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平安☆セブン!!  作者: 若松だんご
六、走れ蔵人!
26/36

(一)

 彩子と別れ、蔵人所に戻ってからも考え続ける。

 こんな時、とてもじゃないが仕事の気分にはなれない。筆を持っても、一行も書き進まない。


 ――みかの原 わきて流るる いづみ川 いつみきとてか 恋しかるらむ


 この和歌。

 この和歌だけならまあ、彩子に恋文を出したかった(奇特な)公達が、近くにいたヤツとかに代詠させたのかもしれない。オレが雅顕に和歌を提供しているようなもんだ。

 自分で新しい歌を生み出すだけの能力がないから、代わりに前世の記憶からそれっぽいものを引っ張り出す。

 

 ――みかの原 わきて流るる いづみ川 いつみきとてか 恋しかるらむ


 百人一首の一つ。

 誰が詠んだか知らないが、藤原定家が選びだした一首。

 この世界に藤原定家は存在しないのだから、この歌を知っている者は、イコールオレと同じ転生者ということになる。

 そして添えられた料紙。

 藤色(ふじいろ)、二番目に淡香色(うすこういろ)、三番目に浅緋色(あさあけいろ)、四番目に聴色(ゆるしいろ)卯の花色(うのはないろ)のキレイな重ね。

 一見、ただの「お返事頂戴」催促に見えるが、色の頭文字を並べると違う意味が浮かび上がってくる。


 ――ふ、う、あ、ゆ、う。


 フー、アー、ユウ。

 Who are you.

 お前は誰だ。


 和歌は百歩、千歩、一万歩ぐらい譲って、百人一首の詠み手と同じセンス、思考を持ったヤツがいたって考えることが出来るが、これは、もう説明がつかない。


 この世界に、オレ以外の、前世の知識を持った転生者がいる。


 それもこちら側、彩子、もしくは彩子のそばにいるのが転生者であるという認識の上でのメッセージ。オレにだけ読めるように宛てられたメッセージ。


 オレが転生者であることがバレた?


 そりゃあ、あちらの知識を使って生活してるんだから、いずれは同じ転生者にはバレるだろうと思っていた。隠してる、隠さなきゃいけないことでもないし、バレても「あ☆ バレちゃった」程度の心づもりだった。

 ただ、前世知識を悪用されたりしたら困るし面倒くさいから、なるべく公表しない方向でいた。彩子を楽しませるために、時代劇を書籍化させたり、紙飛行機を作ったり。その程度にとどめていた。けど。


 Who are you. 


 「アナタはだあれ?」でも「お前、誰やねん」でも英語にすれば「Who are you」だから、そこに込められた感情なんてわからねえはずなんだけど。


 ――オマエハ、ダレダ。


 敵意100%、ひしひしと感じるんだけど、気のせいか? 少なくとも、「アナタも転生者なのですね。だったらともに仲良くしましょ」なんて好意は感じられない。


 宴の松原の人魂。炎色反応。

 そして。

 百鬼夜行が唱えていた呪言。すっごく遅い「どんぐりころころ」。


 オレ以外にあと何人転生者がいるのか知らねえけど、もしかしたらこの仕掛けは、和歌を送ってきた転生者と同一人物が作ったのかもしれない。

 相手の作ったもの。それを見破ったから、こちらに対し、「Who are you」とオレにだけわかるメッセージを送ってきた。

 辻褄が合う。合ってしまう。

 だとしたら、何故そんなメッセージを送ってきた? 「仲良くしましょ」なんて意味じゃないのだとしたら、「黙っていろ。手を出すな」? 自分が転生者であることを匂わせ、オレを牽制しにきた? これ以上詮索するなと?


 別にこっちは平穏に暮らせるのなら、手出しも何もする気はねえんだけど。


 そう伝えられたらいいんだろうけど、そうすると相手に接触することになって、余計に相手の警戒、敵意を膨らましてしまう。路地裏で酔っぱらいに絡まれて、「こちらはそういうつもりはないんですう」って笑顔みせたら、「テメエ、バカにすんじゃねえ!!」ってボカッと殴られるようなかんじ。避けようとしたことが仇になるような。

 一番いいのは、その路地裏からとんずら、つまりこの京の都を離れることだけど、彩子がここに残るって言い張ってる以上、それも難しい。相手が彩子に目星をつけてる以上、彩子だけを置いていくわけにもいかない。

 

 こういう時、オレ、どうしたらいいんだよ。


 よくある転生テンプレで、「女神様からもらったチート能力は隠してました。え? うっかりバレるようなことしちゃいましたが、なにか?」みたいに開き直ればいいのか? って、オレ、女神様なんて知らねえし。チート能力なんてもらってないし。

 それか「ここは前世でやってたゲームの世界!! わたくし、断罪されないためにも婚約破棄でもなんでも華麗に躱してみせますワ」みたいに、覚えてることで、危機を回避する? って、ここ、ゲームや漫画の世界じゃないし。オレ、未来とかストーリーとか知らねえし。

 オレにあるのは、「ここはオレの知ってる平安時代に似た世界?」ぐらいの見識だけだし。「チート能力、前世の記憶。でもかなり微か」だし。百人一首だって、全部知ってるわけじゃない。炎色反応だって、ギリ化学で面白かったから覚えてただけで、材料とか組み合わせは覚えてない。呪文?「スイヘー、リーベー、ボクノフネ」でいいか?ってその程度。あっちの世界にググることもきない。


 「あー!! だぁーっ!! もうっ!!」


 考えること限界。

 筆を投げ捨て、イライラのまま、頭を掻きむしる。髷? 烏帽子? 知るかそんなもん!! 隣の蔵人仲間がビクッとして墨を含んだ筆を落としたことは――スマン。それ、書き直しになるよな。


 「やあ、成海。大変そうだね」


 「中将どの」


 「なにか悩みがあるなら、訊くけどどうだい?」


 にこやかに蔵人所に入ってきた雅顕。

 コイツが、宴の松原に行こうなんて言い出したばかりに。コイツが六条河原院のことを調べだしたばかりに。

 いや。

 コイツが妹女御のためと、尾張から才媛名高い(?)彩子を召し出したために。

 違うな。

 彩子にそういう噂がつくほど和歌を教えたのはオレだ。オレが、和歌を詠むのに困ってた彩子に前世知識、“百人一首”を授けてたから、こうなったんだ。

 ってことで、この状況は、オレが一割、雅顕が九割ぐらいの原因で作り出されたものなんだけど。


 「なんだい。そんなに悩むほど恋い焦がれる女性(にょしょう)がいるのかい?」


 ……………………。

 こいつの頭ん中は、そういうことしかないのか? 思考は恋愛にしか向けられないのか?

 思わずジト目。


 「そんな成海のため、気晴らしに宴に連れて行ってあげよう」


 「は? んなもん、誘ってもらわなくても結構なんですけど」


 本気で本音が出た。宴なんちゅう面倒くさいもんに参加しなくても、気晴らしぐらいいくらでもできる。


 「叔父上がね、珍しい趣向の宴を開くんだよ。難波から取り寄せた汐を使って、藻塩を披露してくださるそうだ」


 「藻塩?」


 そんなもん、この京の都では珍しい作業かもしれねえけど、尾張で暮らしてたオレからすれば、「ああ、藻塩ね」ぐらいの感覚しかない。海水の採れる場所なら、どこでだって藻塩は作れる。

 だから、そんなもんを見に連れて行かれてもなんとも思わ――。


 「叔父上もね、あの河原院の百鬼夜行には、心を痛めていたそうなんだよ。あのような恐ろしい噂がたつこと、祖父の名を思えば、口惜しいとこぼされていた」


 亡き河原院の左大臣は、雅顕の曽祖父であり、今関白の祖父に当たる人物だが――。


 「あの、つかぬことを聞きますが、今の河原院を所有されているのって……」


 今関白の兄である、雅顕の父親が亡くなってる以上、所有者って……。


 「ああ、叔父上だよ。父が亡くなって彼が氏長者になったからね。あちらが屋敷を受け継いでいる。だからこそ、百鬼夜行を退治した我々に感謝をこめて宴に招きたい。そうおっしゃってるんだ」


 「そう……ですか」


 心臓がバクバクとうるさいぐらい音を立てる。けど。


 「わかりました。宴にお供いたします」


 座して待つのは好きじゃねえんだよ!!

 こっちから出向いて、「Who are You」を突きつけてやる!!

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