第10話
レイラから連絡を受けた翌週の土曜日。祐毅は、ある場所に向けて車を走らせていた。見つけた人物から話を聞くため、録画機材を携えて目的地へと向かう。
目的地周辺の駐車場に車を停め、機材の入った鞄を持って数分歩くと、目的地である1棟のビルが見えてきた。ビルの入口上部と横に突出した看板には"カラオケ御殿"という店名が大々的に表示されていた。そう、祐毅がインタビューの場所として選んだのはカラオケ店。5名の男女が入店しても不自然でなく、かつ音漏れを懸念する必要もないからだ。
店先には、見知った顔が既に揃っていた。祐毅がちょうど入れるくらいの間を空けて立つ二人。一人は相手に顔を向けながら口を動かし、もう一人はそっぽを向いて時折僅かな間だけ口を小さく開く。気の合わない二人が並んでいる光景を眺めていようかと、悪巧みを始めたと同時に、一人が祐毅に気づいて陽気に手を振った。
「すみません、お待たせしました」
悪巧みしていた素振りを見せぬよう、小走りで二人に近寄る。そっぽを向いていた人物も、ようやく顔の向きを変えた。祐毅に向いた仏頂面は、今の彼の気分を語る。
「遅えわ」
「全然。いつも通り、約束の5分前よ」
異なる内容の返事に苦笑いする祐毅だが、後者の返事が正しい。だが、不機嫌な前者の返事は、感情的意味合いが強かったため、祐毅は返事をする相手をそちらに絞った。
「遅くなってごめんね、さっちゃん。今日は都合をつけてくれて、ありがとう」
遅刻していないので謝る必要はないのだが、彼の機嫌を損ねたままで良い訳がない。動画の編集や音声の加工、おそらく時間をかければ器用な祐毅にもできるだろう。だが、颯毅に任せた方が、圧倒的にスピードと精度が違う。高校時代、祐毅と出会った時には既に、ハッキングやフェイク動画の投稿など、パソコンを使って世を騒がせることを遊びと称し、自分の能力を試していた。元を正せば、自作の玩具を作りたいという純粋な感情で学び始めたパソコンの知識なのだが、いつしかその知識でどんなことができるのか、自分自身が玩具となり、リスクという刺激を求めた。
颯毅曰く、祐毅の目的は無理とわかっていても実現できたら面白そうだから手伝う、とのこと。これは祐毅にも伝えられており、祐毅も颯毅の能力を利用させてほしいと申し出ていた。つまり二人は、互いを利用することを双方合意の上で、今日まで友人関係が成り立たせている。
「別に。ボス戦直前だろ?今日、どんな武器が手に入るか、現場参加で確認するのが鉄則だっての」
颯毅は仏頂面の口元だけを緩めた。実はこの日を楽しみにしていたらしく、機嫌が上向きになったと察した祐毅は、畳み掛けるように話を続けた。
「楽しんでもらえるといいんだけど。指定された機材は揃えてきたから、中に入って準備しようか」
祐毅は肩掛けのカメラバッグを少し開け、中身をチラリと見せる。隙間から見えたものが余程気に入ったのだろう。目にかかる紫色のマッシュヘアの前髪から、輝く瞳を覗かせた。
「さっすが。これ、今日全部もらって帰っていいんだよな?」
祐毅を見上げる円らな瞳は、玩具を強請る小学生のよう。付き合いの長い祐毅からすれば、気分屋な颯毅の機嫌を取るのは赤子の手をひねるようなものだ。うん、と快活に頷けば、クククッと悪戯っぽい笑いが返る。
「さ、入ろうか。僕の名前で予約してあるから」
祐毅の再度の掛け声で、颯毅は身を翻して自動ドアへとまっしぐら。軽い足取りの背中を見届けると、静かに待ってくれていたレイラに穏和な声で話しかける。
「さっちゃんがすみませんでした。不快な思いをされたのなら、僕から謝ります」
会釈程度に頭を下げ、店の入口を丁寧に手で指し示す。案内に従ってレイラは体を180度回し、歩を進める。いいえ、と言いながら首を横に振る彼女は、苦笑いを祐毅に向けた。
「前もあんな感じだったから、気にしてないわ。きっと、私の事が嫌いなのね」
八の字に曲がった彼女の眉を見ている祐毅も、いつの間にか同じ眉の形になっていた。
「さっちゃんは、レイラさんが嫌いなんじゃなくて、人間が嫌いなんです。誰に対してもあの態度ですよ」
祐毅の言葉をフォローのための誇張表現だと読み取ったのだろう。レイラは鼻で笑った。
「そうかしら?祐毅君とは随分楽しく話していたように見えたのだけれど?」
音域の上がる語尾が挑発的に聴こえる問いかけだったが、祐毅が表情を変えることはない。
「彼を楽しませるのが、友人である僕の役割なので。彼に刺激的なイベントを用意して、その代わりに彼の能力を利用して僕の目的を叶える。相互利益が前提の友人関係です」
世間一般の友人とは異なる概念で築かれた関係。互いを利用し合う、普通では友人関係を破綻させるような考え方だが、これを良しとするのはこの二人だけだろう。実際、レイラは首を傾げて眉間に皴を作っていた。その顔を見て、祐毅は不敵に笑う。
「わからなくて当然ですから、気に留める必要はありません。僕等は少々特殊な人間なので」
"特殊"と言う一言に二人の過去を全て隠し、店の自動ドアが開くと受付に向かう。彼の言葉の真意をレイラは理解できたのか、だがそんなことには全く興味が無いというように、正された背中を彼女に向けて。
カラオケルームで撮影機材を準備し終えたタイミングで、室内にノック音が響いた。レイラがドアへと歩きながら、どうぞと声をかけると、ゆっくりとドアが開く。
「ごめんなさいね、忙しいのに来てもらっちゃって」
すかさず祐毅もドアに近づく。キンとした声の出所には、艶やかな二人の女性が立っていた。
「初めまして、廻神祐毅と言います。本日はお忙しい中ご足労いただき、ありがとうございます」
サラリーマンのように、名刺を一枚一枚丁寧に差し出す。すると、慌てて彼女達も小さな鞄を漁り始めた。その間、祐毅は二人をじっくりと観察する。
色は違えど双方髪色は明るい。目尻に入れたアイラインとまつ毛エクステで大きく見せた目、艶のある赤いリップで色っぽさを出した唇。露出の多い華美な服装。二十代前半であることは間違いない。
名刺を交換する間、微笑みを絶やさない祐毅だが、内心、笑顔とはかけ離れた感情を抱いていた。
5人の前に飲み物が揃うと、祐毅は彼女達に録画する事、そして正体がわからないように加工して使用させてもらう事を改めて伝えた。二人の快諾を得ると、颯毅に目で合図を送る。二人に向けられたビデオカメラに赤いランプが点灯すると、祐毅は質問を始めた。
「お二人のお名前とご職業を教えていただけますか?」
二人はクスクスと笑いながらも、インタビューを楽しむように一人ずつ手を上げて回答する。先程名刺交換をしたのだから本来は不要な質問。だが、これは主題に入るきっかけとして必要な質問であった。
「お二人が勤めているお店の名前を教えていただけますか?」
せーの、と声を合わせて元気よく店名を答える。声が調和したことにキャッキャと笑う二人に、祐毅は一枚の写真を見せた。
「この人をご存じですか?」
ここから、祐毅が知りたい事実へと踏み込んでいく。二人に起きた過去の出来事はほぼ共通らしく、共に記憶を掘り起こし、掛け合いのように答えていく。祐毅はその答えから掘り下げるべき点を見極め、次々に質問を繋いでいった。




