二 悪役令嬢ってのはヒロインをイビんのが仕事なのか?
「一体どーなってやがんだ……!」
アヤコ……いや、転生してベリンダとなった彼女は、少女から奪い取った手鏡を覗き込んで戦慄いている。
どう見ても、それは女番長として恐れられたアヤコの外見とは、ほど遠いものであった。
薄緑色の髪は、目元が隠れるほどに長い。
後ろ髪は左右にひとつずつの太いお下げにしているようで、かわいいと言えばかわいいが、垢抜けない印象を与える。
前髪に半分隠れた瞳はおっとりとした垂れ目で、ギラギラと活力に満ちていた不良少女のそれとは、天と地ほどの差があった。
そしてこの少女。
どうやら見たところ、顔つきから体型から、全体がふっくらと丸っこいようである。
ベリンダは、思わず手鏡を見つめながら、こう漏らしてしまった。
「オイオイオイ……! めっちゃデブじゃねえか……!」
「べ、ベリンダ〜っ!?」
「お止しなさいベリンダ! あまり自分を悪く言うものではありませんわ!」
突然自分のことをデブ呼ばわりしたのベリンダに驚いた青髪の少女は、慌てて手鏡を彼女の手から引ったくった。
そして金色の髪を振りまくローザリヤは、ベリンダの両肩に手を置くと、必死の形相でまくし立てる。
「確かに立場を弁えろとは言いましたけれど、そこまで言うことありませんのよ! このわたくしが傍に置いてあげているのだから! そのくらいは自信を持ちなさいな!」
「お、おお……」
実際、女番長としてトレーニングを欠かさなかったアヤコの体は、とても引き締まっていた。
それに比べたらベリンダの体型は、確かにぽっちゃりとはしているものの……決して、デブだと誹りを受けるほどのものでもないのも、事実である。
ふっくらとしたその体型は、どちらかといえば人から好かれそうな感じもあるくらいだった。
「まったく……さっきっからどうしたのよベリンダ。貴女、疲れてるんじゃなくて? 今日はもう休みなさいな」
突然奇妙なことばかり言い募るベリンダに、ローザリヤはすっかり白けてしまったようだった。
「せっかくの庭園でのお茶会ですけれど、今日はこれでお開きにいたしましょう」
ローザリヤがそう言うと、どこに控えていたのか、メイド達がわらわらと集まってきた。
ベリンダが目を丸くする前で、彼女たちはさささっと手早くティーカップや茶菓子を片付けていく。
マカロンやクッキーが手際よく片付けられていく様子を見て、ローザリヤの肩にとまるインコが「チャガシガー!」と鳴いた。食べたかったのだろうか。鳥のくせに。
「さ。わたくしたちは戻りましょう。エレン。それと、ベリンダ」
「はーい、ローザリヤ様ぁー」
青髪の少女が応えたことから、恐らく彼女はエレンという名前らしい。
そして、ベリンダと呼ばれた元不良少女は、未だ動揺の残る声で、ローザリヤに尋ねた。
「戻るって……どこへ?」
「どこへって、わたくしたちの通う学園の寮に決まってるじゃないの」
呆れの混じった声で、ローザリヤは応えた。
「貴女ね、そろそろいい加減になさいよ。これ以上わたくしの調子を狂わすおつもりなら、ただじゃすみませんからね」
「お、おお……悪い」
ローザリヤは指先を伸ばした右手で口元を隠すと、フンと鼻を鳴らす。
その態度にイラッとしたものを感じるベリンダではあったが、すんでのところで噛み付くのを堪えた。
この右も左も分からない状況では、一応はベリンダという少女の知り合いらしいローザリヤたちと敵対するのも、悪手だろうと判断したのである。
メイドたちに後片付けを任せて歩き出したローザリヤとエレンの背中を追うかたちで、ベリンダも行儀悪く股を大きく開いて歩き始めた。
ベリンダは足元に生える芝生を、なんとも苛立たしげに蹴り付ける。
……クソッ。
いつもだったら、こんな態度の悪りぃー女、問答無用でハッ倒してやるってーのによ。
けど、今はとにかく、この身に何が起こってんのか、理解しねえことにゃあなあ……。
ベリンダがそう思案していると、ふとローザリヤが小さく呟いた。
「……あら」
「いかがなされましたか、ローザリヤ様ー?」
エレンに尋ねられて、ローザリヤは「フフフ」と意地悪く笑い返した。
「ベリンダのせいで調子が狂いましたけれど……気晴らしにちょうどいいのを見つけましたわ」
「あぁん?」
「あの校舎をご覧なさいな」
ローザリヤが白い手袋に包まれた指の先で示したのは、前方に建つ建物であった。
外壁がクリーム色に塗られており、清潔な外観をした、3階建ての建物だ。
ローザリヤの言葉から、恐らくあれが“学園”の“校舎”なのではないかと、ベリンダは推測する。
そしてその校舎の前には、建物に沿うようにして花壇が設えられていた。
ベリンダたちが先ほどまでいた庭園ほど立派なものではない。
もっと小規模な花壇である。
煉瓦で区切られた中に、マーガレットやゼラニウム、チョコレートコスモスなどの、小さくも色鮮やかな花弁を広げた花々が咲き誇っていた。
そんな花壇の前には、茶色い髪をした女の子がひとり。
どうやらじょうろを持って、水やりをしているようである。
ローザリヤはその少女の元へと歩み寄ると、コホンと咳払いをして、声をかけた。
「あぁら、ごきげんよう! そこにいるのはアリソン・アーチボルトさんじゃなくって!? こんなところで奇遇ですわねえ!」
ローザリヤの声音は嫌みったらしく、悪意のトゲを含んだものであった。
飼い主の声を聞いてか、インコが「アリソン!? アリソン! アリソン!」とやかましく騒ぐ。
アリソンと呼ばれた少女は、声に気付いてローザリヤたちの方へと振り返った。
まず目を引くのは、背中まで伸びる、色艶の良い茶髪である。
前髪をまっすぐに切りそろえ、顔の左右の髪もカットしている、いわゆる姫カットという髪型だった。
チョコレートのような瞳はくりっとしていて愛らしく、長い睫毛が陽に照らされて頬に影を落としている。
陶磁器のようにつるりと美しく白い肌だが、頬の辺りは血色良く赤らんでいた。
ドレス姿のローザリヤ達とは違って、学校の制服らしいブレザーに身を包んだ彼女は、こちらに気がつくとパチクリと瞬きを繰り返す。
「あっ。ローザリヤさん、エレンさん、ベリンダさん……」
「様をつけなさいと言ったでしょう! 今日2回目ですわよ!」
「えっ、今日は初めて会ったと思いますけど……」
「あら、そうだったかしら? ……ああ、1回目はベリンダでしたわね」
ローザリヤは忌々しげに、ベリンダを見やった。
ガンを飛ばされたと思ったベリンダは、負けじとメンチを切り返すが、それに気付くよりも先に、ローザリヤはアリソンに視線を戻す。
ローザリヤというターゲットを失ったベリンダのメンチは、たまたま同じ方向に立っていたアリソンに向けられた。
その結果、ベリンダに睨み付けられたと勘違いしたアリソンは、「ヒッ……ご無礼を働きました。申し訳ありません……っ」と頭を下げる。
するとアリソンの目の前に立っていたローザリヤは、これまた自分に向けられたものと勘違いして、気持ちよさそうに口角を釣り上げた。
「フンッ。分かればよろしいのよ!」
突然素直に頭を下げたアリソンを不思議に思いつつも、気持ちよかったのでローザリヤは嬉しそうに表情を綻ばせた。
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