第56話
署内に誘導された祐毅は、すぐに聴取を受けた。彼は自殺志願者を回収しては脳死状態にしていたこと、そしてそれが週刊誌に掲載される人物以外にもいたということを自供。加えて、自供を裏付けるようにクリニックから持ってきた複数の証拠資料と上申書という文書を提出した。上申書には、自殺志願者の回収をしていた動機、回収の手順、回収した人物の個人情報やSNSの投稿内容など、事件の全てが記されており、警察はその情報をもとに捜査を開始する。
捜査の結果、闇サイトを介して得たツールで個人情報を不正に入手・利用し、自殺願望のある被害者を臓器移植目的で死に至らしめて遺棄したとして、祐毅は殺人や逮捕監禁など複数の容疑で逮捕された。その後、検察に起訴された彼は、拘置所で裁判までの期間を過ごすことになる。
だが、祐毅は起訴されて1週間後に保釈された。拘置所の裏門から外へ出された祐毅は、仏頂面を引っ提げ、重い足取りで歩を進める。門の外に、微笑みながらこちらを見つめる御武を見つけると、ますます眉間の皴を深めた。
「どういうことかな?誰かに保釈請求の依頼をされても、全て拒否しろって要望したよね?第一、僕の罪状で…」
「もちろん、断ったさ。俺のところに来た依頼はな」
御武の目の前で止まるや否や、表情と発言で不服を訴える祐毅。そんな態度を全く気にせず、飄々とした態度の御武。彼から返ってきた言葉に、祐毅の眉間の皴の意味が変わる。不満が疑問へ、その変化を捉えた御武は、変わらぬ態度で種明かしを始めた。
「保釈請求ができるのは弁護人だけじゃない。それはお前もわかってるだろ?」
「あぁ。だから頼んだんだ。僕は保釈を望まないから、あとは君に依頼されるであろう保釈請求を止めれば、誰も僕を外へは出せない」
法律上、保釈請求の権利を持つ人物は限られている。被告人本人である祐毅と弁護人である御武は、その限られた人物に含まれる二人。友人や知人は当該人物には含まれておらず、保釈請求をしたい場合には、弁護人に依頼するほかない。そこで、保釈を望まない祐毅は、誰からの保釈請求も受けるなと、弁護を依頼する際に御武へ要望していた。
自身の解釈を答えるうちに、眉間の皴が段々と薄れてきた祐毅。しかし、目の前で首を横に振りながら答えが足りないと口にする御武に、再び眉間の距離は縮まる。
「いるだろ?もう一人だけ、保釈を請求できる人が」
”一人だけ”その言葉が誰を指しているか。自身の計画に関係する法律を独自に調べてきた祐毅は、その権利を有する人物がいることは理解している。だが、その人物が自身の保釈を求めるなどありえない、そう結論付けて可能性を排除していた。
御武は右手を肩の高さまで上げ、掌を右側へと伸ばす。その手を目で追い、更にその先へと視線を向けた祐毅は、視界に入ってきたものに目を疑った。
祐毅から見て左の歩道、その端にグレーのスーツを身に纏った、一人の男が立っていた。男は目が合うと、ぎこちない微笑みを見せ、石橋を叩いて渡るかのように一歩一歩ゆっくりと近づいてくる。1mほど距離を開けて立ち止まった男は、その瞳に僅かな悲しみを宿しながら口を開く。
「久しぶりだな。少し、痩せたか?」
視覚で捉えた容姿、聴覚で把握した声質。双方、ある人物のものだと答えを提示してきたが、思考はありえないと否定する。その結果、口から出てきたのは、質問に対する答えではなかった。
「…どうして、あなたが…」
反射的に出た言葉、その語尾の形で口は開いたまま止まり、見開いた目は瞼がせわしなく往復する。その男は祐毅が、自身を保釈するなどありえないと、もう二度と会うことはないと、考えていた人物だった。
「お前の保釈請求をしたのは、お父さんだよ」
保釈の請求は被告人本人と弁護人以外に、法定代理人、保佐人、配偶者、そして、直系の親族若しくは兄弟姉妹と定められている。
正解を明かす御武に顔を向けるが、再び首の向きを横に戻す祐毅。彼の目の前に現れたのは、直系の親族に当たる崇志だった。しかし、なぜ崇志が祐毅の保釈を望んだのか、想定外の事態に対応できず、何から質問すべきか口籠っている祐毅に、崇志と御武が話を始めた。
「御武君のお父上には昔世話になってな。息子さんも弁護士になったと聞いていたし、お前の同級生だから、きっと弁護人は彼だろうと思って、お父上に取り次いでもらったんだ」
「ちゃんとお前が保釈を望んでないって話はしたよ?俺からは保釈請求できないって話も。でも、どうしても会って話さないといけないから、自分で請求すると仰られた。だから俺の親父にも手伝ってもらって、お前のお父さんは自ら書類を作成して裁判所に提出した。俺からは請求してないから、お前の要望通りだろ?」
「素人の私でなければ、もっと早く保釈されていたんだがな。とにかく、無事に保釈されて良かった。御武君、協力してくれて本当に助かったよ。お父上には、改めてお礼を伝えさせてもらうよ」
「いえいえ。お父様の熱意には感服しました。あなたが書類を作成されたからこそ、保釈が認められたのだと思います。そして、こちらこそ、お礼を言わせてください。父があれほど熱心に対応に当たる姿は、現役を思い起こさせるようで感慨深かったです」
互いに礼を言い合いながら、会釈を交わす二人。知らぬ間に打ち解けている二人を、戸惑いの表情で交互に見やる祐毅。状況に置き去りにされ、会話でも置いて行かれた彼は、二人の話をぼんやりと聞きながら、自身が聞くべき内容を考えていた。
「いや…僕と話すことなんて……待て…どうして保釈が認められた?」
考えれば考えるほど、疑問符しか浮かばない。口から零れ落ちる疑問。その一つを、御武の顔を注視しながら投げかける。
「僕は重罪を犯しているんだぞ?裁判所が保釈を認めるなんて…」
「権利保釈は当然無理だった。けど、今回は裁量保釈が認められた」
保釈には、三つの種類がある。
一つ目は、権利保釈。保釈が請求された場合、重大犯罪で起訴されていないか、証拠隠滅の恐れがないかなど、法律で定める六つの条件に当てはまらなければ、保釈が認められる。
二つ目は、裁量保釈。権利保釈が認められなかった際に、勾留による拘束が被告人に及ぼす影響を考慮して、裁判官の裁量で認められる保釈。
三つ目は、義務的保釈。勾留の期間が不当に長い場合に認められる保釈。
えっ、と驚きが口から漏れる祐毅。彼もそこまでは想定していなかったようだ。言葉を失った祐毅は、崇志にも御武にも新鮮に映る。一方はキョトンとした表情で息子を見つめ、もう一方はフッと鼻で笑って説明を続けた。
「お前の心臓を理由にした。いつ拒絶反応を起こすかわからないし、20年以上経過しているから生存率も下がっている。それに、聴取や拘束によるストレスが心臓へ及ぼす影響も計り知れない。拘置所では緊急時に適切な処置を受けられない可能性もあるから、勾留は被告人の健康に多大なる影響を及ぼすって書いてな」
悠然と話す御武に、最初は耳を傾けていた祐毅。だが、医者としての立場もあってか、自身の健康に関する説明をクククと嘲笑った。
「今更この心臓に拒絶反応が起こるとでも?日本の医療技術で…」
「今までは問題なく過ごせたが、それがこれからも続くという保証はどこにもないだろう?」
反論する間を与えぬとばかりに、崇志がすかさず口を開く。その話し方は以前の高圧的な口調とは打って変わり、冷静で穏やかだった。御武に置いていた祐毅の視線は、自然と崇志へと移動する。
「日本の累積生存率は確かに高いが、統計データの母数は世界と比較して非常に少ない。このデータだけで、安定した状態が継続されると断言できないことは、お前もわかっているだろう?加えて、勾留による生活環境の変化や取り調べによるストレス、特に集団生活は、免疫抑制剤を服用しているお前には、健康リスクが高い。だから主治医に頼んで、診断書を書いてもらったんだ」
自身の中にある確固とした人物像。それとはあまりにもかけ離れた声の調子と言葉遣いをする現在の崇志に、祐毅は首を傾げた。
「あなたが…人に頼んだ……と?」
「あとは、お前の自首が効いた。上申書で事のあらましを全て説明して、証拠を提出したお陰で、証拠隠滅の恐れは低いと判断されたんだ」
祐毅の顔は、忙しく向きを変える。合いの手を入れるように説明し合う二人に、彼は翻弄されていた。
祐毅が久我原に連絡する少し前、警察には一通の封筒が届いていた。その中には、週刊誌に掲載される写真や横たわる男女の顔写真、あのクリニックの住所、そして”神明大学病院の理事長 廻神祐毅は人殺しだ”と印字された紙が封入されていた。匿名で届いたこれらの情報に、警察は真偽を疑う。写真だけ見ても、祐毅が彼等に手を掛けている場面や放置している瞬間が撮影されているわけではない。彼が罪を犯したという事実が、写真からは掴めなかった。そこに祐毅から久我原への連絡。更にはその日の夜、弁護士の御武からも久我原に、祐毅が出頭すると事前に連絡がなされていた。こうして、警察が犯罪の事実を掴む前に祐毅が出頭したことで、彼の行動は自首と認められた。
「僕は…出来るだけ周りに迷惑を掛けない様に行動を急いだだけだ。上申書にも”厳正なる処分を望む”と書いただろ。自首なんて、ただの結果だよ」
悔しそうに、恨めしそうに、眉間に深く皴を作って顔を俯ける祐毅。そんな彼に向けられる、二つの目線。悲しげな目と呆れた目は、黙って彼を見守っていた。
コツコツと革靴がアスファルトを叩く音、行き交う人々から次々に向けられる視線。ここは路上だったと思い出した一人が、静まった空気を明るい声で変える。
「立ち話もなんですし、座って話せる場所に移動しましょうか」




