欲界の執行者
シルヴァーナ領の城は、夕暮れの赤い光に染まっていた。
リシア・シルヴァーナは城の図書室に立ち、埃っぽい書棚の間を歩いていた。
銀髪が窓から差し込む光に輝き、漆黒のメイド服は戦乙女の気品を湛える。
彼女の胸には、アルヴィン・シルヴァーナのカルマ――傲慢、憤怒、嫉妬、怠惰――の苦痛が刻まれていた。
ルーカス・グレインツとの戦いから数週間。
ルーカスの領地復興への決意は、シルヴァーナ領に新たな可能性を示していた。
リシアは、ルーカスの怠惰を動かした自分の信念を思い返していた。
だが、アルヴィンの傲慢は依然として重く、彼の四つの痣――額の王冠型、腹の炎型、首の蛇型、右腕の砂時計型――は輝きを増している。
リシアは、シルフィードを具現化するたび、アルヴィンの苦痛を共有し、戦闘力に枷を感じていた。
「アルヴィン様……あなたの理想は、私の全て。
でも、領地の腐敗を正さなければ、あなたのカルマは癒えない……」
リシアは呟き、胸に手を当てる。
そこには、ガルドの熱、クラウディアの冷たさ、ルーカスの虚無が響き合う。
カルマが集うことで、その怨嗟の力は増していく。リシアの心はどす黒い怒りと、妬む羨みと絶望に打ちひしがれる心をコールタールの様な暗黒物質でまとわりつかれて沈んでいくこの気持ちをリシアは、只管にアルヴィンを思う気持ち一心で飲み込まれて深淵に落ち込むことに耐えていた。
図書室の扉が開き、アルヴィンが現れる。金髪が夕日に輝き、青い瞳は鋭い。
「リシア、こんな埃っぽい場所で何をしている? シルヴァーナの戦乙女が、本などに気を取られるな」
リシアは微笑み、頭を下げる。
「申し訳ありません、アルヴィン様。領地の歴史を調べ、貴族の腐敗の原因を探っていました」
アルヴィンは鼻を鳴らす。
「ふん、腐敗など力で押さえつければ済む。リシア、くだらんことを考える暇があるなら、次の敵に備えろ。ソフィア・ゴールドウェルが動いているらしい」
リシアの心がざわめく。
ソフィア――強欲のロード。
彼女の左腕の金貨が連なる痣は、搾取と困窮を映し出す。
ルーカスの戦いでエリナが示した冷静な助けを思い出し、リシアはソフィアの強欲がどんな痛みから生まれたのか考える。
「アルヴィン様、ソフィア様の領地は、搾取で民が困窮しています。
私たちの領地の貴族の腐敗も、同じ苦しみを生むかも……労働環境を改善し、富を分かち合う道を模索しませんか?」
リシアは慎重に言う。
アルヴィンの眉が上がる。
「分かち合うだと? ふざけるな! シルヴァーナの名は、力で全てを支配するものだ! ソフィアごとき、叩き潰してやる!」
リシアは静かに頷く。
「はい、アルヴィン様」
だが、彼女の心は叫んでいた。
(アルヴィン様、あなたの気丈な声の裏で、孤独が響いている。
家族を失った罪悪感が、あなたを縛っているのね……私には、その痛みが感じられる。
どうか、私にあなたの心を開いて……)
彼女はアルヴィンとの絆を通じて、彼の内面の揺れを感知していた。
カルマの重みに耐えるその心に寄り添う気持ちに寄り添いたいと思う…
流れ込んでくる感情と痛みが果たしてアルヴィンが抱える問題の幾何なのか…
(アルヴィン様…私はあなたの支えになっていますか?…その奥底に燃える気持ちまでも絆を通じて伺い知れたらいいのに)
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その夜、ソフィアからの使者がシルヴァーナ領に現れた。
ソフィアのメイド、ティナだ。
17歳の少女は、金色の短剣「グリードブレード」を手に、鋭い瞳でリシアを見据える。
「リシア・シルヴァーナ、アルヴィン様。私の主、ソフィア・ゴールドウェルが、シルヴァーナの力を試したいと仰っています。場所は、ゴールドウェル領の鉱山跡。受けて立つ?」
アルヴィンが前に出る。
「ふん、ソフィアの強欲な魂で、シルヴァーナに挑むだと? 受けて立つ!」
リシアはアルヴィンの肩に手を置き、制止する。
「アルヴィン様、慎重に。ソフィア様の強欲は、狡猾です。私に任せてください」
ティナが冷たく微笑む。
「リシア、あなたの信念は噂で聞いたわ。でも、ソフィア様の欲望は、どんな絆も飲み込むわ。鉱山で待ってるわよ」
ティナが去り、リシアはアルヴィンと馬車でゴールドウェル領へ向かう。
鉱山跡は、かつての富の象徴だったが、今は崩れた坑道と貧しい労働者の小屋が広がる。
搾取された民の困窮が、リシアの胸を締め付ける。
シルヴァーナ領の貴族の腐敗も、同じ未来を招くかもしれない。
鉱山跡の広場で、ソフィアとティナが待っていた。
ソフィアは24歳、豪華なドレスに身を包み、左腕の金貨の痣が輝く。
「アルヴィン様、ようこそ。シルヴァーナの傲慢、拝見したくてね」
ティナが短剣を構える。
「リシア・シルヴァーナ、準備はいい? ソフィア様の強欲、受けて立つ覚悟はできてるわよね?」
リシアはアルヴィンの前に立ち、言う。
「ティナ、戦う前に聞かせて。ソフィア様のカルマ――強欲の原因は何? その痛みを、教えてちょうだい」
敵のカルマを知ることは、戦いの始まりだ。
ティナの瞳が暗く光る。
「ソフィア様の強欲? それは、貧困の恐怖からよ。全てを失う怖さが、彼女を欲望に駆り立てる。
二度と貧しさに戻らないために、ソフィア様は全てを手に入れるの!」
リシアの胸が締め付けられる。恐怖――それは、アルヴィンの家族を失った罪悪感と通じる。
彼女はアルヴィンの額、腹、首、右腕の四つの痣に触れる。
「シルフィード、顕現せよ!」
光がリシアの手から溢れ、レイピア「シルフィード」が現れる。
刃には、炎、鎖、砂時計の紋様が刻まれ、風、炎、鎖、時間が渦巻く。
だが、アルヴィンの四つのカルマの苦痛がリシアに流れ込み、彼女の身体が震える。
絆を通じて、アルヴィンの気丈な声の裏に隠れた孤独が、リシアの心に響く。
(アルヴィン様、あなたの心は叫んでいる。誰も信じられないと、でも信じたいと……その痛み、私の胸を裂くわ……)
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戦いが始まった。
ティナの短剣が閃き、リシアの力を奪おうとする。
素早い斬撃が空間に光の軌跡を生み出す。
リシアは風を纏い、レイピアで短剣と攻撃を弾く。
炎の紋様を呼び起こし、風に炎を纏わせる。
「燃えなさい!炎の嵐」炎の刃がティナを襲うが
「貪欲なる喰らい手」彼女の短剣が力を吸収し、逆にリシアを弱らせる。
「リシア、あなたの力、ソフィア様に捧げるわ!」
ティナの短剣が再び閃き、リシアの風を奪う。
リシアは鎖の紋様を呼び起こし、風に鎖を放つ。
鎖がティナの短剣を絡め、動きを封じる。
「ティナ、ソフィア様の恐怖、わかるわ。でも、強欲は彼女を縛るだけ。あなたも、ソフィア様を信じて、公正な分かち合いの道を選んで!」
リシアは叫ぶ。彼女の声には、アルヴィンの孤独を共有する苦しみが滲む。
(アルヴィン様、あなたの孤独を私が背負うように、ソフィア様の恐怖も癒したい……この痛み、私の絆で断ち切りたい!)
ティナの瞳が揺れる。
「分かち合う? ふざけないで! ソフィア様は、貧しさを恐れる! 全てを手に入れなきゃ、また何もなくなる!…暴食の星!!」
短剣が光り線状の無数の光線が絡みとる様に襲い掛かる
リシアの力をさらに削り取る様に奪う。
リシアの動きが鈍り、カルマの苦痛が彼女を締め付ける。
アルヴィンの孤独が、孤高の傲慢が絆を通じてリシアの胸を刺す。
(アルヴィン様、なぜそんな気丈に振る舞うの? あなたの心の叫び、私には聞こえるのに……その痛みを、私に預けて!)
額の痣が光り輝く…苦痛に一瞬しかめる表情をしながらもアルヴィンが叫ぶ。
「リシア、負けるな! お前は俺の戦乙女だ!」
その声に、リシアの瞳が輝く。
アルヴィンの背負うカルマが力の奔流となって彼女に流れ込む…だが、彼女の心は叫ぶ。
(アルヴィン様、あなたの強がりは、私の心を裂く。この絆で、あなたの孤独を癒したい!)
「はい、アルヴィン様……私は、あなたの剣です」
ティナの短剣が最後の力を放つ。
「ソフィア様の欲望、味わいなさい!強欲なる光輝」
短剣から繰り出される無数の刃の一つがリシアの胸をかすめ、力が吸収される。
切り裂かれたメイド服の奥にリシアの胸が垣間見える。
美しき彼女の胸にはアルヴィンと共に受け入れたカルマの痣の輝きが宿る。
リシアは膝をつき、息を荒げる。
だが、彼女の碧い瞳は屈しない。
「アルヴィン様、私はあなたの理想を信じる。どんな恐怖も、絆で乗り越えられる!」
リシアは風、炎、鎖、時間を巻き上げる。
「永劫の螺旋拘束」
風の刃がティナを襲い、短剣を砕き、戦闘衣装は切り裂け四散する。ティナは倒れ、息を荒げる。
「くっ……リシア、なんて強い絆と信念……!」
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8年前ゴールドウェル領は、エリュシオンの交易の中心地として栄えていた。
金鉱と商業で富を築いたこの領地は、豪華な屋敷と賑やかな市場で知られていた。
ソフィア・ゴールドウェルは、16歳の少女として、領主の長女として育てられていた。
金色の髪と琥珀色の瞳を持つソフィアは、頭脳明晰で、父から商才を認められていた。
ソフィアの父、ユリウス・ゴールドウェルは、ゴールドウェル領の領主として、交易を拡大し、領地を繁栄させていた。母のマルグリットは、優雅で社交的な女性だった。
ソフィアには、弟のユーゴがいた。ユーゴはソフィアより3歳年下で、穏やかで優しい少年だった。
ソフィアは家族を愛し、ゴールドウェル領の未来を担うことを誇りに思っていた。
そんなソフィアに仕えるメイド、ティナが現れる。
ティナは、ゴールドウェル領の市場で育った12歳の少女で、黒髪と鋭い瞳を持つ。
彼女は、ソフィアの父ユリウスに家族が助けられた過去を持ち、ソフィアに忠誠を誓う。
だが、ゴールドウェル領の繁栄は、裏で貴族たちの嫉妬と策略を招いていた。
ユリウスの成功を妬む貴族、ダリウス・アイアンホークは、ゴールドウェル領の富を奪うため、策略を巡らせた。
ダリウスは、ユリウスの産出し発行する金と金貨に目を付けた。
質の悪い偽物を流入させてゴールドウェル領の経済を混乱させる。
更に取引先にその責任を負わせて情報操作したのだ。
ダリウスはユリウスに偽の情報を流す。
「ユリウス、交易相手が裏切った。経済を混乱させてお前たちを貶めようとしている!」
ユリウスはダリウスの言葉を信じ、交易を停止する。
だが、それはダリウスの罠だった。
交易が止まり、ゴールドウェル領の経済は急激に悪化。
民衆は貧困に苦しみ、ユリウスへの不満が高まる。
ソフィアは父を支えようと奔走する。
「父上、私が交易相手と交渉します! ゴールドウェル領の富を取り戻しましょう!」
ユリウスはソフィアを信じ、彼女に交渉を任せる。
ソフィアは必死に交渉するが、ダリウスの策略は巧妙だった。
交易相手はソフィアを拒絶し、ゴールドウェル領は孤立する。
その頃、ダリウスは民衆を扇動し、ゴールドウェル家の屋敷を襲撃する計画を立てる。
「ユリウスは、民の富を独占している! ゴールドウェル家を倒せば、富は我々のものだ!」
民衆はダリウスの言葉に乗り、屋敷に押し寄せる。
ソフィアは家族を守ろうと立ち上がるが、圧倒的な人数の前に防戦一方となる。
混乱の中、ダリウスの兵士がユリウスとマルグリットを襲う。
ユリウスはソフィアとユーゴを庇いながら叫ぶ。
「ティナ、ソフィア、ユーゴを連れて逃げなさい! ゴールドウェル家の名を、守ってくれ!」
だが、ダリウスの剣がユリウスを貫き、マルグリットも民衆の石つぶてに倒れる。
ユーゴはソフィアの手を握り、呟く。「姉さん、怖いよ……」
ソフィアはユーゴを抱きしめるが、ダリウスの兵士が庇ったティナごとユーゴを刺す。
「ティナ!…ユーゴ! 私の弟を、返して!」
ソフィアは絶叫する。
「何故、私から全てを奪うの! 父も、母も、ユーゴも、私の富も、地位も! 私は、奪われたくない! 全て、私のものよ!」
その瞬間、ソフィアの左腕に金貨型の痣が刻まれる。
強欲のカルマが彼女を支配し、彼女の心を蝕む。
(私は、富も力も地位も、全てを手に入れる! もう二度と、誰にも奪わせない! ゴールドウェル家の名は、私が守る!)
重傷を負っていたティナも同時にメイド・バトル・サーヴァントとして覚醒する。
スキル、強欲のプリズムが発動し、周囲の兵士から生命力を強奪してティナは復活する。
カルマを得て力を手に入れたソフィアとティナはダリウスを倒し、領地を取り戻す。
だが、彼女の心は強欲に支配されたままだった。
ゴールドウェル領は再び繁栄するが、ソフィアは民衆を搾取し、富を独占するようになった。
彼女の心は、家族を失った恐怖と強欲に縛られていた。
ティナはソフィアの強欲に苦しむ姿を見て、心を痛める。
「ソフィア様、あなたの強欲は、民を苦しめるだけです。
ユリウス様は、民と共に富を分かち合った。あなたも、そうしてください!」
ソフィアは冷たく笑う。
「ティナ、私の強欲がわかる? 私は全てを失った!
父も、母も、ユーゴも、富も! お前なんかに、私の気持ちはわからない!」
ティナは目を伏せる。
(ソフィア様、あなたの強欲の裏に、深い恐怖がある。
家族を失った痛みを、乗り越えられなかった……でも、私はあなたを支える!)
彼女はソフィアの側に立ち続け、彼女の心を癒そうと努力する。
だが、ソフィアの強欲は深まるばかりで、ティナの声は届かなかった。
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(ソフィア様、あなたの強欲は、家族を失った恐怖から生まれた。富も地位も、愛を奪われたくないという執着が、あなたを縛っている……)
リシアの胸に、金貨型の痣が刻まれる。
ソフィアの強欲のカルマが彼女に流れ込み、シルフィードに金貨の紋様が刻まれる。
彼女は歯を食いしばり、叫ぶ。
「ソフィア様、あなたの強欲、私が癒す! シルヴァーナの名は、絆で守るわ!」
ソフィアの瞳が揺れる。
「リシア、あなた……私の強欲を、受け入れたの?」
リシアは微笑む。
「ソフィア様、あなたの傷、私にはわかる。
家族を失った痛み、富を奪われた恐怖……でも、ティナが、あなたを支えてきた。
彼女の絆を、信じてください」
ティナが前に出る。「ソフィア様、リシアの言う通りです! 私は、あなたの強欲を癒したい。ユリウス様の遺志を、ユーゴ様の優しさを、共に叶えましょう!」
ソフィアは呟く。
「ティナ、十分よ。リシア、あなたの目は、欲望を越えるわね」
リシアはソフィアの手を取る。
「ソフィア様、強欲を癒すのは、絆です。ゴールドウェル領を、民と共に築き直しましょう。
アルヴィン様の理想も、共に叶えるわ」
ソフィアは小さく笑う。
「リシア、あなたの風は、私の強欲を静めたわ。ティナ、私のそばにいて」
リシアの心が温まる。
(ソフィア様、あなたの強欲は、私の心を重くした。でも、この絆で、あなたの心を開けた。アルヴィン様、私の戦いは、あなたの理想のために……)
リシアはアルヴィンに駆け寄る。
「アルヴィン様、ソフィア様の強欲、私が背負います!」
「ふん、分かっている。シルヴァーナの領主は私で、ロードとしてそのカルマを背負おう。私の戦乙女と共に」
痣から熱い流れがリシアに注ぎ、新たな苦痛が刻まれる。
彼女は歯を食いしばり、アルヴィンを支える。
(アルヴィン様、あなたの心の孤独が、この痣にも響いている。私には、わかる……でも、私はあなたを信じる。この痛みを、共に乗り越える!)
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シルヴァーナ領に戻る馬車の中で、リシアはアルヴィンを見つめる。
彼の五つの痣――額、腹、首、右腕、左腕――は、カルマの重さを物語る。
アルヴィンの気丈な態度、その裏の罪悪感と孤独が、リシアの絆を通じて胸に響く。
(アルヴィン様、あなたは強がるけど、心は震えている。
家族を守れなかった罪悪感、誰も信じられない恐怖……私の心も、同じように痛むわ。
どうか、私にその痛みを分かち合わせて……)
リシアは言う。
「アルヴィン様、ソフィア様の領地では、労働環境の改善と富の再分配が必要です。私たちの領地も、貴族の腐敗を正し、民の信頼を取り戻すべきです」
アルヴィンは苛立つ。
「リシア、民の不満など無意味だ! シルヴァーナの名は、力で証明する!」
リシアは静かに頷く。「はい、アルヴィン様」
だが、彼女の心は叫んでいた。
(アルヴィン様、あなたの孤独を、私は感じている。この絆で、あなたの心を開きたい。あなたの理想を、共に叶えるために、私の全てを捧げるわ!)
ソフィアの心を動かしたように、アルヴィンの傲慢も向き合うことで癒せる。
リシアは、シルフィードに刻まれた炎、鎖、砂時計、金貨の紋様を感じながら、決意を新たにする。
次の戦いで、どんなカルマと向き合うのか。
リシアの碧い瞳は、希望と不安に揺れながら、未来を見つめていた。