飽くなき貪欲の収穫
シルヴァーナ領の城は、秋の冷たい風に揺れていた。
リシア・シルヴァーナは城の庭園に立ち、色づく紅葉を見つめていた。
銀髪が風に舞い、漆黒のメイド服は戦乙女の決意を湛える。
彼女の胸には、アルヴィン・シルヴァーナのカルマ
――傲慢、憤怒、嫉妬、怠惰、強欲――の苦痛が刻まれていた。
ソフィア・ゴールドウェルとの戦いから数週間。
ソフィアの労働環境改善への決意は、シルヴァーナ領に新たな希望をもたらしていた。
リシアは、ソフィアの強欲を動かした自分の信念を思い返していた。
だが、アルヴィンの傲慢は依然として重く、彼の五つの痣
――額の王冠型、腹の炎型、首の蛇型、右腕の砂時計型、左腕の金貨型――
は輝きを増している。
リシアは、シルフィードを具現化するたび、アルヴィンの苦痛を共有し、彼の孤独が絆を通じて胸を刺す。
「アルヴィン様……あなたの理想は、私の全て。でも、あなたの心の叫びが、私を苦しめる……」
リシアは呟き、胸に手を当てる。
そこには、ガルドの熱、クラウディアの冷たさ、ルーカスの虚無、ソフィアの欲望が響き合う。
(あなたの気丈な姿の裏で、家族を失った罪悪感があなたを縛っている。
私には、その痛みが感じられるのに……)
庭園の小道を、アルヴィンが歩いてくる。
金髪が秋の光に輝き、青い瞳は鋭い。
「リシア、こんな寒い場所で何をしている? シルヴァーナの戦乙女が、ぼうっとしている暇はないぞ」
リシアは微笑み、頭を下げる。
「申し訳ありません、アルヴィン様。領地の民の暮らしを、思っていました」
アルヴィンは鼻を鳴らす。
「ふん、民など、シルヴァーナの名に仕える駒だ。
リシア、くだらんことを考える暇があるなら、次の敵に備えろ。
バルクレイド・クロウが動いているらしい」
リシアの心がざわめく。
バルクレイド――暴食のロード。
彼の胸の牙を連ねた痣は、資源枯渇と飢餓を映し出す。
ソフィアの戦いで感じた搾取の痛みを思い出し、リシアはバルクレイドの暴食がどんな恐怖から生まれたのか考える。
「アルヴィン様、バルクレイド様の領地は、資源の過剰消費で民が飢えています。
私たちの領地の貴族の腐敗も、同じ絶望を生むかも……
持続可能な農業と資源管理を提案し、飢餓を防ぎませんか?」リシアは慎重に言う。
アルヴィンの眉が上がる。
「持続可能だと? 民の飢えなど、力で支配すれば済む! バルクレイドごとき、叩き潰してやる!」
リシアは静かに頷く。
「はい、アルヴィン様」
だが、彼女の心は叫んでいた。
(アルヴィン様、あなたの強がりは、私の胸を裂く。誰も信じられない恐怖、家族を守れなかった罪悪感……この絆で、あなたの心を開きたい!)
彼女はアルヴィンとの絆を通じて、彼の孤独を我がことのように感じ、苦しんでいた。
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その日、バルクレイドからの使者がシルヴァーナ領に現れた。
バルクレイドのメイド、レイラだ。
19歳の少女は、巨大な鎌「ヴォラシア」を手に、獰猛な瞳でリシアを見据える。
「リシア・シルヴァーナ、アルヴィン様。
私の主、バルクレイド・クロウが、シルヴァーナの力を試したいと仰っています。
場所は、クロウ領の枯れた農場。受けて立つ?」
アルヴィンが前に出る。
「ふん、バルクレイドの貪欲な魂で、シルヴァーナに挑むだと? 受けて立つ!」
リシアはアルヴィンの肩に手を置き、制止する。
「アルヴィン様、慎重に。バルクレイド様の暴食は、破壊的です。私に任せてください」
レイラが低く笑う。
「リシア、あなたの信念は噂で聞いたわ。でも、バルクレイド様の飢えは、どんな絆も喰らうわ。
農場で待ってるよ」
レイラが去り、リシアはアルヴィンと馬車でクロウ領へ向かう。
枯れた農場は、かつての豊穣を失い、ひび割れた土と痩せた作物が広がる。
資源の過剰消費が民を飢えさせ、リシアの胸を締め付ける。
シルヴァーナ領の貴族の腐敗も、同じ未来を招くかもしれない。
農場の広場で、バルクレイドとレイラが待っていた。
バルクレイドは30歳、筋骨隆々の男で、胸の牙の痣が不気味に輝く。
「アルヴィン、ようこそ。シルヴァーナの傲慢、喰らってやるぜ!」
レイラが鎌を構える。「リシア・シルヴァーナ、準備はいい? バルクレイド様の暴食、受けて立つ覚悟はできてるよね?」
リシアはアルヴィンの前に立ち、言う。「レイラ、戦う前に聞かせて。バルクレイド様のカルマ――暴食の原因は何? その痛みを、教えてちょうだい」
敵のカルマを知ることは、戦いの始まりだ。
レイラの瞳が燃える。
「バルクレイド様の暴食? それは、幼少期の飢餓の恐怖からだ。家族が飢えて死に、生き残ったバルクレイド様は二度と空腹を味わわないと誓った。全てを喰らい尽くすことで、バルクレイド様は生き延びるのさ!」
リシアの胸が締め付けられる。
飢餓の恐怖――それは、アルヴィンの家族を失った罪悪感と通じる。
彼女はアルヴィンの額、腹、首、右腕、左腕の五つの痣に触れる。
「シルフィード、顕現せよ!」
光がリシアの手から溢れ、レイピア「シルフィード」が現れる。
刃には、炎、鎖、砂時計、金貨の紋様が刻まれ、風、炎、鎖、時間、欲望が渦巻く。
だが、アルヴィンの五つのカルマの苦痛がリシアに流れ込み、彼女の身体が震える。
絆を通じて、アルヴィンの気丈な姿の裏の孤独が、リシアの心を刺す。
(アルヴィン様、あなたの心は叫んでいる。誰も信じられない恐怖が、私の胸を裂く……この痛み、私が背負う!)
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戦いが始まった。レイラの鎌が振り下ろされ、地面を裂く。
リシアは風を纏い、レイピアで鎌を弾く。
炎の紋様を呼び起こし、風に炎を纏わせる。
「燃えなさい!炎の嵐!」炎の刃がレイラを襲うが、彼女の鎌が全てを喰らい、力を吸収する。
「リシア、あなたの力、バルクレイド様の飢えに捧げるよ!」
レイラの鎌が再び唸り、リシアの風を喰らう。
リシアは鎖の紋様を呼び起こし、風に鎖を放つ。
「鎖紋解放」
鎖が鎌を絡め、動きを封じる。
「レイラ、バルクレイド様の恐怖、わかるわ。でも、暴食は彼を縛るだけ。
あなたも、バルクレイド様を信じて、持続可能な分かち合いの道を選んで!」
リシアは叫ぶ。
彼女の声には、アルヴィンの孤独を共有する苦しみが滲む。
(アルヴィン様、あなたの孤独を私が背負うように、バルクレイド様の恐怖も癒したい……この痛み、私の絆で断ち切りたい!)
レイラの瞳が揺れる。
「分かち合う? ふざけるな! バルクレイド様は、飢えを恐れる! 全てを喰らわなきゃ、また空腹が来る!」
鎌が光り、リシアの力をさらに喰らう。「終焉を喰らう螺旋!」
リシアの動きが鈍り、カルマの苦痛が彼女を締め付ける。
アルヴィンの孤独が、絆を通じてリシアの胸を刺す。
(アルヴィン様、なぜそんな気丈に振る舞うの? あなたの心の叫び、私には聞こえるのに……その痛みを、私に預けて!)
アルヴィンが叫ぶ。
「リシア、負けるな! お前は俺の戦乙女だ!」
その声に、リシアの瞳が輝く。だが、彼女の心は叫ぶ。
(アルヴィン様、あなたの強がりは、私の心を裂く。この絆で、あなたの孤独を癒したい!)
「はい、アルヴィン様……私は、あなたの剣です!」
レイラの鎌が最後の力を放つ。
「バルクレイド様の飢え、味わえ!全てを貪欲に喰らう」
鎌がリシアの腕をかすめ、力が吸収される。
リシアは膝をつき、息を荒げる。
だが、彼女の碧い瞳は屈しない。
「アルヴィン様、私はあなたの理想を信じる。どんな恐怖も、絆で乗り越えられる!」
リシアは風、炎、鎖、時間、欲望を巻き上げる。「五嵐創世嵐の裁き!」
風の刃がレイラを襲い、鎌を砕く。
戦衣装は切り裂かれて四散する。レイラは倒れ、息を荒げる。
「くっ……リシア、なんて信念……!」
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バルクレイドの過去:暴食の起源(7年前)
クロウ領は、エリュシオンの北端に位置する荒涼とした領地だった。
寒冷な気候と痩せた土地により、農業と狩猟でかろうじて生計を立てていた。
バルクレイド・クロウ、25歳、クロウ家の貴族の長男であり、領主マルコ・アイスフェルに仕える軍人だった。
鋭い瞳と黒髪、力強い性格で、部下から信頼されていた。
マルコ・アイスフェルは冷酷な領主で、自身の豪華な宮廷を維持するため、過酷な税を課した。
収穫の半分と家畜を徴収し、領民を貧困に追いやった。
飢餓が広がり、餓死者が後を絶たなかった。
バルクレイドは国境の守備を任され、部下たちがマルコの税で食糧を失い、痩せ細っていく姿を見ていた。
バルクレイドの家族は、貴族ながら質素に暮らしていた。
父グラントは軍人として戦死し、母エリザがバルクレイドと妹サラを育てた。
12歳のサラは優しく、少ない食事を他人と分け合う少女だった。
レイラ、17歳、バルクレイドの家に仕えたメイドの娘は、サラの世話をしていた。
レイラの母は病死し、バルクレイドは彼女を家族のように大切にしていた。
ある年、記録的な寒波がクロウ領を襲い、食糧危機が悪化。
マルコは税をさらに強化し、領民の不満が高まる。
バルクレイドは部下の飢えに耐えながら帰郷し、サラが弱っていく姿を見る。
レイラは自らの食事を削ってサラに分け与えていたが、ある夜、栄養不足で高熱を出し倒れる。
サラはレイラの手を握り、呟く。「バルクレイド、レイラを助けて……彼女がいないと、私…」
バルクレイドの怒りが爆発する。マルコの圧政が俺の部下を、家族を、レイラを殺す! 彼はマルコの城に乗り込み、食糧の再分配を求めるが、マルコは嘲笑う。
「弱者は死ぬ、バルクレイド。お前の役目は従うことだ。」
その夜、飢えた部下たちがバルクレイドに訴える。
「隊長、マルコは俺たちを殺す気だ! もう耐えられねえ!」
レイラの病とサラの懇願がバルクレイドの限界を超えた。
彼は部下を率いてクーデターを起こす。
兵士たちはマルコの城を襲撃し、衛兵を圧倒。
混乱の中、バルクレイドは謁見の間でマルコと対峙する。
「マルコ、てめえの欲が俺の部下を、領民を殺した! この領地は俺が守る!」
バルクレイドの剣がマルコを貫く。
マルコが倒れる瞬間、バルクレイドの胸に牙型の痣が刻まれる。
暴食のカルマが彼を支配する。
俺の腹は空いてる! 部下も、領地も、全部喰らって守る! 俺は満たされねえ!
マルコを倒し、バルクレイドは領主を宣言。
城の食糧庫を開放し、部下と領民に分け与える。
レイラは薬と食糧で回復し、サラも命を取り留める。
レイラはバルクレイドに忠誠を誓い、彼のメイドとなる。
だが、暴食のカルマはバルクレイドを蝕み、彼は資源を溜め込む。
マルコと同じ過ちを繰り返し、土地を酷使。部下が再び飢え始め、死者が出る。
俺は救ったはずなのに、俺の腹が…全部喰らってる!
レイラの絆:飢えの中の光
レイラはバルクレイドの暴食に苦しむ姿を見て、心を痛める。
野性的な瞳と強い忠誠心で、彼女はバルクレイドに立ち向かう。
「バルクレイド様、てめえの暴食は領地を枯らすだけだ! グラント様は民を守った。
サラ様も、あなたを愛してる。みんなのお腹を満たすことこそ絆なのでは?!」
バルクレイドは怒鳴る。
「黙れ、レイラ! 俺の腹の底ががわかるか! ! てめえに俺の気持ちはわからねえ!」
レイラは目を伏せる。
(バルクレイド様、あなたの暴食は恐怖からだ。サラ様や部下を、私を失うのが怖いのですね…
でも、私はあなたを支える!)
彼女はバルクレイドの側に留まり、サラを世話し、領地のために働く。
だが、バルクレイドの暴食は深まるばかりで、レイラの声は届かない。
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リシアの胸に、牙型の痣が刻まれる。バルクレイドの暴食のカルマが彼女に流れ込み、シルフィードに牙の紋様が刻まれる。彼女は歯を食いしばり、叫ぶ。
「バルクレイド様、あなたの暴食、私が癒す! シルヴァーナの名は、絆で守るわ!」
バルクレイドの瞳が揺れる。
「リシア、てめえ……俺の暴食を、受け入れたのか?」
リシアは微笑む。
「バルクレイド様、あなたの傷、私にはわかる。サラ様を失った痛み、腹を満たせない恐怖……でも、レイラが、あなたを支えてきた。彼女の絆を、信じてください」
レイラが前に出る。
「バルクレイド様、リシアの言う通りです! 私は、あなたの暴食を癒したい。
グラント様の遺志を、サラ様の優しさを、共に叶えましょう!」
バルクレイドは呟く。「リシア、レイラ……俺の暴食の渇望の奥が、てめえらに届いたのか……」
リシアはバルクレイドの手を取る。
「バルクレイド様、暴食を癒すのは、絆です。クロウ領を、民と共に築き直しましょう。
アルヴィン様の理想も、共に叶えるわ」
バルクレイドは小さく笑う。
「ふん、いいぜ。リシア、てめえの信念、認めてやる。レイラ、俺のそばにいろ」
リシアの心が温まる。
(バルクレイド様、あなたの暴食は、私の心を喰らった。でも、この絆で、あなたの心を開けた。アルヴィン様、私の戦いは、あなたの理想のために……)
シルフィードの牙の紋様が輝き、リシアは新たなカルマを背負いながらも、絆の力を信じた。
バルクレイドがレイラに上着を与えを立ち上がらせる。
「レイラ、十分だ。リシア、お前の目は、飢えを越えるぜ」彼は胸の痣を押さえ、続ける。
「俺の領地、民が飢えてるのは知ってる。リシア、お前の言う分かち合い、試してみてもいいかもな」
リシアは息をのむ。「バルクレイド様、それは……?」
アルヴィンの胸に牙の痣が輝き、彼が苦痛でうめく。「ぐっ……この重さは……!」
リシアは駆け寄り、アルヴィンの胸に触れる。
「アルヴィン様、バルクレイド様の暴食、私が共に背負います!」
痣から熱い流れがリシアに注ぎ、新たな苦痛が刻まれる。
彼女は歯を食いしばり、アルヴィンを支える。
(アルヴィン様、あなたの心の孤独が、この痣にも響いている。私には、わかる……でも、私はあなたを信じる。この痛みを、共に乗り越える!)
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シルヴァーナ領に戻る馬車の中で、リシアはアルヴィンを見つめる。
彼の六つの痣――額、腹、首、右腕、左腕、胸――は、カルマの重さを物語る。
アルヴィンの気丈な態度、その裏の罪悪感と孤独が、リシアの絆を通じて胸に響く。
(アルヴィン様、あなたは強がるけど、心は震えている。
家族を守れなかった罪悪感、誰も信じられない恐怖……私の心も、同じように痛むわ。
どうか、私にその痛みを分かち合わせて……)
リシアは言う。「アルヴィン様、バルクレイド様の領地では、持続可能な農業と資源管理が必要です。私たちの領地も、貴族の腐敗を正し、民の信頼を取り戻すべきです」
アルヴィンは苛立つ。
「リシア、民の不満など無意味だ! シルヴァーナの名は、力で証明する!」
リシアは静かに頷く。
「はい、アルヴィン様」
だが、彼女の心は叫んでいた。
(アルヴィン様、あなたの孤独を、私は感じている。この絆で、あなたの心を開きたい。
あなたの理想を、共に叶えるために、私の全てを捧げるわ!)
バルクレイドの心を動かしたように、アルヴィンの傲慢も向き合うことで癒せる。
リシアは、シルフィードに刻まれた炎、鎖、砂時計、金貨、牙の紋様を感じながら、決意を新たにする。
次の戦いで、どんなカルマと向き合うのか。
リシアの碧い瞳は、希望と不安に揺れながら、未来を見つめていた。