(四)
「ひっ、人魂……?」
思わず声がひっくり返った。――けど、これはビビってひっくり返ったんじゃねえからな? こんなところに人魂が出るって思ってなくって、それで驚いただけだかんな?
誰に聞かせるわけでもない言い訳をくり返す。
だって。だってさ。
人魂ってのは、そこにある動物の遺体から発散されたリンが発光する事象であって。リンは動物の骨や牙に多く蓄積されてて、空気中に置いておくと自然発火して青白く光って。だから、土葬文化のある場所によく見られるので、それで人魂と勘違いされるのであって。
決してあんなふうにフワフワと空気中を漂ったり彷徨ったり、消えたり点いたり、青だったり赤だったり緑だったりはしないわけで。
だったら。だったらさ。
あれは一体、なんなんだよぉぉぉっ!!
リンの発光現象じゃなきゃ、あれはなんだ?
オレたちをというか、雅顕を驚かせようと他の公達がやってるのだとしたら、何を燃やして色を出してるんだ? 明滅する理由は? 空飛ぶ仕掛けは?
幽霊なんていない。お化けなんていない。妖怪、鬼だっているはずない。
だとしたら、何が? どうして? 何を? なんで? 理屈は? 仕組みは?
少しだけ頭が冷えて冷静になる。
「ふむ。あれが人魂、この世に残った思念というものか」
いや、雅顕? なんでお前、そこまで平静でいられるんだよ。
閉じた扇の先を、軽く自分の口に当てた雅顕。
「成海、忠高。あれなるものを召し捕って参れ」
「――は?」
召し捕って……、参れ?
「はぁあぁぁっ!?」
声がひっくり返るところか、グルングルンと渦巻いた。
あれを捕まえるの? オレが? コイツと? 雅顕のために?
思わず命じられた片割れ、忠高を見る。
柄に手をやったまま固まってる。けど。
「承知……いたしました」
いや、承知するんかーい!!
呆れてツッコみ。もう少し嫌がれよ。
でないと、一緒に行けって言われたオレも承知しなくちゃいけなくなるだろ。
って、ツッコんでる間に歩き出す忠高。いやいや、待てーい!! オレを置いて行くなぁっ!!
慌ててその後ろをついて行くオレ。
いや、いやな。こ、怖いから言ってるんじゃないぞ? こういう何かを捜索する時は、二人以上で一緒に行動したほうがいいって決まってるんだって。一人じゃ対処しきれない事が起きても、二人ならなんとかなる……ってか、一人を犠牲にしてもう片方は逃げら――いやいや、一人に応戦してもらってる間にだな、助けを呼びに行け――ヘブッ。
「――おい?」
その胡簶背負った背中に思いっきり鼻をぶつける。忠高がいきなり立ち止まったせいだ。
「どうしたんだよぉおぉぉっ!?」
大きな背中越しに見えたもの。
カプカプ浮かぶ人魂。青や赤や黄色や緑。色とりどりで、まあキレイ♡ ではない。
「と、取り囲まれてるっ!?」
辺りを埋め尽くさんばかりに光る人魂。
うわーい、捕まえやすーい。どれにしよう。よりどりみどりぃ♡ でもない。
松林の間から、フワフワと飛んでくる人魂。頼りなくフラァッと飛んでくかと思えば……。
「わ、わ、わっ!! こっち来んな!!」
その安心感タップリなモノノフの背中に隠れる。ほら、忠高さん、アレですよ、アレ!! あれを斬るなり焼くなり好きにして捕まえてくださいな!!
――って、あれ?
「おい?」
微動だにしないその背中に違和感を覚え、少しだけ前に回って――。
あ、ダメだコリャ。
忠高氏、立ったまま気を失っております。気絶!!
一応、刀の柄に手をかけてるけど、そこまで。目の前で手をヒラヒラさせても動かない。
これのどこが「武士団の棟梁が一目置くほどの技量の持ち主。鬼が出たとしても必ず討ち取ってくれる」だよ。肩透かしってか、思いっきり期待外れ、誇大広告じゃねえか。
「うわわっ!!」
そうこうしてる間にも、フワフワと間合いを詰めに来る人魂。最強武士が気絶している以上、もしかして、もしかしなくても、これ、オレがなんとかする案件?
って、オレが?
ゴクリと喉が鳴る。
ええーっと。こういう時って、「ナムアミダブツ」とかでいいんだっけ? それとも「オン、ナムナム ナンタラカンタラ ソワカ?」
というか、こっち来んな!! 近づくなぁ!! ――って。
「あれ?」
近づいてきた人魂。それをヨッと背を伸ばして捕まえる。
そう。「捕まえる」
捕まえられちゃったんだよ。マックロクロスケじゃないけど、意外と簡単にパシッと。
「おい、忠高!! 起きろ!!」
ユッサユサとその体を揺り動かす。
「これ、人魂でもなんでもねえ!! ただの気球だ!!」
そう。オレが捕まえたものは人魂でも怨霊でもなんでもなく。
四角い行灯型の木枠に紙を貼って作られた気球だった。
「……く、蔵人どの?」
オレが揺さぶったせいか、クワンクワンした頭を支えるようにして、忠高が目を覚ます。
「ほら、見てみろよ」
気球に貼られた紙を破って中身を見せる。
中に入っていたのは、薄い素焼きの皿に載せられた松ぼっくり。それが青緑色に燃えている。
「熱気球だ」
「ネッキキュー?」
忠高がオレの言葉をそっくりくり返し、首を傾げる。
「まあ、なんでもいいや。とにかく、ここに浮かんでるもの、全部人魂でもなんでもねえから、全部はたき落としてくれ!!」
「承知した」
先程とは打って変わって武士らしくなった忠高。素早く弓を手に取ると、人魂もどきの熱気球に向けて矢を放つ。
「うおわっ!!」
射落とされた熱気球が地面に転がり、矢ごと燃え上がる。足元には大量の松葉。
「こら、火事を起こすな!! 気球は手で捕まえてくれ!!」
命じたオレも悪いけどさ。
慌てて自分の太刀で火を叩いて消す。
「捕まえたら、その紙のどこでもいい破れ。そしたら二度と浮かび上がらねえ」
火を消せたら一番だけど、水のないこの状況ではちょっと難しい。なので、熱された空気を逃して、浮かび上がれないようにしたほうが得策。
そこまで言うと、忠高が弓を収め、代わりに飛び上がって熱気球を次々に確保。命じられたとおりに動くっていうか、疑問は疑問として残っていても、そこから先は忠実に、盲目的に働くんだな。
人魂には気絶するけど、そうでなければ勇ましく戦える。命じたままに動く。
「これでよろしいか、蔵人どの」
次々に熱気球を各個撃破した忠高。まだなかで炎がくすぶっているヤツもあるけど、それでも宙に浮いてたやつは一つ残らず捕獲された。
「お、おう。ありがとな」
人魂じゃなければ、オレも忠高も怖くない。
でも。
二人で、集められた壊れかけの気球に視線を落とす。
これ、いったい誰が何の目的で飛ばしたんだ?