絆の始まり
シルヴァーナ領の森は、秋の冷たい霧に包まれていた。
リシア・シルヴァーナ、15歳の少女は、森の小道を急いでいた。
銀髪が肩で揺れ、粗末な灰色のドレスが泥に汚れている。
彼女はシルヴァーナ領の名家の庶子として生まれ、貴族の血を引くものの、母の死後は使用人として扱われていた。
リシアの父、シルヴァーナ家の当主は、彼女を認めず、異母兄妹たちからも疎まれていた。
彼女の唯一の支えは、母が遺した言葉だった。
「リシア、あなたの心は、絆で輝く。どんな苦しみも、乗り越えられるわ」
その言葉を信じ、リシアは過酷な日々を耐えていた。
母の言葉、それは彼女のその未来を暗示しているのだが、リシア自身は気づいていない。
そう、母もかつて戦乙女であったという事実に。
その日、リシアは領主の命で、森の奥に生える薬草を採りに来ていた。
小娘が何の知識もなく容易に探し出せるほど薬草など安易に手に入るものではない。要はそういう事であった。だが、リシアはそれに従うしかない。
そして領主の願いは違う形ではあるもののある程度叶いつつあった…森にはシルヴァーナの城に襲撃の計画を立てている盗賊たちが潜んでいたのだ。
リシアが薬草を手に小道を戻る途中、粗野な男たちの声が響く。
「おい、小娘!止まりな! 」
男たちはナイフを手に、リシアを取り囲む。
「ゆっくりとこっちを向きな…持っているものは全部よこせ」
彼女は震えながらも、母の言葉を思い出す。
(私は、屈しない。どんな苦しみも、乗り越えられる!)
ゆっくりと振り向きながらも毅然とした態度で答える。
「これは、領主様の命で採ったもの。渡せません!」
何の武器も携えず、華奢な少女が持つ毅然とした態度を持って果敢にも正面から向き合うリシアの態度に、苛立つ盗賊の一人がこれ見よがしにナイフをゆらゆらと揺らしながらリシアに近づく。
「生意気なガキだ! 恐ろしくはないのか?」
リシアの整った顔立ちを見た別の盗賊がしわがれた声で言う。
「小娘、薄汚れちゃいるが、なかなかの美形じゃないか…ちょっと楽しませてもらうか!」
下品な笑い声がリシアを取り囲みじわりじわりと攻め立てる。
顔にこそ出さないが、怯えて固まるルシアに男たちの手がルシアに届かんとする。
その瞬間、鋭い声が響く。
「貴様ら、シルヴァーナの民に手を出すとは、いい度胸だな!」
金髪の少年が馬に乗って現れ、盗賊たちを一瞬で叩きのめす。
少年はアルヴィン・シルヴァーナ、シルヴァーナ領の若き後継者、この時若干17歳。
青い瞳が鋭く輝き、黒いマントが風になびく。狩りの途中であったのであろう、軽装ながら弓と剣を携えている。額には未だ痣はない。
リシアは呆然とアルヴィンを見つめる。「あなたは……?」
アルヴィンは鼻を鳴らし、彼女を見下ろす。
「俺はアルヴィン・シルヴァーナ。この領地の次期当主だ。
貴様、シルヴァーナの名家の者だろ? 何故、こんな森で盗賊に絡まれている?」
リシアは膝をつき、頭を下げる。
「私はリシア・シルヴァーナ……ですが、庶子ゆえ、使用人として働いています。
領主様の命で、薬草を採りに来ました」
アルヴィンの眉が上がる。
「ふん、シルヴァーナの血を継ぎながら、使用人だと? 俺の父が、そんな扱いをしているのか」
リシアは目を伏せる。
「はい……私は、認められていません。でも、母の教えを守り、どんな苦しみも耐えてきました」
アルヴィンの瞳が一瞬揺れる。
(この少女、俺と同じシルヴァーナの名を背負いながら、こんな目に……)
彼はリシアの手を取り、目を見て言う。
「立て、リシア。俺が、貴様を守る。シルヴァーナの名は、俺が守るものだ」
リシアの心が震える。
(この人は、私を認めてくれた……初めて、私を守ってくれた……)
彼女はアルヴィンの手を握り返し、呟く。
「アルヴィン様、今の私に仕える資格はありません。
でも、あなたの言葉が、私を救ってくれました。
どうか、私をあなたのそばに置いてください」
アルヴィンは小さく笑う。
「ふん、いいだろう。だが、俺に仕えるなら、覚悟しろ。シルヴァーナの名は、力で証明するものだ」
リシアは頷く。
「はい、アルヴィン様。私、どんな試練も乗り越えてみせます!」
こうして、リシアとアルヴィンは出会った。
彼女の心に、アルヴィンへの忠誠の芽が生まれた瞬間だった。
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二年後、リシアは17歳になっていた。
アルヴィンの命で、彼の専属メイドとして仕えていた。
彼女はシルヴァーナ家の屋敷で働きながら、アルヴィンの側近として剣術や戦術を学んでいた。
アルヴィンはリシアに厳しく接する一方で、彼女のひたむきさに心を開きつつあった。
だが、シルヴァーナ領に危機が訪れる。
隣国のロード、ヴァルター・ブラックソーンが、シルヴァーナ領を侵略しようと軍を動かしたのだ。
ヴァルターは、シルヴァーナ家の力を奪い、エリュシオンの支配を目論む野心家だった。
アルヴィンは父と共に軍を率い、ヴァルターを迎え撃つ。
戦場で、アルヴィンは圧倒的な力を見せるが、ヴァルターの軍勢は狡猾だった。
アルヴィンの父、シルヴァーナ家の当主がヴァルターの策略にはまり、戦場で孤立無縁となり戦死してしまう。
アルヴィンは父の死に動揺した。
「父上を……俺が守れなかった……! 俺が、シルヴァーナの名を守る! 全てを支配する!」
若い領主となったアルヴィンは戦場を駆る。獅子奮迅の戦いは、父である領主が討ち死にして瓦解しそうな戦場を支えた。
戦場は、一気呵成に制圧を試みたヴァルターと、少数でも団結力の勝るアルヴィンの軍の攻防により一進一退の膠着状態に陥る。リシアは戦場でアルヴィンを支えようと補給部隊と共に駆けつける。
だが、彼女多少の戦闘の訓練を受けているモノの、は実戦の戦場ではまだ無力であった。
ヴァルターの兵士がリシアを捕らえ、アルヴィンを挑発する。
「アルヴィン、この小娘が大事か? シルヴァーナの名を捨てるなら、助けてやるぞ!」
アルヴィンの瞳が燃える。
「貴様、リシアに手を出すな! シルヴァーナの名は、俺が守る!」
彼は兵士を倒すが、リシアは傷を負い、倒れる。
「リシア!しっかりしろ…お前は俺に生涯仕えるのだろう?!私にその資格があると証明させるのだ」
アルヴィンの額に、王冠の様な痣が浮かび上がり、光り輝く。
「この感情は?!…領主になることとは?!…何が…」
苦しむアルヴィンの腕の中で彼女の意識が薄れる中、母の言葉が響く。
(リシア、あなたの心は、絆で輝く。どんな苦しみも、乗り越えられるわ。)
その瞬間、リシアの身体が光に包まれる。
着装のメイド服は形状が変化し、より彼女の美しさを際立たせる黒が映える。
新品の彼女のためだけに作られたがごとく優雅さと鋭さを併せ持つシルエットになる。
彼女の手から、レイピア「シルフィード」が顕現した。
刃には、王冠型の紋様が刻まれ、アルヴィンの傲慢のカルマが宿る。
リシアは立ち上がり、シルフィードを手に叫ぶ。
「私は、アルヴィン様の戦乙女! シルヴァーナの名を守る!」
彼女は風を纏い、ヴァルターの兵士を次々と倒す。
アルヴィンはリシアの姿に目を奪われる。
「リシア……貴様、戦乙女だと……?」
圧倒的な力をもってルシアとアルヴィンは軍勢と率いて戦い、ヴァルターは撤退した。
リシアはアルヴィンの前に跪き、言う。
「アルヴィン様、私はあなたの戦乙女として、シルヴァーナの名を守ります。どうか、私にその使命を」
アルヴィンはリシアの手を取り、言う。額の痣が光り輝く。
「リシア、お前は俺の戦乙女だ。シルヴァーナの名を、共に守ろう」
この戦いで、リシアはバトル・メイド・サーヴァントとしてとして覚醒した。
シルフィードに刻まれた王冠型の紋様は、アルヴィンの傲慢(高貴なる傲慢)を象徴していた。
彼女はアルヴィンのカルマを共有し、その苦痛を感じるようになる。
(アルヴィン様、あなたの傲慢は、私の胸を締め付ける。でも、私はあなたを支える。
この絆で、あなたの孤独を癒したい……)
貴族の反乱は鎮圧されたが、腐敗一掃には至らない。
こうした国の動乱には、裏で動く組織の潮流が蠢くのだが、二人はまだその深淵にまでは辿り着けない。