(二)
「あの男たちの遺体は、壺とともに地中に埋めたよ」
「そうですか。ありがとう……ございます」
いつものようにいつもの承香殿の東の廂で――ではなく、今回はオレん家で話を聞く。
いくらなんでもあの事件の結末を彩子の前で話すのはまずい。あんな、あんな光景、彩子には伝えられ――。
「ウッ……!!」
「大丈夫かい?」
「ウッ、は、はい。なんとか」
込み上げた吐き気をなんとか飲み下す。
「無理はせず、ゆっくり安め」
「いえ、そこまでは……大丈夫です」
浅めの呼吸をくり返し、ムカついた胃を抑える。
明け方から降り出した雨。その雨がかすかに吹く風に涼を与える。
「キミまで毒にあたったのかと思ったが、とりあえず無事でよかった」
「申し訳ありません」
雅顕がわざわざオレん家に足を運んだのは、ぶっ倒れたオレの見舞いを兼ねての報告があったから。
あの河原院での出来事。
不気味すぎる三つの壺とその周囲に倒れていた男たちの遺体。
あれらを処理するのに、オレは床の上からいくつかの条件を雅顕に伝えた。
・ 処理にあたって、必ず二人以上で行動をともにすること。万が一、壺の毒にあたっても、誰かがそこから救出する役目を負うためである。
・ 処理中は、皮膚の露出をさけ、なるべく吸い込まないよう、顔を覆い、風上からそれに触れること。
・ 処理に使った布はすべて一緒に土中に埋める。
・ 万が一、肌に触れた時は、必ず多量の水で洗い流す。ただし、その水は同じく河原院の土に染み込ませる。川に流したりしない。
焼いたり、洗い流したりはしない。そのまま深く掘った土の中に埋める。
焼けば、壺の中の毒が化学変化を起こし、別の物質となって被害が拡大する恐れがある。水で流すも同じ。その水が川に流れ込んだりしたら、甚大な被害を起こしてしまう。
土の中に埋めるのもよくはないが、場所は河原院という、誰かが農作業をする場所でもなく、誰も立ち入ることのない場所だからの決断。土壌は汚染されるかもしれないけど、これ以上の善策を思いつかなかった。
(毒を中和できればなあ)
あれが何の毒か、どう対処するのが正解か。
知っていれば、せめて死体だけでもちゃんと弔ってあげられるのに。
転がっていた死体は、河原に暮らす流民だった。
どういう理由で、あそこに転がる羽目になったのかは知らない。あそこで毒を作らされていたのか。もしくは毒を試されたのか。もしくはその両方か。
「埋める前にね、鳥辺野にいた僧に、軽く経をあげてもらったよ」
「ありがとうございます」
雅顕はそこまで手配してやってくれたのか。実働は忠高の配下、武士団とか雑色、下人かもしれないけど、それでもそこまでの心配りをしてくれたことには礼を述べる。
あの河原院の庭に埋めることだって、反対されるかと思った。そんな穢らわしいものを曽祖父の庭に埋めるなどとって。そうなったら、晴継じゃないけど、殴ってでも胸ぐら掴んででも埋めることに同意させるつもりだった。
だから、すんなり受け入れてくれて、なおかつ坊さんまで用意してくれたのは、本当にありがたい。
「雨は……、やみそうにないな」
「そうですね」
淡く白んだ庭の景色。軒先からは雫が絶え間なく滴り落ちる。
「しかし残念だ。せっかく曽祖父どのにお会いするよい機会だと思っていたのに」
雅顕が軽い口調になった。
「会いたいんですか?」
「会ってみたかったんだよ。会えるものならね」
「相手はお化け、幽霊ですよ?」
「曽祖父どのは、風雅を嗜む方だったそうだからね。一度ぐらいお会いして、ジックリ“もののあはれ”とはなんたるか、教えを請いたいと思うよ」
「はあ……」
そんなもんなのかねえ。
「それに、亡き父がおっしゃっていたが、私は曽祖父どのにそっくりな面差しをしているんだそうだ。気性も似ているとか。だとしたら、己の末はこうなるのかと、鏡に映すように見てみたいのだよ」
「はあ……」
顔だけでなく、性格もそっくりなのか。ってことは、河原院の大臣も色好みだったのか?
「成海は、そういう会ってみたい相手というのはおらぬのか?」
「オレですか? そんな化けて出てこられてまで会いたい人はいないです」
懐かしいご先祖さまってのもいないし。
一瞬、顔だけ知ってる人物が思い浮かんだけれど、すぐに打ち消す。気になはるけど、会うことは不可能。イタコにだって呼び出せない、会ったことのない人物。
「おいっ!! 成海っ!! 成海はいるかっ!?」
バチャバチャと派手な水飛沫をたてて走ってきた男。
「史人?」
笠も何もないずぶ濡れの史人が、庭先から駆け込んでくる。
「たたた、大変だっ!! 鬼たちが、鬼たちがっ!!」
「鬼!?」
「捕まえた鬼たちが、全員死んじまったんだよ!!」
「な、なんだってっ!?」
* * * *
百鬼夜行の鬼。
彼らはすべて、河原で暮らす流民だった。
――百鬼夜行を行えば、メシにありつける。
捕まえた時、口々に鬼が叫んでた。
――脅かして悪かった。だが、生きるために仕方なかった。
人を殺したわけでも傷つけたわけでもない。盗みも働いていない。
河原院の周りを鬼に扮して徘徊するだけ。脅かしているだけ。
その気軽さで、彼らは鬼になった。
メシをもらうために、鬼として働いた。それだけのこと。
河原院のなかで何が行われていたのか。彼らは何も知らないと言った。
中には、「貴族どもがよからぬことをするために、人を追い払おうとやったのではないか」と推測する者もいた。よからぬこと。だから、何をしているのかはあえて訊かなかった。
「今朝、牢に放り込んだ奴らを見に行ったらさ、全員死んでたんだよ。泡を吹いたり、喉を掻きむしったり。苦悶の表情で転がってた」
「ウグッ……!!」
「成海?」
「大丈夫かい?」
「な、なんとか」
思い出しただけで、胃がどうにかなりそう。
「口封じだな」
「おそらくは」
捕まえた鬼たちから露見するとまずいことがある。だから殺した。
メシのため、鬼に扮した流民だ。毒入りのメシでも与えて、「必ず牢から出してやるから、しばらくこれでも食って待っていろ」って言えばそれでいい。
簡単に口をふさぐことができる。
サアッとひときわ涼しい風が部屋の中を吹き渡る。
けど、体の奥で渦巻く気持ち悪さは、いっこうに消えてくれそうになかった。