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平安☆セブン!!  作者: 若松だんご
五、若き蔵人の悩み
25/36

(五)

 「じゃあ、さっそくだけど、兄さま。相談してもいい?」

 

 「おい。そんな速攻で相談しなきゃいけないことが起きてるのかよ」


 彩子の会わなかったのは昨日だけだぞ? それでもうすでに問題を起こしてるのか?

 今日の朝まで続いてた頭痛がぶり返しそう。


 「違うわよ。わたしが起こしたんじゃなくて、勝手に起きたの!!」


 プンスカ。

 彩子が頬を膨らませた。


 「昨日の夕方ね、不思議な文が届けたれたのよ」


 「文?」


 「これよ、これ」


 彩子が御簾内に置いてあった漆塗りの箱を取り出す。


 「こうやって箱に入って届いたの。承香殿の(にい)な女房殿にって」


 「新な女房っ!?」


 声がひっくり返る。

 承香殿の新しい、新参者の女房って言ったら彩子しかいないが。


 「こここ、恋文なのか? 恋文!!」


 「兄さま、落ち着いて」


 彩子にたしなめられる。

 すまん。お前と恋文ってのがなかなかつながらなくて、つい動揺してしまった。


 雅顕が、顔も見たことない藤壷の女房に「恋!!」したと言ってるように、「どこそこの姫、女性は、お手蹟も美しく、歌も上手く、髪もキレイで、焚きしめた香も品が良い」なんて噂が流れれば、それだけで「好きです!!」って恋文を送る。それだけの情報で、「あの姫は美人に違いない!!」と妄想を膨らませ、恋をするらしい。

 なので、どこからどう見てそういう「恋!!」につながる噂が出来上がって、誰かが思い慕うようになったのか知らないが、そういう血迷った公達が文を送ってきた。そういうことなんだろう。うん。

 

 ――承香殿の恐ろしい女御のもとに、いとやたおやかな美しい女房がいる。女御の悋気に触れぬよう、日々怯え暮らしている。


 とかなんとか、そういう噂でも出来上がってたのか? そんでもって、そんな過酷な境遇に耐え忍んでいる(と思われる)彩子に、「いと、あはれ」とかなんとかで、同情して想いを寄せてる――? 耐え忍ぶんだら、美人っていう大曲解。


 「それがね。わたしも『恋文!!』って舞い上がっちゃいそうになったんだけど。なんかおかしいのよ、それ」


 「おかしい?」


 彩子に促され、箱を開ける。


 一番上には普通の白い紙に書かれた歌。


 ――みかの原 わきて流るる いづみ川 いつみきとてか 恋しかるらむ


 みかの原を二つに分けて、湧き溢れて流れる泉川よ。いずみ(いつ見)たのか、私はあなたに逢ったことなどないのに、なぜこんなに恋しいのか。ぜひ、私と逢ってくださいませんか。


 「――――――っ!!」


 「それだけ見たら、会ったことないわたしに恋をしてくれた素敵な公達なんだけどね」


 「お、おう」


 動くことを忘れそうになった心臓が、大きく跳ねて少しだけ平常に戻る。


 「見てよ、これ」


 彩子がどけた白い紙の下には、色とりどりの料紙。

 一番上に藤色(ふじいろ)の紙、二番目に淡香(うすこう)、三番目に浅緋色(あさあけいろ)、四番目に聴色(ゆるしいろ)、最後、五番目に卯の花色(うのはないろ)の紙が重ねて添えられている。

 

 「ねえ、これってどういう意味だと思う、兄さま。この紙を使ってお返事を書けってことなのかしら。それも五枚も使って」


 普通にこれが恋文だったとしても、相手に返事を催促するように料紙を入れるのはおかしい。そもそも、恋文をもらったから「はいお返事!!」なんてこと、女性側はやらない。何通、何十通ともらって初めて、「仕方ないからお返事するわ」みたいな体で、(女房とかに書かせて)そっけない返事を出すもの。こんなふうに「お返事ヨロ!!」みたいなものは、ドン引き以外のなにものでもない。

 それに、お返事を出すとしても、歌だけじゃなく、選んだ料紙、添えた花、焚きしめた香で自分らしさを出して、それを受け取った男性側も「なんて素晴らしい姫だ!! ますます惚れた!!」ってなるんだから、紙がすでに選ばれてるってのもおかしな話だ。


 「おかしな……おかしな文だな」


 動き始めたオレの心臓。けど、拍動の速さは変わらない。


 「そうなの。そうなのよ。お相手が誰かってのもわかんないし」


 恋文にしては、相手を連想させる香も焚きしめられてない。流麗なお手蹟だとは思うが、筆跡なんて、見たことなかったら、誰かなんて判じることもできない。


 「届けに来た者は? なにか言ってなかったのか?」


 「それがね、小舎人童だったんだけど。これを置いたらピューッて走って帰っちゃったのよ」


 なんじゃそりゃ。

 名も告げない使者。

 誰かのイタズラか?

 承香殿の若い女房をからかって、初の恋文に舞い上がる彩子を見て楽しむ――みたいな。

 ヒマな公達の考えた、くっだらない余興。

 しかし。


 (う~~ん)


 歌と料紙を前に、腕を組む。


 みかの原 わきて流るる いづみ川 いつみきとてか 恋しかるらむ


 (これって、アレ……だよなあ)


 ふざけた公達が思いついたってヤツじゃない。この歌、オレも知っている。

 まあ、歌を思いつかなかった公達が、「代詠み、ヨロ!!」ってことで誰かに詠ませた可能性はないこともないけど。

 たまたまひらめいたのが、オレの知ってるヤツと同じになっただけで、パクリとか引用、転載ではない、ただの偶然だったとも考えられる。

 そして、料紙。

 藤色(ふじいろ)、二番目に淡香色(うすこういろ)、三番目に浅緋色(あさあけいろ)、四番目に聴色(ゆるしいろ)卯の花色(うのはないろ)の重ね。

 薄い紫、白っぽい橙、明るい赤、濃い桃色、黄みかかった薄い桃色。キレイな色目だけど、夏の色じゃないよな、これ。どっちかというと春。


 「ふじ、うすこう、あさあけ、ゆるし、うのはな。ふじ、うすこう、あさあけ、ゆるし、うのはな。ふじ、うすこう、あさあけ、ゆるし、うのはな」


 「兄さま、なに、ブツブツ呟いてんのよ」


 「うるさいな、ヒントを探してるんだよ、ヒント」


 「ひんと?」


 首を傾げた彩子を放置。

 この料紙は、返事をくれってことか? それとも、この料紙の色に意味があるのか? この順番に? 適当に重ねて入れたわけじゃない?

 自分のセンスを誇るんなら、和歌を書きつけた料紙にもこだわったらいいのに、そこはどこにでもありそうな白い紙。香りもついてなければ、添えられた花もない。

 だから、この色とりどりの料紙自体に意味があるんだと思うんだけど……。


 「ふじ、うすこう、あさあけ、ゆるし、うのはな。ふじ、うす、あさ、ゆる、うの。ふじ、う、あさ――!!」


 「なんかわかったの? 兄さま」


 「……彩子。この歌の返歌、絶対するなよ? 次にもらっても、絶対に対応するな。いいな」


 「え? は? ちょっ、兄さま? 痛っ!!」


 彩子が顔をしかめるほど、強くその肩を掴んで説得。


藤色(ふじいろ)、二番目に淡香色(うすこういろ)、三番目に浅緋色(あさあけいろ)、四番目に聴色(ゆるしいろ)卯の花色(うのはないろ)


 ――ふ、う、あ、ゆ、う。


 フー、アー、ユウ。お前は誰だ。

 これは、オレに宛てられた、オレにしかわからないメッセージ。

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