人間スープ
コンサルタント「初めまして。私はラーメン店専門で活動しているコンサルタントの沼島と申します。お店をどうすればもっと繁盛させるのかなど色々なアドバイスを行う仕事をしています」
ラーメン屋店主「初めまして、『漢気ラーメン』の二代目店主をしています剛田です。わざわざご相談に乗っていただきありがとうございます」
コンサルタント「今日はお店の経営方針についてご相談されたいとのことでしたね」
ラーメン屋店主「はい。正直誰に相談していいのかわからない内容なので、ひょっとしたら困らせてしまうかもしれないですが」
コンサルタント「いえいえ、コンサルタントなんて肩書ですが、困り事であればなんでも相談に乗る便利屋だと思ってください。で、肝心の経営についてなんですが……事前に送付してもらった現在の経営状況をまとめた資料を見た限りでは、最近はどんどん売り上げも伸びていて特に問題がないように見えました。一体、何についてご相談されたいのでしょうか?」
ラーメン屋店主「実はその売り上げがどんどん上がっていることについての相談なんです」
コンサルタント「というと?」
ラーメン屋店主「経緯から先にお話ししますね。私がお店を継いだ時なんですが、近くに評判のラーメン店が乱立しているということもあって、経営状況は非常に厳しかったんです。私なりにいろんな工夫をして客を増やそうとしたんですが、どれもうまくいかず、八方塞がりの状況だったんです」
コンサルタント「今はラーメン屋の競争は激しいですからね」
ラーメン屋店主「私はやっぱり味で勝負するしかないだろうと考え、スープの味を変えることを決めたんです。先代から受け継いだ鶏ガラだけではなく、豚骨、魚介、貝、いろんな具材から出汁をとってラーメンのスープについて研究を進めました。ですが、どれもこれも決定打になるようなものではなく、行き詰まってしまいました。そんなある日、考え事をしながらお風呂に入っていた時、浴槽から出ようとしたタイミングでうっかり足を滑らせ転倒し、お風呂の水を誤って飲んでしまったんです。その瞬間、口の中に今まで味わったことのない、旨みのある味が口の中いっぱいに広がったんです。そして、お風呂から出て改めて先ほどの味を振り返り、私は思ったんです。人間を出汁にしたスープを作れないかって」
コンサルタント「……はい?」
ラーメン屋店主「あの時の自分は経営がうまくいかないせいでちょっと自暴自棄になっていたのかもしれません。それから私は自分が入ったお風呂の残り湯をベースにスープを作ってみたんです。すると、自分でも驚くくらいに美味しくて、これならひょっとして行けるかもしれないと思ったんです。もちろん衛生面はやり過ぎなくらいに気を使いながら、改良を重ね、人間から取ったスープであることは隠した状態で、こっそり新メニューとして出してみたんです。そしたらそのラーメンが美味しいと評判になって、お客様が少しずつ増えてきているという状況なんです」
コンサルタント「なるほど……。ちょっとついていけない部分もありますが、状況については理解できました。それで、相談というのは?」
ラーメン屋店主「お客様が増えていることはありがたいんです。ですが、評判になればなるほど、人間から取ったスープであることを隠して提供していることがだんだん心苦しくなってきて……。ただ、前みたいに閑古鳥が鳴くようなお店には戻りたくもないですし、味は本当に素晴らしいので今後も提供を続けたいと思っているんです。なので、どうしたらお客様を減らすことなく、この人間スープをカミングアウトできるのか、もし可能であればお力添えをお願いしたいんです」
コンサルタント「私もいろんなラーメン店の相談には乗ってきたのですが……こんな相談は初めてですね」
ラーメン屋店主「かなりおかしな相談だというのは百も承知です。ですが、とても困っているんです」
コンサルタント「わかりました。私もコンサルタントとしてのプロ意識がありますからね。どんな相談であろうと受け止めてみせます。それに……内容はかなり奇抜ですが、個人的には簡単に解決できる問題だと思いました」
ラーメン屋店主「え?」
コンサルタント「簡単です。カミングアウトしてしまえばいいんです。それも、こそこそとカミングアウトするのではなく、大々的に」
ラーメン屋店主「大々的にですか?」
コンサルタント「メニューに人間スープと書くだけではダメです。例えばお店の前に置く看板。そこにも人間からスープをとっていることをちゃんと大きく書きましょう。ただ、人間から取っているとだけ書いてもダメです。誰からスープを取っているのかがきちんとわかるように、剛田様の写真も一緒に載せてください。ほら、よく有名なラーメン店でもやっているじゃないですか? 腕を組んだ立ち姿の写真を看板に載せているお店が。ああいう感じで、できるだけ剛田様の姿とこれが剛田様から取ったスープであることをもっと宣伝すべきです」
ラーメン屋店主「人間からとったスープなんて汚くて飲めないとお客様から反発を受けそうなんですが、そんな前面に押し出して大丈夫でしょうか?」
コンサルタント「大丈夫です。私の長年の人生経験と知識からこの方法以外にないと考えてます。なんなら、コンサルティング料もその方法がうまくいってからお支払いでもいいくらいです。ここは私を信じで、その方法をとってみませんか?」
ラーメン屋店主「……なるほど。そこまでおっしゃるのなら、やってみましょう。もともと私もいつかカミングアウトしなければならないと思っていたんです。ここは沼島さんを信じて、人間スープを前面に押し出してみます!」
〜三ヶ月後
コンサルタント「お久しぶりです。あれからお店の状況はいかがですか?」
ラーメン屋店主「はい! 沼島さんのアドバイスを信じて人間スープを前面に押し出したところ、反発は全くありませんでした。むしろ、前よりもお客様が増え、売り上げ自体も増えてます!」
コンサルタント「なるほど、私の思っていた通りです」
ラーメン屋店主「でも、不思議ですね。味自体は保証できたんですが、もっと敬遠されるかと思ったんです。それどころか、我先にと注文する人が多くて、私も困惑しています」
コンサルタント「看板に剛田様の写真を載せたことが一番大きいと思います。人は与えられた情報が少ないと、悪い方悪い方へ想像してしまいますから。どんな人間からスープをとっているのかがわかるだけでも、安心感が生まれますし、その人から取ったスープなら飲んでみたいと思う人が一定数以上出てくるはずなんです。ただ、この方法は剛田様だからこそできたんです。他のラーメン屋の店主が同じことをしても、きっとバッシングだらけで、お店も閉店に追い込まれていたでしょうね」
ラーメン屋店主「私はまだまだ経営について学ばなくちゃいけないことが多いですね。今回は本当に勉強になりました。で、前回お話しいただいたコンサルティング料なんですが……」
コンサルタント「ああ、そのことですね。簡単な相談だったのでコンサルティング料はいりませんよ」
ラーメン屋店主「助けてもらったのに、そういうわけにはいきませんよ。何かお礼をさせてください」
コンサルタント「そうですね……。では、できればなんですが、一度プライベートで一緒にお食事にでもいきませんか? 剛田様のようなお綺麗な女性と一緒にお食事ができるだけで、私としては大満足なので」