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平安☆セブン!!  作者: 若松だんご
四、モノグサ蔵人捕物帖
17/36

(二)

 「なあ、成海。お前、河原院の噂、知ってるか?」


 あらかた瓜を食べ終えた終えた史人が言い出した。市で買った瓜は、彩子への献上品ではなく、コイツとサシで食べることになってしまった。もちろん、オレが剥いてやったのではなく、下人に剥かせたもの。ちゃんと切り分けてある。


 「河原院? 河原院って言ったら、あの六条大路にある、あの河原院か?」


 「他にどこの河原院があるってんだよ。その河原院だ」


 史人が笑う。コイツがここまで馴れ馴れしく話すのは、オレが「タメ語」でと言ったから。“坊っちゃん”も“若様”もオレはあんまり好きじゃない。以前、忠高にも言ったけど、普通に“成海”呼びされたほうがシックリくる。それでも忠高は忠義と命令(?)の狭間から「どの」をつけてきたが、コイツは、「あっそ。じゃあ“成海”な」とアッサリ了承してきた。忠高と真反対、気安すぎる。別にいいけど。


 「でさ、その河原院に、“出る”んだよ」


 「出るって何が」


 「出るって言ったら、怨霊とか物の怪とかに決まってるだろ」


 いや、まあ、そうなんだけど。

 瓜を飲み込み、水を飲んで甘くなりすぎた口を直す。


 「都って、マジで怨霊だらけなんだな」


 宴の松原といい、河原院といい。

 宴の松原は、あれはお化けでも何でもなかったけどさ。


 「成海は出くわしたことあるのか?」


 「いや、ない。噂を聞いただけだ」


 「ふうん。まあ、俺もねえけど。噂では百鬼夜行が現れるんだよ」


 「百鬼夜行?」


 「河原院の周りにさ、夜になると現れるんだよ。ゾロゾロと異形のものたちが集団でさ。不気味な呪を唱えながら、河原院の周りを練り歩くんだよ。面白半分について行くと、翌朝、生皮を剥がれた状態で、大路に転がる羽目になる」


 「な、生皮……!?」


 ブフッと飲みかけた水を吹き出す。生皮、つまり皮膚を剥ぎ取られた状態ってことか。赤身、筋肉丸出し。うげえ。


 「ソイツらが何周か歩くとさ、河原院のなかから不気味な白い煙が上がるんだと。それが人を焼いたような、なんとも言えねえ匂いらしくてさ。嗅いだ者は気を失い、最悪魂を持っていかれるらしい」


 「そ、それは……」


 宴の松原の人魂がかわいらしく感じてきた。アレは、別に正体さえ知れば問題なかったし、殺されることもなかった。


 「だからよ、コイツらの親も不安がってるんだよ。コイツらの住処は河原院の近く、鴨川の河原だからな。今は五条のあたりに身を寄せてるらしいけど、だからって安心できるもんじゃねえだろ」


 なるほど。

 六条近くの河原がやべえってなって、じゃあ五条って引っ越しても、「ちわ~、こっちにも出張してきました♡」って百鬼夜行がやってきたら、たまったものではない。貴族なら、僧都を呼んで護摩を焚いたり、陰陽師なりになんとかしてもらえるけど、河原にいる浮民はそういう手立てすらない。身を寄せ怯えるだけ。


 「ま、そういうことだからさ。俺、ちょっくらコイツらを親のところまで送り届けてくるわ」


 ヒョイッと縁から庭に下りた史人。庭に居たのは、草むしりという労働を終えて、下人が用意してくれた麦飯の握り飯を食べる子供たち。


 「お前、明法家――だよな」


 「ああ、そうだよ。これでも一応、左衛門少志さえもんのしょうさかん、だ」


 史人の苗字、「坂上」は有名な明法家の家。明法家は律令、刑罰などに通じる家柄。

 その家の若い者は、検非違使庁で刑罰に携わることが多い。現場で経験を積んでこいってことなんだろう。コイツの官職、左衛門少志さえもんのしょうさかんは、その裁きにおける量刑を決めるための法や先例を提示したり、裁きの記録を残す立場にある。間違っても率先して捕り物をする立場でもなければ、治安を守る働きをする者ではない。そういうのは、もっと格下、同じ検非違使でも放免たちの仕事。

 身分は、オレの従六位上より下の従八位上。殿上人ではないけど、だからって、そんな

庶民程度の身でもない。


 「俺さ、机仕事が死ぬほど嫌いなんだよ」


 ボリボリと史人が頭を掻いた。


 「座ってばっかいると、こう尻のあたりがムズムズしてくる」


 「そ、それは……」


 明法家としてそれはどうなのか。法律を取り扱うのが明法家なんだから、机に向かうのはテッパンだろうに。


 「だから俺は検非違使らしく走り回ってるのが性に合ってるんだ。罪人を待ってるぐらいなら、俺が召し捕ってやる」


 「なるほど」


 裁判書記官が自ら捕り物をするわけか。


 「あ、それと、これから俺のことは“ふみひと”じゃなく、“ふひと”って呼んでくれ」


 「ふひと?」


 「おう。他に並ぶべく者のない。そういう意味だ。今はしがない左衛門少志さえもんのしょうさかんだけど、いつかは、この都に並ぶ者のいないぐらい立派な男になってやる」


 等しく比べる者なき。不比等ね。

 

 「そういや、そんな名前のヤツいたなあ」


 「なんだ、俺みたいなヤツって他にもいるのか?」


 “いる”じゃない。かつて“いた”だ。


 「お前、少しは歴史も勉強しろ」

 

 藤原不比等。

 今の摂関家のご先祖さまだぞ。


 「だから俺、そういうのに興味ねえんだよ」


 それで出世を望んでいるのか?


 「俺は、都の悪をドカバキやっつけてさ、英雄ってやつになりてえんだよ」


 そっちか。そっちを目指しているのか。


 「ま、頑張れ」


 「おう。だから成海ももし、百鬼夜行について何かわかったら、教えてくれ。俺が捕まえてやる」


 「それ、陰陽師の仕事じゃねえのか?」


 検非違使から陰陽師に転向するか?


 「陰陽師に調伏してもらった後、ふん縛るのは俺の役目だ」


 なるほど。

 ひょんなことから知り合いになったけど、コイツ、面白いわ。

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