カルマの円卓
エリュシオンの中心にそびえる「円卓の塔」は、七つの大罪を背負うロードたちが集う聖地だ。
石造りの円形の広間は、月光を反射するステンドグラスで彩られ、荘厳な雰囲気を漂わせる。
だが、その空気は剣呑だった。七つの椅子に座るロードたちの視線は、互いを牽制し、カルマの力がぶつかり合う。
リシア・シルヴァーナは、アルヴィン・シルヴァーナの背後に控えていた。
彼女の銀髪は広間の光に輝き、漆黒のメイド服は戦乙女の気品を湛える。
アルヴィンは傲慢のロードとして、中央の椅子に座る。
彼の額の王冠型の痣は、燭台の炎に照らされて不気味に浮かび上がる。
「ふん、こんな茶番に時間を割く必要があるのか?」アルヴィンの声は広間に響く。
「シルヴァーナの名は、こんな場で証明するまでもない」
対面の椅子に座るクラウディア・ヴェルモンドが、扇を揺らして微笑む。
彼女の首には、蛇が巻きつくような嫉妬の痣が薄く輝く。
「あら、アルヴィン様。焦りは禁物ですわ。カルマの円卓は、エリュシオンの覇権を決める場。あなたの傲慢、試させていただきますわよ」
リシアの視線が、クラウディアの背後に立つセレナに注がれる。
黒いドレスのメイドは、冷たい笑みを浮かべ、リシアに軽く頷く。
あの夜の戦いの記憶――セレナの鎖「クルーエルチェイン」と、彼女の吐露したクラウディアの裏切り――がリシアの胸をよぎる。
円卓の他の椅子には、ガルド・ブラックストーン、ルーカス・グレインツ、ソフィア・ゴールドウェル、バルクレイド・クロウ、エリオット・ラヴェンダーが座る。
それぞれの背後には、バトル・メイド・サーヴァントが控える。
ガルドの腹の炎のような痣、ルーカスの右腕の砂時計型の痣――各ロードのカルマが、広間の空気を重くする。
「さあ、始めよう」エリオットが甘い声で言う。
彼の左足の薔薇の痣が、服の下でかすかに光る。
「カルマの円卓は、ルールを定める場だ。だが、力なき者はここに座る資格はない」
ガルドが拳をテーブルに叩きつける。
「ルールだと? ふざけるな! 俺の憤怒は、貴族の血でしか鎮まらん!」
彼の腹の痣が赤く燃え、広間に熱気が広がる。
リシアはアルヴィンの肩に手を置き、警戒を強める。
ルーカスが欠伸をしながら言う。
「面倒だな。こんな会議、さっさと終わらせて寝たいんだが」
彼の右腕の痣は、まるで砂が落ちるように動いている。
リシアの心はざわめいていた。
円卓に集うロードたちのカルマは、それぞれの領土の問題を映し出す。
ガルドの領地は戦争と憎悪に荒れ、ルーカスの領地は放置されたインフラで民が苦しむ。
シルヴァーナ領も、貴族の腐敗が民の不信を招いている。
アルヴィンがその問題を無視し続ける限り、彼の傲慢の痣は重くなるだろう。
会議の主な議題は、エリシュオン全体の統治に対する各ロードの対応と、その手法。
そして領土問題から各エリアに対する課税や領民の出入国に関する問題、疫病や飢饉に関する問題まで多岐にわたる。
だが、領土に関する互いの牽制と境界の問題は一番の関心ごとだ。
ロードとなったものは、この円卓会議で領主たる資格を示さなければならない。
今回の会議において、新しいロードが誕生し認められるという儀式は無いが、前回アルヴィンが新しくシルヴァーナの領主と認められた際も傲慢のカルマによる宣言ではひと悶着があった。
その場での全面対決は避けられたが、その後の施政による統治の結果次第という形で落ち着いたのだ。
だが、実際問題、カルマの元となった貴族との対立は武力による衝突までには至らないものの、決して予断を許さない膠着状態が続き、アルヴィンのカルマが故の強硬姿勢も相まって事態が好転する兆しはまだない。
ただし、アルヴィンの政策自体は決して傲慢だからといって搾取や圧政をするようなものではなく、また対立する貴族たちに対しても一方的な条件を押し付けるようなものではない。
腐敗した貴族も断罪すれば解決とはいかない。仮にも伝統的に領土を統治する役職をもってシルヴァーナの政治を担い、貢献してきていることは間違いなく、一掃してしまえば今度は領地と民衆を混乱に陥れる危険性もある。問題は単なる腐敗の横行ではなく、また領土内において分断を起こすような謀反でもなく、複雑に入り乱れた問題が絡み合って、どうしてもあと一歩の歩み寄りが足りないのだ。
どこかで何かの悪意ある介入が疑われたが、その原因や証拠も含めた痕跡を認められることはなく、具体的な解決には時間がかかりそうであった。
このことに関しては丁寧にルシアがアルヴィンに代わって丁寧に伝えることに徹した。
だが、分かっている。この世界において、ロードにふさわしい領主同士が相まみえた時、戦争などという民衆を巻き込んだ愚かな血を流す行為より、ロードが抱えるバトル・メイド・サーヴァントが戦うことで決着すれば、そのすべてを継承することが叶うということを。
そして、それぞれのロードが持つカルマが一つでも決して軽いものではないという事も当事者たちは理解している。それでも、自らの信念を突き通すのであれば、すべてを受け入れて前に出るしかない。
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会議が進む中、ガルドの苛立ちが頂点に達した。
「貴族どもの甘言にうんざりだ!」彼が立ち上がり、腹の痣が炎のように輝く。
「アルヴィン、てめえの傲慢な面が気に食わねえ。カルマの力で、叩き潰してやる!」
ガルドのメイド、マリカが前に出る。
16歳の少女だが、その瞳は燃えるような闘志に満ちている。
彼女は両手で巨大な戦斧「インフェルノ」を握り、炎を纏う。
「ガルド様の憤怒、受けて立つ覚悟はできてるよね、リシア・シルヴァーナ?」
リシアはアルヴィンの前に立ち、静かに言う。
「アルヴィン様、ここは私に。どうか安全な場所へ」
アルヴィンは眉を上げるが、頷く。
「ふん、リシア、雑魚を無駄に生かすな。さっさと片付けろ」
広間の中央で、リシアとマリカが対峙する。
他のロードたちは椅子に座ったまま、戦いを見守る。
セレナの冷笑、エリナの冷静な視線が、リシアに突き刺さる。
「マリカ、戦う前に聞かせて。あなたの主のカルマ――憤怒の原因は何?」
リシアは問いかける。戦乙女の礼儀として、敵のカルマを知ることは、戦いの始まりだ。
マリカの瞳が燃える。
「ガルド様の憤怒? それは家族を奪った貴族への復讐だ! あいつらの血で、俺たちの痛みを洗い流すんだ!」彼女の声は、憎しみに震えている。
リシアは一瞬、目を閉じる。
復讐――それは、アルヴィンも抱える傷だ。
家族を守れなかった罪悪感が、彼を傲慢にさせた。
リシアは心の中で呟く。
「アルヴィン様、あなたの痛みも、こうやって叫びたいのかもしれない……」
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戦いが始まった。マリカの戦斧が振り下ろされ、炎が広間を焦がす。
リシアはアルヴィンの額にそっと触れ、カルマの力を呼び起こす。
「シルフィード、顕現せよ!」
光がリシアの手から溢れ、レイピア「シルフィード」が現れる。
風を纏った刃は、炎を切り裂く。だが、マリカの攻撃は猛烈だ。
戦斧が振り回されるたび、炎の波がリシアを襲う。
リシアは風の障壁を張り、身を翻して回避するが、炎の熱が彼女の肌を焼く。
「くっ……!」リシアは歯を食いしばる。
アルヴィンのカルマの苦痛が、彼女の胸に流れ込む。
傲慢の痣が彼を蝕む感覚が、リシアの動きを鈍らせる。
広間の端で、アルヴィンが額を押さえてうめく。
「リシア、早く終わらせろ!」
マリカが叫ぶ。
「ガルド様の憤怒は、こんな風じゃ鎮まらない! 貴族の血を、全部焼き尽くすんだ!ー灼熱の怒りを纏う紅蓮の龍」
戦斧が再び振り下ろされ、炎の竜がリシアを飲み込もうとする。
「くっ!吹き上がる風の守護盾」
リシアは風を巻き上げ、炎を散らす。
「マリカ、あなたの憤怒はわかる。でも、復讐は新たな憎悪を生むだけよ! ガルド様の痛みを、別の形で癒せないの?」
マリカの動きが一瞬止まる。
「癒す? ふざけるな! ガルド様の怒りは、家族の叫びだ! 赦すなんて、私にはできない!」
彼女の戦斧が再び唸り、炎が広間を包む。
リシアはレイピアを握りしめる。
マリカの言葉は、アルヴィンの心の叫びと重なる。
傲慢の裏に隠れた罪悪感――リシアは、それを救いたい。
「アルヴィン様、私はあなたの痛みを背負う。あなたの理想を、共に叶えるために!」
リシアのレイピアが風を巻き上げる。「嵐の裁き!」
風の刃がマリカを襲い、炎を切り裂く。
マリカは戦斧で防ぐが、風の勢いに押され、膝をつく。
「ちっ、なんて力……!」
だが、その時、意外な声が響いた。
「もういい、マリカ。やめなさい」
ルーカス・グレインツが立ち上がり、右腕の砂時計型の痣を押さえる。
彼のメイド、エリナが杖を掲げ、魔術の光を放つ。
光は炎を鎮め、広間に静寂をもたらす。
エリナがリシアに言う。
「リシア・シルヴァーナ、あなたの戦いは無駄じゃない。
だが、カルマは力でも呪いでもある。主を救いたければ、罪と向き合いなさい」
リシアは息を整え、レイピアを握る。
「エリナ、ありがとう。あなたの言葉、胸に刻むわ」
ガルドはマリカを下がらせ、円卓に戻る。
「ふん、今回は見ず知らずの魔術師に助けられただけだ、アルヴィン。次はてめえを叩き潰す!」
アルヴィンは冷笑する。
「雑魚が吠えるな。シルヴァーナの名は、お前ごときでは汚せん」
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会議は中断された。
ロードたちはそれぞれの領地へ戻る。
リシアはアルヴィンを護衛し、馬車でシルヴァーナ領へ向かう。
だが、道中でガルドの襲撃が始まった。
マリカが再び戦斧を手に、リシアに挑む。
「今度こそ、ガルド様の憤怒を刻んでやる!円卓の塔では、邪魔が入ったがお前たちを赦す道理にはならない!!」
リシアは馬車から飛び降り、アルヴィンに触れる。
「アルヴィン様、あなたのカルマを私に!」
アルヴィンの額の痣から光が溢れ、シルフィードが顕現する。
リシアは風を纏い、マリカの炎に立ち向かう。
「マリカ、もう一度聞くわ。ガルド様の憤怒は、どこから来るの? その痛みを、教えて!」
マリカの瞳が揺れる。
「ガルド様は、全ての家族を貴族に殺された!父も母も妹も!! あの日の叫びが、あの日の絶望が、あの日の光景が、ガルド様と私の心を焼き続ける!ましてや、腐敗し搾取し民衆を苦しめる貴族を擁護するお前たちの傲慢を赦すなんて、絶対にできない!」
リシアは炎を切り裂き、マリカに迫る。
「その痛み、わかるわ。でも、憎悪はあなたを縛るだけ。ガルド様を救うなら、別の道を!」
マリカの戦斧が最後の炎を放つが、リシアの風がそれを飲み込む。
「嵐の裁き!」
風の刃がマリカを打ち倒し、戦乙女の衣装は衣が裂け、風に千切れ飛ぶ。
羞恥とダメージで彼女は地面に崩れる。
戦斧「インフェルノ」が光となって砕け、リシアのレイピアに炎の紋様が刻まれる。
同時に、アルヴィンの腹に炎のような痣が輝き、彼が苦痛でうめく。
ガルドの憤怒が…彼の怒りの源流である記憶の潮流が流れ込む。
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レッドフォージ領は、火山の麓に広がる鉱山の街だ。
ガルド・レッドフォージは、17歳の若き経営者として、鉱山の運営を治めていた。
赤い髪と燃えるような瞳を持つガルドは、幼い頃から鍛冶師の父に育てられ、戦士としての誇りを持っていた。だが、レッドフォージ家は貧しく、仲間たちと鉱山労働で生計を立てていた。
ガルドの父、ダイン・レッドフォージは、厳格だが心優しい男だった。
彼は経営者として、鍛冶師と共に皆と働き、鉱山の資源を公正に分配していた。
ガルドは父を尊敬し、いつか父のような男になることを目指していた。
家にはやさしい母と妹のリナがいた。
リナはガルドより5歳年下で、病弱ながらも明るい少女だった。
ある日、レッドフォージの経営する鉱山に危機が訪れる。
鉱山の採掘権を巡り、ロード・ザカリア・ダークストーンが介入してきた。
当時の領主ザカリアは、レッドフォージ鉱山資源を奪って独占するため、従業員を扇動し、ガルドの父に反旗を翻すよう仕向けた。
ザカリアは働く鉱夫に囁く。
「ダインは、鉱山の富を独占している! 俺に従えば、もっと豊かになれるぞ!」
貧しさにあえぐ鉱夫の一部は、ザカリアの言葉に惑わされ、ダインに反発する。
ガルドは父を庇い、鉱夫に訴える。
「父上は、お前たちのために働いてきた! ザカリアの言葉を信じるな!」
だが、皆の不満は収まらず、暴動に発展する。
暴動の中、ザカリアの兵士がガルドの父を襲う。
ダインは皆を守ろうと戦うが、ザカリアの剣に倒れる。
「ガルド、リナを……守れ……」
父の最期の言葉を聞き、ガルドの心に怒りが燃え上がる。
「父上を! 俺の家族を、奪いやがって!」
ガルドは戦斧を手に暴動を鎮圧するために動くが、母とリナが暴動の混乱の中で、扇動していたが追いつめられた貴族の残党に人質に取られてしまう。
ガルドが駆けつけた時には逃げられないと悟った貴族に脅しに使われ刺されてしまう。
小心貴族の頭を破壊したガルドだったが、庇った母は即死、すでにリナも手遅れであった…
怒りに血涙を流してリナを抱くガルド、彼女の小さな手がガルドの手を握り、呟く。
「お兄ちゃん、怒らないで……皆を、仲間を守って……」
ガルドは絶叫する。
「母上、リナ! 俺が、守れなかった! 貴族が、その傲慢で強欲が、俺の家族を奪った! 俺は、許さねえ!」
その瞬間、ガルドの腹に炎型の痣が刻まれる。
憤怒のカルマが彼を支配し、彼の心を焼き尽くす。
鉱夫が、俺を裏切った。ザカリアが、俺の家族を奪った。俺は誰にも屈しねえ! この怒りを、燃やし尽くしてやる!
ガルドはザカリアを倒し、領地を奪うが、彼の心は憤怒に支配されたままだった。
他人への不信と家族を失った怒りが、彼を孤立させ、ザカリア領はレッドフォージ領となった後も戦争と貧困に苦しむことになる。
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傲慢に向けられる憤怒の力はアルヴィンの心締めつけて燃やそうとする。
「アルヴィン様!」リシアは駆け寄り、アルヴィンの腹に触れる。
憤怒の痣から熱が流れ、リシアの胸に新たな苦痛が刻まれる。
「ガルド様の憤怒……私が背負います」
マリカは倒れたまま呟く。
「リシア……お前の信念、ガルド様に届くかな……」
ガルドはマリカを抱き上げ、撤退する。
「アルヴィン、てめえのメイドは強い。だが、次は俺が直々に潰す!」
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馬車に戻ったリシアは、アルヴィンの苦痛に耐える彼を見つめる。
腹の痣は、ガルドの憤怒を継承した証だ。
「アルヴィン様、ガルド様のカルマは、戦争と憎悪を映します。
シルヴァーナ領も、貴族の腐敗を正さなければ、同じ道を辿るかも……」
アルヴィンは額を押さえ、苛立つ。
「民の不満など、シルヴァーナの名に必要ない! リシア、お前は戦えばいい!」
リシアは静かに頷く。
「はい、アルヴィン様」
だが、彼女の心は決まっていた。
アルヴィンのカルマを救うため、領土の問題と向き合わなければならない。
エリナの言葉が、胸に響く。
「罪と向き合いなさい」
レイピアに刻まれた炎の紋様を、リシアはそっと撫でる。
シルフィードは再び光に溶け、消える。
次の戦いで、どんなカルマを継承するのか。
リシアの碧い瞳は、決意に燃えていた。