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平安☆セブン!!  作者: 若松だんご
三、蔵人所は、よろず迷惑引き受け所
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(五)

 “誰がコマドリ殺したの? 「それは私」とスズメが言った――”

 

 麗景殿の女御が他殺であったのなら、「それは私」と言ったスズメは誰なのか。

 噂通りであるなら、スズメは承香殿の女御となる。承香殿の女御がスズメなら、殺されたコマドリ、麗景殿の女御を愛していた帝が承香殿の女御を愛するはずがない。それこそ噂通りに承香殿の女御を嫌うだろう。腹の子まで殺されているのだから、激しく憎んでいるかもしれない。そこに愛情が生まれるわけがない。

 じゃあ、最初っから帝は承香殿の女御を愛しておられたのか? 麗景殿の女御の死はあくまで自然死。承香殿を愛しながら麗景殿にも通って、先にあっちに子がデキただけ? そしてその子と母親が亡くなっただけのこと?

 それならそれで、普通に承香殿と愛し合っていてもいいんじゃね? 麗景殿が亡くなってすぐにそういうこと――はさすがに不謹慎かもしれないけどさ、あれから五年は経ってるんだし。麗景殿の妹藤壷が入内してくるまでになってるんだから、今、相思相愛溺愛中でも問題ないじゃん。

 関白の権勢への対抗馬なら雅顕がいる。遠慮することも、隠す必要もゼロってことだ。

 だったら何故?


 「あー、だーっ!!」


 こんがらがった頭を掻きむしる。

 オレ、こういうの考えるの苦手!! 苦手なんだよ!! 頭んなか、ゴチャゴチャしてくる!!


 「これ、尾張!! 尾張の!!」


 なんだよ、うっさいな……って、あ、おじゃる麻呂。


 「主上の更衣の勤め、今日はお主の番じゃぞ?」


 「え、あ……」


 うっかりしてた。


 「まったく。しっかりせい」


 「ほれ」と、衣の入った蒔絵の箱を持たされる。衣はすべて、当たり前だけど絹!! そして何かしらの刺繍つき。うーん、豪華。そして重い。


 帝はこの世の最高位におられる方だから、基本、自分のことも自分ではやらない。

 着替え、給仕、身だしなみの手入れ。すべて誰かが奉仕する。

 その点は、女御も一緒。彩子の、女房の仕事も、女御のそばに座ってることではなく、こういった身の回りのお世話が主体。

 これ以外にも、主が筆を持つなら、墨をすったり紙を選びやすく用意したり、衣に薫物をくゆらせたり。時には、「香炉峰の雪、いかならん」って言われたらススッと御簾を上げてみせたりする機転、知恵も必要。


 「失礼仕る」


 おじゃる麻呂に続きオレも御簾内に入る。

 そこに立っていたのは、朝議から戻ったばかりの帝。一礼して帝に近づくと、その衣をおじゃる麻呂が脱がせていく。

 平緒、袍、下襲、表袴、大口袴、衵……ってええーい、多いな。下襲は後ろがズルズル長いし。おじゃる麻呂が剥いだそれを受け取っていくんだけど、形が複雑な上に絹だから重いし、多いしかなり面倒。

 ほとんどを剥き終えたら、今度はオレが持ってきたもので着せ替え。(ひとえ)に指貫、狩衣姿。これが帝の普段着。これで頭に立鳥帽子を被れば着替え完了。

 これがもっとくだけた、例えば就寝前となると、単に袿を羽織っただけという、女性の長袴を脱いだのと同じ格好になる。


 「――尾張、どうした?」


 一瞬、緒を結ぶオレの手が止まっていたらしい。不審に思った帝が声をかけてきた。


 「あ、いえ。申し訳ありません」


 さすがに。さすがに言えない。


 ――アンタ、誰が好きなのさ?

 

 なんて訊けるわけがない。そんなことしたら、おじゃる麻呂に後頭部引っつかまれて、床に額を叩きつけられる。こうしておそばで仕えされてもらってるけど、その身分は半端なく隔たっている。


 ――()小衣(さごろも)、紐解くは誰。


 緒を結んでいたからだろうか。なんとなくそんな言葉が浮かび上がる。オレの衣の紐を解かせる貴女は誰? 衣の紐を解いて、そういうことをする相手は誰?


 「尾張だけだぞ? 余の紐を解くのは」


 へ? み、帝?


 「想い人に贈る歌でも考えておったのか?」


 え? へ? は?

 ってか、オレ、口にして喋ってましたか?


 驚くオレ。笑う帝。そして苦虫を十匹ぐらい噛み潰した顔のおじゃる麻呂。あ、これお小言一刻以上案件だわ。メッチャ嫌味とお叱りくらうやつ。


 「余が紐解いたのは、そなたたちの前だけだ。他の誰の前でも解いたことないわ」


 え、いや、ちょっと。そんな彩子が聞いたら喜びそうな男色案件に、オレを巻き込まないでくださいよ。


 カラカラと笑い去ってゆく帝、御簾の外で聞いていたんだろう。控えていた五位蔵人の方々が笑いだし寸前の顔をしていた。


 「お~わ~り~のぉおぉ~」


 そんな帝を見送ったオレの背中に不穏な空気が押し寄せる。あ、おじゃる麻呂から怒りの蜃気楼、湯気が揺らめいてら。

 

 「お主、主上の御前であのようなことを!!」


 最近のお主はたるんでおる。フラフラしてきたかと思えばあのような失言。主上は笑ってくださったから良いものの。尾張の者は、恥じらいというものがないのか。

 

 おじゃる麻呂の説教。

 うんうん。わかってるからさ、自分でもヤベえって思ったからさ。一刻は我慢できそうにないから、早送りしてもらいたいけど、ダメか? 下げてる頭、首が痛いんだけど。


 「『()小衣(さごろも)、紐解くは誰』なぞ、直接的すぎるでおじゃる。雅さの欠片もないでおじゃる」


 説教はなぜか和歌の添削になった。多分、叱る材料が尽きたんだと思う。けど。


 (それ、和歌でもなんでもねえから)


 心の内でツッコむ。

 なんか和歌の下句っぽいけど、そうじゃないし。たまたまの七、七調なだけだし。

 だってオレ、そんな下紐解いてパコパコする相手なんていねえし。

 彩子の言うような、「パコパコバコバコ」する相手。「下紐を解く」だけで雅さがないと叱られるのなら、「パコパコ」はどうなるんだろ。おじゃる麻呂、泡拭いて卒倒しそうだな。

 ……って、あれ?


 “余が紐解いたのは、そなたたちの前だけだ。他の誰の前でも解いたことないわ”


 笑いながら帝が言ってた台詞。


 誰の前でも解いたことない?

 ってことは、誰とも「パコパコ」したことない?

 いやでも、麗景殿の女御はご懐妊なさってたわけで。……って、あれ?

 処女懐胎? いやバカな。

 ただの、帝がオレをからかって言っただけ? ん?


 「……おい。聞いておるのか、尾張の!!」


 あー、もううるさい。人がせっかく真面目に考えようとしてるのに。

 てめえのその麻呂眉、押したら早送りとか一時停止なったりしないかな。ホント、ウザい。

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