四 オレはオレのやりたいようにやるだけだぜ!
「ちょっと、ベリンダ! 大丈夫なの!? 怪我とかしてないでしょうね!?」
ローザリヤたちが池の淵に駆け寄ると、丁度びしょ濡れのベリンダが這い上がってきたところであった。
水中に繁茂して水草が口に入ったのか、しきりにゲホゲホと咳き込んでいる。
「ぺっぺっ! くそっ、思ったより汚ねー池だな!」
「ちょっと! こっちに向かってツバ吐かないでちょうだい! 汚らしい!」
ドレス姿で池に落ちたベリンダは、すっかりみすぼらしい濡れ鼠状態だった。
水を吸って重たくなった袖から、ぽたぽたと滴が落ちて、地面にいくつも跡を残している。
お下げに結んでいたリボンが解けてしまったのか、ぐっしょりと濡れた緑髪が、首筋や背中に張り付いていた。
見たところ怪我の類いをした様子は無いようで、駆けつけたローザリヤ達はほっと胸をなで下ろす。
「うへー。分かっちゃいたけど、ぐっしょぐしょだな」
ベリンダはそう言って、ドレスの裾をぎゅうっと絞って水気を切る。
高価なドレスをまるで雑巾のように扱うベリンダに、エレンがぎょっと目を見張った。
すると次の瞬間、甲高いわめき声が、辺りに響き渡る。
「ちょっとベリンダ! 貴女、どういうつもりですの!」
「あん?」
ベリンダが怪訝そうに眉をひそめて、声の主であるローザリヤを見やった。
怒りで顔を真っ赤にしたローザリヤは、わなわなと震えながら、ベリンダを睨み付けている。
「そんな汚らしいペンダントのために池に飛び込むだなんて……正気とは思えませんわ!」
全身ずぶ濡れになり、池の縁の地べたに座り込むベリンダ。
そんな彼女の右手には……空中で見事キャッチしてみせたアリソンのペンダントが、今も確かに握られていた。
そのことを認めたアリソンは、感極まった様子で、両手で口元を覆い隠す。
「……あたしの、ために?」
アリソンの小さな呟きは、ローザリヤの騒々しい声にかき消された。
「それはわたくしが捨てたものですわよ! なのに、勝手に拾うだなんて、どういう了見ですの!?」
「別に。捨てた物を誰が拾おうが、そんなの関係ねえだろ」
「大ありですわよ!」
「そんなことより、誰かタオルとか持ってねー?」
「聞きなさい! 人の話を!」
ローザリヤがいくら声を荒げようとも、ベリンダはひょうひょうとした態度を崩さない。
そのことに業を煮やしたローザリヤは、すぐ傍に佇んでいたアリソンの腕を掴んで強引に引き寄せた。
アリソンは「きゃっ……」と小さく悲鳴を漏らすが、そんな些末なことを気にするローザリヤではない。
「ベリンダ!」
「んだよ」
「貴女ねえ……! このわたくしローザリヤと、ぽっと出の庶民のアリソン! 一体、どっちの味方のつもりですの!?」
目の前にふたり並んだ、怒り心頭のローザリヤと、困惑気味のアリソン。
そのふたりを見比べたベリンダは、やがて、「はぁ~」と溜息をついた。
「別に、どっちの味方でもねーよ」
「なんですって!?」
「ま、でも。強いて言うなら、オレは、オレの味方ってだけだ」
「は?」
なにを言い出すんだコイツは、とばかりに、ローザリヤの太い眉がピクリと動いた。
「別にどっちに味方しよーとか考えた結果じゃなくてよ。ただ、オレは“そーした方がいーんじゃねーか”って思って、気付いたら体が勝手に動いちまってたってだけなんだよな」
ベリンダはそう言って、濡れたドレスに包まれた自らの胸元を、握り拳で叩いてみせた。
ふくよかに膨らんだ胸元の感触に、「……意外とコイツ、胸あんな」と独り言を呟きつつ、彼女は続けて言う。
「だからオレとしては、オレがやるべきだと思ったことをやっただけ。別にどっちの味方ってわけでもねー……つもり、なんだけど。どーやら、お気に召さねーっぽいな?」
「当たり前ですわ!」
怒髪天を衝くとはこのことか。
ローザリヤは地団駄を踏む勢いでまくし立てる。
「貴女はわたくしの取り巻きでしょう! 何を差し置いても、このわたくしを優先すべきじゃありませんの!? だというのに、そうした方がいいと思った!? 体が勝手に動いた!? 知りませんわよそんなの!」
ローザリヤは感情的に叫ぶと、さっと右手を高く振り上げた。
エレンが「ローザリヤ様ー!」と悲鳴を上げる。
どうやら引っぱたくつもりのようだ。
そう認識した瞬間、ベリンダの瞳がギラリと鋭く光る。
……やる気かぁ? こんニャロぉ……!
上等じゃねえか! こちとら“北高の荒ぶる銀狼”と呼ばれた女番長だぞ!
そっちが手ぇ出すつもりなら、こっちも容赦しねぇーぜ!
応戦するようにファイティングポーズをとったベリンダが、目の前のローザリヤをまっすぐに射貫く。
そして、その次の瞬間。
「そこまでだ!」
一触即発のふたりを制するように、凜々しい男子の声が響き渡った。
お読みいただき、ありがとうございます!!
執筆に励みになりますので、ブックマークの登録、評価など、ぜひぜひよろしくお願いいたします!!