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平安☆セブン!!  作者: 若松だんご
三、蔵人所は、よろず迷惑引き受け所
14/36

(四)

 春の「梅花」、夏の「荷葉」、秋の「侍従」「菊花」、冬の「落葉」「黒方」。

 多く使われる薫物はこの六つ。

 だけど、その薫物を構成する材料の配分は人それぞれ。

 例えばこの季節の薫物「荷葉」。

 沈香、薫陸、安息香、白檀、丁子、甲香などが使われるが、その配分は人によって違う。沈香を多く入れる人もいれば、隠し味的に白檀強めの人もいる。

 香を練り合わせるのに、一般的には甘葛を使うけど、中には蜂蜜で練る人もいる。

 そういう細かいところで自分らしさを出していく。それが薫物。あまりに凝りすぎて、「なんだコレ」って香りももちろんある。


 「女御さまはね、あまり強い香りがお好きじゃないみたいで。橘の花の蕾を集めて小さな香り袋に入れていらっしゃるわ」 


 まれに、嗅覚が鋭敏すぎて香りが強すぎるのを苦手とする人もいる。そういう人は、薫物ではなく、香り袋を持ち歩く。無臭ではない、それとなく香らせる程度。


 「オレさ、この間、まさあ……、中将どのに頼まれて歌を詠んだんだよ。『五月待つ 花橘の 香を嗅げば もとなかかりて 安寐し寝さむ』って」


 「まあまあの歌ね」


 うるさいな。


 「その歌を、ちょうど東の廂に出ておられた帝がお聞きになって。上句の『花橘の

香を嗅げば』の部分をいたくお気に召したようでさ、くり返し口ずさまれてたんだよ」


 「それって……」


 「そうなんだよ。あの時、オレが承香殿を推したから、しぶしぶ承香殿行きを決めたのかと思ったけど、もしかしたら、その和歌に女御さまのことを思い起こされていたのかもしれない」


 東の廂にまで出て、承香殿を眺めていた帝。そこに、女御の香りを思わせる和歌が飛び込んできた。


 「ってことはやっぱりあのお二人は相思相愛ってこと?」


 あの折句入りの和歌といい、互いのいる所を見つめていることといい。


 「でも、だとすると、どうしてあの態度なのか理解できねえんだよなあ」


 好き合ってるのなら、堂々と逢瀬を重ねればいい。あんな蛇蝎のように嫌ってるフリなんてしなくても。


 「ねえ、兄さま。兄さまが昔教えてくれた物語にもそんなの、あったわよね?」


 「あったか?」


 物語好きの彩子にせがまれ、いっぱい話したからなあ。覚えてないや。


 「あったわよ。確か、敵対する二つの家に生まれ落ちた男女が恋に落ちる話。姫は結ばれるため、仮死になる薬を飲んで屋敷から逃げ出そうってしたのに、公達のほうが姫が死んだと勘違いして刀で自分を貫いて死んじゃうって話。後で目が覚めた姫の方も亡くなってる公達を見て、来世で結ばれることを願って自害しちゃってあれよ、アレ!!」


 「あー、あの話か」


 思い出した。そういやその話、尾張にいた頃に話したことあったわ。


 「帝、帝。ああ、どうしてアナタは帝なの?」


 物語を演じ始めた彩子。目をウルウルさせ、両手を組んで天にお祈り。


 「でもよ。あれは敵同士の家の悲劇だろ? 帝と女御はそういう関係じゃねえし。普通に愛し合っても問題ないだろ?」


 「関白さまに遠慮しているとか?」


 「だったら、中将どのの位を上げて、対抗すればいいじゃん」


 今は関白の位を右大臣家に持っていかれてるけど、雅顕が歳を重ねれば、関白位を奪還してもおかしくない。それぐらい拮抗した家が後ろ盾にあるのだから、相思相愛でも問題ないと思う。


 「それに、帝が女御を嫌われてるのって、先の関白、中将どのの父君がご存命の頃からだって聞いてるぞ。先の関白さまが生きてた頃なら、余計にそんな演技めいたことしなくってもよかったんじゃねえか?」


 先の関白なら、娘の寵愛に両手を挙げて喜んだはず。万難を排しても、御子誕生までこぎつけただろう。


 「そうなのよねぇ。想い合ってるのならさ、隠すことなく思う存分にパコパコやっちゃえばいいのにさぁ」


 ブブッ。


 口にした瓜を吹き出す。……ぱ、パコパコ?


 「さ、彩子、それ意味わかってるのか?」


 「え? なにが?」


 「そ、そのぱ……、パコパコってやつ」


 なんでこっちが顔熱くならなきゃいけないんだ?


 「よく知らないわ。でもみんな言ってるもの。愛し合った二人は、ハアハアチュッチュして、トロトロになったらパコパコするんだって」


 「み、みんなっ!?」


 みんなって誰だ!? ってかそういうこと、普通に話題に出たりするのか!?

 男同士ならわかるが、女同士でもそういうこと話題にするのか?


 「そうするとね、如来さまがお子を授けてくださるんですって。だからあのお二人も、そういうことして、親王さまの一人や二人や三人や四人ポロポロって産み参らせたらいいのよ。愛し合ってるのに隠してるのって、まどろっこしくて仕方ないわ」


 呆然とするオレ。

 そばにいた忠高は、視線を遠くに飛ばした。「あ、チョウチョ」みたいな。


 「……頼む、彩子。その言い方は、さすがにやめてくれ」


 でないと、兄ちゃん悲しくて涙出てくらあ。


 「ダメなの?」


 「ダメ。御簾内から出てくるとは比べ物にならないぐらいダメ」


 オレの見てない所で、どんだけ耳年増になってんだよ、彩子。

 そのケロッとした顔を見るに、内容、意味は少しも理解してないみたいだけど。(理解されてたら困る)


 でもまあ、彩子の言うことにも一理ある。

 愛し合っているのだとしたら、普通にパコパコバコバ……おっと彩子の言い方が感染っちまった。訂正。普通にまぐわっ……じゃなくて、堂々と愛を交わして子を育めばいいのに。蛇蝎のごとく嫌う演技は不要なわけで。


 「お二人がそうならないってことは、やっぱり噂通りだったのかしら。帝は麗景殿の女御さまを寵愛されてたっていうアレ」


 帝は寵愛なさっていたのは麗景殿さま。そして懐妊した麗景殿さまを弑したのは、承香殿の女御の悋気。

 

 「でもそれだと、帝が承香殿さまを愛しておられるって図式は成り立たないよなあ」


 自分の子を宿した姫を殺した承香殿の女御と相思相愛になる帝ってのは、想像するにも限界がある。承香殿からの一方通行の重い愛なら理解できるんだけど、それに帝が応じてるってなると――。


 “誰がコマドリ殺したの? 「それは私」とスズメが言った――”


 「……あれ?」


 「兄さま?」


 帝って、本当に麗景殿の女御を愛しておられたのか? 愛していたから麗景殿が懐妊して、承香殿の悋気に触れて殺されたのか? 愛する人を殺されたから、だから帝は承香殿を嫌っておられたのか? 承香殿を罰したいけれど、先の関白の権力の前ではそれが叶わなかったから、せめてもの抵抗としてお通いにならなかったのか?

 なら、どうして今相思相愛になってるんだ? 愛し合ってることを隠して、水面下で。

 もともと麗景殿の女御の死は、誰かにもたらされたものじゃない? 自然死? だとしたら、どうして帝は承香殿の女御を嫌ってるようなフリをする? 関白がっていうのなら、雅顕っていう対抗馬を持ってくればいい。麗景殿の女御の死は自然死で、承香殿の女御になんのやましいこともないって、世間に知らしめたらいい。

 帝があっちの女御、こっちの更衣、尚侍と恋愛を複数繰り広げたって、誰も文句は言わない。それが普通なのが内裏。一夫多妻は別におかしなことじゃない。

 けど――。


 「スズメって、誰だ?」


 コマドリ殺して平然と「私」と言い切ったスズメ。そのスズメは、いったい誰なんだ?


 「――兄さま、ごめんなさい」


 へ?


 「わたしが瓜なんかぶつけたから。だから、そんなおかしなこと言い出したのよね。頭がクルクルパーになっちゃったのよね」


 あ、いや、えっと……。

 そんなしおらしく謝られても。っつーか、クルクルパーって。


 「瓜は凶器だからな。二度と投げんな」


 「……うん」


 「まあ、たんこぶぐらいは出来てるかもだけど。……そう心配すんな」

 

 だから顔、上げろ。

 クシャッと彩子の髪を撫でてやる。


 「成海どの」


 承香殿の庭を少しうろついてた忠高が戻ってくる。ってか、なんでうろついて――


 「“スズメ”なる者は、どこにもおりませぬが」


 あ、もしかして“スズメ”を探してた?


 「すまん、忠高。スズメは比喩だ。ここにはいない」


 「そう……ですか」


 あ、忠高の肩が少し下がった。残念がってる?


 「それよかさ、忠高は何か知らねえか? 帝と承香殿の女御に関すること」


 今ここで解明するには判断材料が少なすぎる。


 「それがしは、殿上人のことはあまり……」


 そっか。普通そうだよなあ。ギリ殿上人のオレたちだって、噂程度のことしか知らないわけだし。女御の顔すら知らない忠高が新情報持ってるわけねえよな。


 「あ、しかし、一つだけ」


 「なに?」


 「ここ承香殿に繋がる渡殿、および承香殿の警固は強くするよう、厳命が下っております」


 「それはどこからの命令?」


 「そこまでは……。棟梁なら存じているかもしれませんが」


 そうだよな。いくら忠高が武士団一の剛の者だったとしても、そこまでの機密情報を持ってるわけねえよな。

 それでも。


 「新情報、ありがとな」


 切ってある瓜を一切れ、忠高に差し出す。

 「誰かが承香殿の警備を強くした」

 理由は分からなくても、そう命じた誰かがいる。それだけで判断材料収集、一歩前進だ。


 「いえ、それがしは瓜は……」


 受け取らない忠高。


 「瓜、嫌いか?」


 身分どうこうってので遠慮しているのなら、その口にねじ込んでやるけど。


 「いえ。ただ瓜は体を冷やしますので」


 へ?


 「体が冷えては、動きが鈍ります。動きが鈍っては、いざという時にお役に立てませぬ」


 は?


 「な、なるほど……」


 彩子と二人、その答えに目を丸くする。

 なんていうのか。


 「“武士”ってかんじね。骨の髄まで武士思考」


 うん。

 こそっと告げられた彩子の言葉に激しく同意。

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