第49話
池神との会食から半年経った、ある朝。祐毅が理事長室で書類に目を通していると、机の上でスマートフォンが震えだす。手に取って画面を見ると、すぐに通話ボタンをタップして、耳に当てた。
「おはよう。久しぶりだね、どうした?」
「おっす。なぁ祐毅、お前さ…」
電話の向こうは少し口籠った後、恐る恐る尋ねてきた。
「人殺したこと、あんの?」
「え?」
それは、友人でジャーナリストの千登利からの電話だった。彼の話によると、知人の週刊誌の記者から、ある病院の理事長が廃業したクリニックに人を誘い出し、殺害して遺体を路上に放置しているという内容の記事が回ってきたという。顔はわからない様に目隠しがなされ、氏名や病院名はイニシャル表記になってはいるが、千登利はすぐに祐毅だとわかったらしい。
「その記事って、僕にも送ってもらえたりする?」
祐毅の頼みは即座に聞き入れられ、電話が一旦切れるとすぐにメッセージアプリの通知音が鳴る。すぐさまメッセージを開くと、画面に表示された白黒の記事に、祐毅は大きく目を見開いた。
”命を奪う死神医師”そうデカデカとタイトル付けされた横に、目隠しが付いた祐毅の顔写真。病院のホームページに掲載されている、理事長兼院長紹介の写真と酷似している。記事には他にも写真が散りばめられており、人殺しだというストーリーを語るために使われていた。
最初は、目隠しが施された祐毅らしき人物があのクリニックに入っていく写真。離れたところから撮影したのか、少々画質が粗く、一目では同一人物だと判断しにくい。その隣には2枚の写真が並ぶ。それぞれ顔にモザイクがかけられているが、服装からして1枚は男性、もう1枚は女性と見られる人物が、同じ建物へと入っていく様子が捉えられている。まるで二人が祐毅の後に続いて入ったかのように並べられた写真には、こう文章が添えられていた。
”E理事長に続いて廃業したクリニックに入っていく二人。そして翌日、この二人は変わり果てた姿でこの場所から出てきた”
次は、クリニックの玄関前に停車する、黒のワンボックスカーに乗せられる担架の写真が2枚。担架の上には、あの二人らしき人物が横たわっている。そして、車に乗り込む黒衣に身を包んだ祐毅の写真と、とある細い路地を塞ぐように停まる同車の写真。最後は、路地に横たわる人物を撮影した2枚の写真。顔から下しか写されていないが、服装はあの二人と同じ物に見える。計6枚の写真は、このように文章で繋がれる。
”担架の上で微動だにしない二人は、クリニックから移動させられ、寒空の下、隠されるかの如く路地裏に、無残な姿で放置されていた”
”二人がどうして命を奪われなければならなかったのか、残念ながら理由はわからない。だが、一つだけ明らかなことは、医師であるE理事長が二人の亡骸を放置したことである。彼は医師でありながら人の命を奪う、まさに死神と言えよう”
祐毅は奥歯を噛み締め、スマートフォンをギリリと握りしめる。
「都合のいいように書きやがって…」
事実とは異なる記事の内容に、祐毅は憤りを隠せなかった。
写真に写っている男女は、協力者から紹介された自殺志願者ではあるが、クリニックを訪れたのは同日ではない。祐毅があのクリニックで彼等に会ったのは、それぞれ4カ月前と2カ月前。何年も前に自分に課し、守り続けている”回収は月に一人”というルールを、今更祐毅が変えるわけがなかった。そして、二人を路地に置いた日は、翌日でもなければ同日ですらない。回収した人物は最低でも1週間、長くて1カ月はクリニックで眠らせている。検査結果の待ち時間や回収時についた注射痕が消えるまで待ったり、捜索状況を鑑みたり、計画がバレない様に配慮してクリニックから移動させていた。そして、路地に置きはするが、必ず救急車を呼んでから立ち去っているのだ。加えて、クリニックを訪れた者は彼等の間に一人いて、その者は現在精神科を受診し、治療を受けている。
だが、これらは全て、当事者しか知り得ない情報。祐毅に取材したわけでもなく、自殺志願者から話を聞いたわけでもない記者が、写真から想像できるストーリーを作り上げ、記事にするのも無理はない。記事は未完成のようで、ところどころに空白地帯が存在するが、祐毅の知る真実とは異なる文章で埋められるのだろう。
記事に記者名は記載されていない。匿名で数名の記者にバラまかれたらしく、その一人が千登里の知人だったそうだ。記事は週刊誌に掲載され、早ければ電子版で翌日正午に発行されるという。
「まぁ、事実と違うとか、クレーム付けるんなら俺も情報収集とかするからさ。なんかあったら言ってな」
「教えてくれてありがとう。少し考えてみるよ」
発行前に情報をくれたことに感謝し、千登里とのやり取りが終わると、祐毅はスマートフォンを机に置く。両肘を机につき、前傾姿勢になると、両手で顔を覆った。
なぜ今更になってバレたのか?その答えを脳内で探し始める。
回収開始から約3年は同じ方法を貫き、その時には警察や記者にバレることはなかった。変化点は協力者を招き入れたこと。しかし、裏切れば息子を救う確率が下がるという状況を自ら作るとは考えにくい。ならば、池神に計画を打ち明けたことが引き金だろう。なぜ会食から半年後の今なのか?単に時を待ったか、必要な情報が揃ったのが今だったか。
慢心、油断。祐毅の脳内を、二つの言葉が駆け巡る。しかし、彼は突然顔を上げ、背もたれに体を預けながら大きく息を吐いた。
「まっ、来るべき時が来ただけか」
抱いていた怒りはどこへ去ったのか、両手が外れた祐毅の顔は落ち着き払っていた。スッと席を立ち、ずんずんと部屋を歩くと、扉を開いて隙間から顔だけ覗かせる。
「真島さん。すみません、今日のスケジュールは全てキャンセルしてください。それと、この部屋には誰も入れないようにお願いします」
戸惑いながらも返事をする彼女の声を聞きもせず、すぐに扉を閉じた。再びずんずんと部屋の中を歩き、数秒前まで座っていた椅子に腰を落ち着ける。片手にスマートフォンを持つと、すぐに電話を掛けた。呼び出し音が鳴っている間に、未承認と表示されているトレイから、書類を一束手元に引き寄せる。
「…もしもし」
「おはよう、久しぶりだね。僕の事って、警察にも何か情報が入ってるのかな?」
10秒ほど鳴った呼び出し音の後に続く、重々しい声。その主は、友人で刑事の久我原である。
「……捜査情報は話せない」
警察として当然の応対。いくら友人でも、捜査対象となり得る相手に情報を明かすわけがない。しかし祐毅にとっては、第一声の声質と返答だけで、必要な情報の半分は手に入った。
「だよね。じゃあさ、捜査に関係ない質問をするからイエスなら無言、ノーならノーって言ってくれない?」
音は、何も返ってこなかった。それが提案を受け取った答えだと勝手に解釈した祐毅は、質問を始める。
「僕に会いに来るのは今日中かな?」
シーンと静まる室内。耳に入ってくる音は、何も無かった。質問は続く。
「じゃあ、明日のお昼前に来るのかな?」
前問同様に無言。だが、これで欲しかった情報は手に入ったと、祐毅は感謝を述べて通話を終えようとする。そこで久々に友人から名を呼ぶ声が聞こえ、再び耳元までスマートフォンを戻した。
「俺は…お前を信じてるぞ」
またな、久我原はそう告げて通話を切った。また無音となったスマートフォンを耳から離し、彼との通話履歴を見つめる祐毅。”信じる”と言う言葉に答えられなかった代わりに、画面を見て微笑んだ。




