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平安☆セブン!!  作者: 若松だんご
六、走れ蔵人!
28/36

(三)

 ――こぬ人を まつほの浦の 夕凪に 焼くやもしほの 身もこがれつつ


 一見、藻塩を焼くのと恋に焦がれる身を重ねた歌。

 けどそれは、この世界にはないはずの、百人一首の歌。

 

 つまり、歌を詠んだ(ってかパクった)関白が転生者なのか?


 別に転生者が年配であってもおかしくない。オレぐらいの年齢でなきゃダメだなんてルールはない。

 身分があってもオッサンでも別に構わない。

 けど。


 (よりによって、関白かよ)


 マズい。

 誰に敵認定されても、「かかってこいやあっ!! ゴルアァ!!」と内心気勢を上げてたんだけど。それが関白に……、関白となると、「かかってこなくても結構でございます。はい。イキってごめんなさい」。ジャンピング土下座つき。

 だって、関白だぜ?

 この国を統べるのは、帝だけどさ。実際の権力を掌中に収めてるのは、関白。

 今の帝だって、先々代関白だった雅顕の祖父の娘、ようは雅顕の叔母の子だし。いわゆる摂関政治、外戚、閨閥政治ってやつ。雅顕の父親も娘、承香殿の女御を入内させ、次代の帝を生むように仕掛けていた。もちろん、今関白も同じ。姉の麗景殿の女御で失敗したから、妹藤壷の女御を入内させた。今の帝に子どもが生まれたら、またその子に雅顕か右近少将の娘が入内するんだろう。血が濃くなりすぎる不安はあるが、それが今の政治形態なんだから仕方ない。

 

 この世をば 我が世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば


 この世界はオレの世界だもんね。満月のように、欠けることもない、最高のオレ様の世界だもんね――みたいな歌を詠んだヤツがいたが、今の関白の状態はそれに近い。いや、孫皇子が生まれてないから、満月一歩手前。とりあえず甥が帝なので、ほぼほぼ盤石。かったい石の上にお座りでやんす。

 そんな人に対して、ペーペー六位蔵人がどう太刀打ちすりゃあいいんだよ。

 関白が「あ、コイツ気に入らねえわ」ってなったら、明日にはペイッて内裏から追い出されちまう。追い出されたらまだいい。「あ、コイツ気に入らねえや」で、明日はゴロリとオレの体が鴨川の土手に転がって、頭がカプカプ流れていくかもしれねえ。頭と体、永遠の別れ。

 そんなおっそろしい権力の塊、関白。ソイツに目ぇつけられるとなると……。


 「どうしたの、兄さま。元気ないわね」


 いつものようにいつもの承香殿の東の廂。

 いつものようにいつもの果物剥き係。けど……。


 「柑子、嫌いなの?」


 今日のご進物は、柑子(みかん)。剥いてやらなくても、各自で剥ける。


 「いらないなら、わたしが食べてあげるけど?」


 「いる」


 考えるのをやめて、柑子の皮むきに集中。柑子は、尻の辺りに指をブスッと刺すと皮が剥きやすい。


 「なあ、彩子」


 「なに?」

 

 「本当にここに残らなきゃダメか?」


 刺した親指。そこから丁寧に、ゆっくりと皮を剥いていく。


 「ここに残って女御の恋愛を応援しないとダメか?」


 オレがここにいる理由。

 帝と女御の恋に気づいた彩子が、その行く末を見守りたい、応援したいと言い出したから。

 薄情と言われるかもしれないけど、オレにしてみれば、そんなのどうなろうと構わない。関白の願う通り藤壷の女御に子が生まれても、承香殿の女御が帝とラブラブになっても。そのせいで、誰がどうなろうと。


 「オレと一緒に、どこかの国に行くとか。そういうの、ダメか?」

 

 柑子から顔を上げ、彩子を見る。


 「どうしたのよ、兄さま」


 柑子を一房咥えたままの彩子の顔。


 「最近の兄さま、なんかヘンよ」


 「オレが変なのは、いつものことだろう」


 「うん、それはそうなんだけど……」


 あ、少し否定してほしかった。

 関白に目をつけられたオレ。オレがどこかに逃げたとしても、ゴロリと河原に転がることになっても、次にターゲットにされるのは彩子だ。オレがいなくなっても、彩子がオレからなにか聞いているかもしれない。そう思われたら、彩子も河原にゴロリの運命になってしまう。

 彩子をここに置いていくわけにはいかない。だから。だから――。


 ピュッ――。


 「ふぎゃっ!! さっ、彩子っ!?」


 うつむいた顔にかかった何か。目をこすり、顔をしかめながら彩子を見る。


 「しっかりしてよ、兄さま」


 彩子の手には、折り曲げられた柑子の皮。って、引っかけられたのは柑子の皮汁?

 どうりで、目がシカシカするわけだ。

 何度こすっても、目が痛い。涙出ちゃう。


 「仕事でどんな失敗をしでかしたのか知らないけど。兄さまらしくないわよ」


 いや、仕事で失敗したわけじゃなくてだな――。


 「兄さま。悩んでることがあるなら、ちゃんと話して。そりゃあ、わたしじゃ全然役に立たないかもしれないけどさ。それでも一人で悩んで抱え込まないでよ。せっかくの兄妹なんだよ? 少しぐらいは頼ってよ」


 「彩子――」


 「兄さまっていっつもそうだよね。何か知らないけど、一人でウンウングルグル悩んでさ。いきなりトチ狂ったこと言い出すの」


 「と、トチ狂っ――?」


 「悩んで煮詰まるぐらいなら、少しは相談してよ」


 「さや――ンガッ」


 開きかけた口に柑子、一房。彩子の指がねじ込んだ。

 

 「ねっ」


 ニッコリと笑顔つき。

 その笑顔を見ながら、ねじ込まれた柑子を咀嚼する。


 やっぱ、敵わねえな。


 「それに。わたしが頼りにならなくっても、他にも頼れる人はたくさんいるじゃない」


 「頼れる人?」


 「ほら、兄さまの子分? 弟子の武士とか、この間来てた検非違使とか」


 ああ、忠高と史人のことか。


 「それに。それにね……ま、雅顕さま……とか」


 おいこら、彩子。どうしてそこでポッと顔を赤らめるんだ? 伏せ目がちに、両手の指を組んだりするな。乙女チックすぎて気持ちわりい。


 「兄さまの悩みを雅顕さまにご相談して。その解決に向けて、お手を借りるの。そしたらさ、『彩子どのは、なんて兄想いの素晴らしい女性なのだ』って思っていただいて。そこから『そんな情の厚い方とこそ、恋を育みたいものよ』とかなんとか……。キャー!! やだもう!! わたし、どうしようっ!!」


 バシ、バシ、バシッ!!


 「たっ、ゲホッ、叩くな!! ゲホッ」


 勝手に妄想して照れるのはわかるが、照れてこっちの背中をバンバン叩くんじゃねえ!! 飲み込みかけた柑子、思いっきりむせた。


 「わかった。わかったよ。オレももう少しだけここで頑張ってみる」


 「なんかあったら、わたしも一緒に土下座してあげるから。安心して、兄さま」


 「オレが謝るのが前提なのかよ」


 「どうせ兄さまの悩みなんてそんなもんでしょ。にっちもさっちも行かなくなって、ドツボにハマってさあたいへん!! みたいな」


 「うわ、ひでえ」


 目尻に滲んだ涙を拭う。

 まったく。

 目はシカシカするし、喉は柑子のせいでイガイガする。

 散々な目に遭った。散々な励まし方。

 けど。 


 「ありがとな、彩子」


 その髪をクシャッと撫でる。

 キョトンとした彩子の、滑るような柔らかな髪。


 「兄さま?」


 ――腹が決まる。

 関白だろうが、なんだろうが、かかってきやがれ!! オレはここで全力で――

 「――わり。尾張。尾張の!!」


 「ひゃいっ!!」


 飛び上がった声が裏返った――って、なんだよ。おじゃる麻呂かよ。

 廂の間に立っていたのは、いつもの雅顕ではなく、極臈(ごくろう)おじゃる麻呂。

 なんでわざわざ承香殿に? そしてどうしてそんな肩で息してんだ?


 「お主、早う襲芳舎へ行くぞ」


 「へ? は? 襲芳舎?」


 「鳴神が参るのじゃ!!」


 鳴神?

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