ねさせている。
細いフレームの眼鏡をかけた端整な顔立ちは、陽の光を浴びてキラキラと輝いているかのようにすら見えた。
眼鏡越しに覗くコバルトブルーの瞳は、切れ長で美しい。
鼻筋は通っており、薄い唇は凜々しくまっすぐに引き結ばれていた。
男性らしく力強い顔つきでありながら、その肌は女性のようにきめ細やかで美しい。
身を包んでいるのは、アリソンの着ている女子制服と似たデザインのブレザーであった。
アリソンが膝丈のスカートであるのに対して、こちらは長ズボンである。
誰もが見惚れるほどの美しい容姿の彼に対して、しかしベリンダは特にこれといった感情を動かされるでもなく、しげしげと睨み付けるばかりであった。
そして、代わりに反応を見せたのは、ローザリヤである。
「スコット・スペーシアウッド王太子殿下! どうして貴方様がここに!?」
「たまたま校舎の中を歩いていたら、外が騒がしかったのでね。少し様子を窺いに来たのだが……」
スコットと呼ばれた彼は、びしょ濡れになって地べたに座り込むベリンダを、チラリと見やってから、言った。
「ローザリヤ。きみ、もしや彼女を池に突き落としたのか?」
「えっ!?」
スコットの糾弾に、ローザリヤはビクリと肩を震わせた。
「ち、違いますわよ!? このわたくしが、まさかそんな……!」
「では、なぜ彼女はこんなにもずぶ濡れになっているのだ?」
「そ、それはですから、ベリンダが勝手に池に飛び込んで……」
「嘘をつくな」
「ヒッ……」
「自分で勝手に池に飛び込む令嬢がいるわけがないだろう」
「ほ、本当なんですのよ!? わたくしも信じがたいのですけれど!」
ローザリヤはわたわたと両手を動かしながら否定するのだが、スコットは首を軽く振って取り合わない。
「失望したよローザリヤ。この俺の婚約者でありながら、まさかこんなことをしでかすとはね」
「で、ですからこれは違うんですの……!」
「言い訳をするほど、見苦しくなるだけだぞ。ローザリヤ」
「あうあう……」
すっかり涙目になったローザリヤは、助けを求めるように取り巻きのエレンを見やった。
しかしスコットの王太子殿下という立場のせいか、エレンはすっかり萎縮してしまい、ローザリヤを援護するどころではない。
オロオロと戸惑うローザリヤに対して、スコットは無情にも指先を突きつけた。
「残念だが、ローザリヤ」
「ま、待ってくださいまし殿下! わ、わけを話しますので……!」
「必要ない」
「あう……」
「とにかくローザリヤ。たった今をもって、俺との婚約を解消……」
スコットが決定的な断絶の言葉を突きつけようとした、まさにその時。
「おいおいおいおい。ちょっと待てやコラ」
そんな無遠慮な台詞と共に、ローザリヤとスコットの間に割って入る不躾者が現れた。
「べ、ベリンダ!?」
濡れたドレスや髪が肌に張り付いて、すっかりみすぼらしい見た目になってしまったベリンダである。
ベリンダは訝しげに瞳を眇めるスコットに対して、無遠慮に指を突きつけて言った。
「オメーよー。さっきっから聞いてりゃ、ズケズケ勝手なことばっか言いやがって。ちったぁー、人の話も聞いたらどーなんだよ。あーん?」
「な、なんだきみは……?」
「ちょ、ちょっとベリンダ!? 何をやってるんですの!」
突然割り込んできては王太子殿下を指でさしたベリンダに対し、ローザリヤは泡を食ったように怒鳴りつける。
「殿下の御前ですわよ!? 不敬ですわ!」
「婦警だあ? ポリでもねーし女でもねーじゃねーか。つーかそれより……」
ローザリヤを適当にあしらったベリンダは、改めてスコットを見やる。
「このお嬢様はさっきっから言ってんだろ? オレが自分で勝手に池に飛び込んだんだって。なのに、それを頭っから否定して責めんのは、筋が通ってねーんじゃねーのかよ?」
「は?」
どうやら自分が諭されているらしいと気がついたスコットは、驚いたように目を軽く見張った。
「……いや。そんなめちゃくちゃな言い分、信じられるわけがないだろう」
「あー出た出た。エラそーなヤツはみんなそうだぜ。そうやって自分の偏見で物事を決めつけてきやがんだ」
「じゃあきみは、本当に自分で池に飛び込んだとでも言うのか?」
「そうだが?」
あっけらかんと言うベリンダに、スコットはいよいよ呆れたような表情を見せた。
「そんなわけが……」
ばしゃんっ!
「!?!?」
スコットの表情が、ハッキリと凍り付いた。
なんなら、動向を見守っていたローザリヤ達も、似たような表情を浮かべている。
なぜならば、ようやくドレスが乾き始めてきたはずのベリンダが、再び自ら池に飛び込んでしまったからである。
呆気にとられる一同の前で、ベリンダは「ぶはっ」と水面から顔を出してスコットを睨み付けた。
「オラッ! お望み通り、目の前で見せてやったぜ! これでも信じられねーってか!?」
「別に望んではいないが……」
「なんならこのまま泳いでやろうか!? オレのクロールは、ちょっとしたもんだぜ!?」
「おやめなさいな! はしたない!」
「仏恥義っていくぜ! AAAALaLaLaLaLaie!!」
「ぎゃあ! 水しぶきが飛ぶ! おやめなさいってば! こら! ベリンダ!」
バシャバシャと軽快に泳ぎ出すベリンダの姿に、スコットは開いた口が塞がらない様子であった。
しかし程なくして、彼はその唇に、堪えきれないとでもいうような苦笑を浮かべる。
「……ベリンダ、というのか。変わった女だな」
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