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アスクレピオスに聞き糺せ  作者: 冴樂 紅


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第18話

 ある日の夕方、祐毅(ゆうき)にレイラからメッセージが届く。


「ねぇ、最近全然来てくれないけど、次はいつ来てくれるの?」


 そのメッセージを見るなり、祐毅は深くため息をつく。相手が目の前にいないのをいいことに、()めた目をして(つめ)たいメッセージを(したた)める。


「僕が行かなくても、他の客からお金をたくさんもらえるからいいでしょ」


 メッセージを送るとすぐに画面を閉じ、患者のカルテを見始める祐毅。だが、反応はすぐに、しかも先程とは違う振動パターンで返ってきた。渋い顔でスマートフォンを手に持つと、祐毅は医局を出る。

 彼が向かった先は、通話可能エリア。長く震え続けたスマートフォンは、ようやく彼の手によって止められた。


「はい」

「ちょっと、どういうこと?もう店に来ないってこと?」


 (あせ)りと怒りの混じった声で(まく)し立ててくるレイラに、祐毅はぼそぼそと言葉を落とす。


「僕、この前見てしまったんです」

「この前?いつの話?何を見たの?」


 早く理由が知りたいと急かす声に、おどろおどろしい声で話を続ける。


「レイラさん、あの店のナンバー2だったんですね」


 祐毅があの日確認した物、それは店に掲示された指名順位。病院で二日続けて違う医者と親しげに話していた現場を目撃した彼は、他にも病院関係者の中に彼女を指名している客がいる可能性の他に、彼女が多くの客から指名を受けている可能性に辿り着く。病院という一部地域でこの遭遇(そうぐう)頻度なのだ。銀座という土地柄(とちがら)を考えれば、数多(あまた)の客がいるに違いないと。

 一つ気になると、なぜか今まで気にも()めなかったことを次々と思い出す。祐毅が来店した時、大抵(たいてい)レイラは接客中で、待たされることが多かった。祐毅の席に着いてからも、1時間も()つか経たざるかで次の客が来たとボーイが声を掛けに来る。毎度、レイラは代わりのホステスを行かせようとするのだか、祐毅は自ら退店を申し出た。重要な話は最初に済ませてしまっているし、彼が長居(ながい)を好まないためだ。

 逆になぜ気にならなかったのかと不思議に思う。祐毅は、他人に関心が薄い(おのれ)を、少しだけ()やんだ。


「もっと早く気づくべきでした。僕が金を渡さずとも、あなたなら3年と経たずに開店資金は貯まるのでは?僕が依頼している仕事の分は支払いますが、わざわざ店に行かなくてもよいかなと思いまして。アフターに行く必要もなくなりましたしね。その分、僕は自分の計画に回す時間も金も作ることができる」

「あなた、一体何億必要だと思ってるのよ!3年でも無理があると思ってるのに……それに、どうやって私にお金を渡すの?口座番号なんて教えないわよ」


 怒りだけが(こも)ったレイラの声に、祐毅は調子を変えずに質問を投げかける。


「僕を客にする意味はありましたか?酒の飲めない僕は価値が低いでしょう?金が欲しいなら素直にそう言えばよかったのに、どうして店に来て指名しろと、あの時言ったんですか?」


 レイラと取引を交わした時、彼女の申し出を祐毅は勝手に金のためだと解釈した。だが、それはあくまで祐毅の憶測(おくそく)。店が欲しいとその(のち)言ってはいたが、金が欲しいならなぜ回りくどい要望を出したのか?

 回答を求めた電話の向こうは、なぜか静寂(せいじゃく)に包まれる。理由もなく祐毅を客にしたわけではないだろうに、答えはすんなりとは返ってこなかった。


「金を渡す手段は追って考えるので、もういいですか?まだ仕事が残っていて……」

「私には、歳の離れた弟と妹がいるの」


 突然始まった身の上話に、えっ、と祐毅は言葉を詰まらせる。その(すき)に、レイラは端的(たんてき)境遇(きょうぐう)を語り始めた。


「弟は社会人、妹は大学生。私が中学生の時に父が、3年前に母が他界(たかい)して、妹の学費の大半は私が払ってる。彼女もバイトしてくれているけど、それだけじゃ足りないから。卒業まであと1年はあるから、店を持つにはまだお金が足りないの。貯金もあまり出来てなくて」


 (わず)かに哀愁(あいしゅう)が溶け込む、落ち着いた声。話しながら、レイラは自身の過去に想いを()せていた。


「高校生を卒業してから、母の医療費、弟達の学費、そして生活費を稼ぐためにホステスになった。安易な考えだけど、手っ取り早く稼げると思ったからよ。人と話すのは好きだったしね。そこで、面白いことに気づいたの。お客様に気に入られたら、その人が新しいお客様を紹介してくれる。客が客を呼ぶってね。だから、とにかく指名客を増やそうと思って、今でもそうしてるってわけ」


 他人に興味もなければ、取引にも無関係だと、気にすらしなかったレイラの過去。ホステスという職業に偏見(へんけん)を持っていた祐毅は、その裏にある彼女の人生など、想像しようともしなかった。


「僕が客を連れてきたら、さらに金になると思ったんですね」

「そう。でも、これはホステスとしての理由。今は、他にも理由がある」


 理由は一つだけではないらしい。それは何かと(たず)ねる祐毅に、説明された二つ目の理由。


「あなたが危なっかしいから、定期的に顔を見ないと不安なの」


 祐毅は拍子(ひょうし)()けた。自分の何が危なっかしくて不安なのか、思い当たる節は全くないらしい。


「医者の不養生(ふようじょう)って、前に言ったでしょ?自分を(ないがし)ろにして、倒れるんじゃないかって心配なの。倒れられたら、私がお店を持つのが先延ばしになっちゃうじゃない?」

「倒れることはないと思いますが、そんな心配のされ方をしていたとは驚きです」


 二つ目の理由に毒気(どくけ)を抜かれ、もはや電話をし始めた頃の苛立(いらだ)ちは消えていた。彼の変化を声色(こわいろ)(さっ)したレイラは、(おだ)やかな声で要望を伝える。


「お願い、月に一度でいいから、お店に来てくれない?顔を見て、少し話をするだけでいいから。それに、あなたの息抜きにもなるでしょ?」

「医者でなくなる時間、ですか」

「そうよ。それに私達、もう少しお互いを理解した方が良いと思うの。長い付き合いになるんだし、今みたいにすれ違いやいがみ合いが起きないように。ね、ダメかしら?」


 祐毅は、すぐには(うなず)けなかった。レイラの提案は一理(いちり)あると、頭では理解しているものの、それを必要としてこなかった今までの自分が、鵜呑(うの)みにすることを拒絶(きょぜつ)する。


「私が裏切(うらぎ)って理事長先生にバラしちゃったら困るでしょ?私を取引相手として繋いでおくためにも、もっと祐毅君のことを教えて?あの計画の裏にある、あなたの想いを。もしかしたら、私の立場はもっと有効に使えるかもしれないじゃない」


 レイラは時に、的確に祐毅の心を揺さぶる。理事長というワード、(こま)としての自身の有用性、この2枚のカードをチラつかせて。彼等の取引は、立場上の優劣(ゆうれつ)がしばしば変わる。今回はどうやら、レイラが優位なようだ。

 目を(つぶ)り、大きく吸った息を一度止め、はぁーっと深く吐き出したのは祐毅。


「わかりました。月に一度は必ず店に行きます。あと、友人も数名紹介しましょう。あの人の真似事(まねごと)をするようで気が進みませんが、僕がちまちまプレゼントを(おく)るより、金は早く貯まるはずです。僕が(はじ)(しの)んで連れて行くんですから、必ず常連にしてください」

「わかってもらえてよかったわ。てか、まだクラブに通ってることを知られるのが嫌なの?計画のためには、捨てるべき恥もあるって諦めなさいよ」

「わかってますよ!偏見はそう簡単に無くならないので、諦めるまで(しばら)く時間をください」


 ようやく、いつもの調子に戻った。そう感じた二人は電話越しに、あははと笑い合う。


「もう少し後で紹介しようと思っていましたが、弁護士の友人も紹介します。店を持つ時にきっと彼の助けが必要になると思うので、今から信頼関係を築いておいた方が良いでしょう」

「ありがとう。助かるわ」


 近日中に(うかが)います、祐毅の言葉で電話は終わった。医局へと戻る彼の顔には安堵(あんど)が見え、足取りは軽やかだった。


 この日以降、祐毅は金策(きんさく)奔走(ほんそう)する(かたわ)ら、月に一度の約束を守ろうと(つと)め、3年と経たずにオープンした「クラブ Sanatio(サナティオ)」でも、その約束は続いている。互いの夢を熱く語り合ったり、穏やかな昔話に花を咲かせたり。この時間だけは豊かな祐毅の表情に、本人も、唯一対面しているレイラも気づかない程、互いの話に夢中になっていた。

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