(二)
「で? 兄さま、この方は?」
「あー、オレの子分。ってか弟子。あんま気にしなくていい」
「それがし、源 忠高と申す者。以後、お見知りおきを」
「あ、はあ……。こちらこそ」
直角敬礼した忠高に、間抜けな返事をした彩子。
ご進物、瓜ぐらいで機嫌を治すとでも? みたいなジト目からの怒り爆発展開だったのに、ついてきた忠高に気勢を削がれた。連れてきたっていうか、勝手についてきた忠高のおかげで、彩子の怒りを免れた。ヨシ。勝手についてこられたかいがあったぜ?
「なんでもさ、あの熱気球の正体を見破ったオレの胆力を会得したいから、そばでオレを見てるんだって」
「へえ。兄さまに見習うような部分なんてあったのね」
あ、ひでえ。オレ、兄の鑑だぞ? って、あれ?
「どうした、忠高」
無口なのは知ってるが、なんか違う無口を装われているような気がした。無口っていうより、無言。言うとヤベエから口をつぐんだ。
「いえ、別に……」
そっぽむく忠高。
「思うことあるなら言えよ。オレ、そういうの黙っていられるの苦手」
悪口なら黙ってろって言うけど、そうでなければ、思うこと普通に言えよ。
「では」
軽く咳払い。
「女房どのは、成海どのとどのようなご関係で?」
は?
「妹御とお伺いしておりましたが、その……。あまり似ておられぬなと。それに成海どのが、おっかな……いえ、瓜を持参しなければとおっしゃられてたので、どのようなご関係なのかと。――無粋な質問、申し訳ござらぬ」
またもや直角頭下げ。
「ああ、わたしと兄さまは母親が違うの」
先んじて彩子が説明を始めた。
「父さまがね、尾張でわたしとは違う母に産ませたのが兄さまなのよ」
「違う」
間髪入れずに否定。
「オレは、親父どのの子じゃねえよ」
「え?」
「え? 知らなかったのか?」
「うん。兄さまとわたしは、母違いの異母兄妹だと思ってた。兄さまは、父さまが鳴海の里に囲った女性に産ませた子だって」
キョトンとした彩子。
「それ、絶対違う。あの北の方さまにゾッコンな親父どのがそんなことするわけねえだろ。親父どのは、今でも北の方さまを愛しておられるから、ああして尾張にへばりついてんだぞ」
親父どのが賄賂をせっせと贈ってでも尾張を離れたくない理由。尾張が風光明媚で暮らしやすいというのは表向きで、本当は、彼の地に亡き北の方さま、彩子の母のお墓があるから。死に別れたのに離れたくないって、どれだけ溺愛しているんだよって思う。
「そうなの? わたし、てっきりあちらに兄さまの母さまがいて、寵愛なさってるから離れないのかと思ってた」
「うわ。それ親父どのが聞いたら泣くぞ? 心のなかでいいから一度謝っておけ」
「うん。父さま、ごめんなさい」
素直な彩子。ってか、彩子、そんなふうに思ってたのか。
「オレは、鳴海の里の生まれだけど、別に親父どのの子ってわけじゃない。鳴海の里に、珍しい童がいるって噂があってさ。それで親父どのがオレをどんなもんかって見に来たんだよ」
「珍しい童?」
「そ。生まれついての天才児。文殊菩薩、虚空蔵菩薩の化身かってな」
「兄さまが? 菩薩さまに失礼じゃない? 兄さまこそ、心の底から謝っておいたほうがいいわよ」
いや、お前のが失礼だぞ、オレに対して。
感心、納得したような顔(といっても表情の変化は少ない)の忠高と、呆れ顔の彩子。
「まあ、菩薩さまは言い過ぎだとしても、ちょっと珍しい童がいるって噂は本当で。それを確かめに来たのが受領の親父どのだったってわけ」
あれはオレが七つの時の話。
わずか七つで普通に文字が読める書ける、なんなら計算だってなんだってこなすってことが里以外のところにまで広まって。そんな珍しい童がいるのなら、国府で働かせようと親父どのが里を訪れたのが始まり。オレのことを気味悪がってた本当の両親は両手を挙げて万歳三唱でオレを親父どのに引き渡し、逆に使ってやろうなんて魂胆だった親父どのが同情してオレを養子にしてくれた。
「それがどうして、親父どのの愛人の子になってるのか知らねえけど。とにかく、オレと彩子は血が繋がってねえし、親父どのは相変わらず北の方さま一途だから。オレが愛人の子じゃねえってこと、北の方さまもご存知だったよ」
だからか、北の方さまも、連れてこられたオレに対して、特に継子イジメみたいなことはしてこなかった。それよか、親父どのと一緒で、オレのことも彩子と一緒に分け隔てなく接してくださった。
「そう。そうなんだ」
うつむく彩子。
「なんだ、彩子。オレと血が繋がってないって知ってガッカリしたか? オレみたいな才能が自分にはないのかって」
「ううん。逆に兄さまと繋がってなくってよかったって思った。こーんな情けない兄さまと繋がってるなんてって嘆きたい気分だったから」
「うわ、ひでぇ」
少しだけ顔をしかめる。
「ってことで、忠高。オレと彩子が似てない理由、理解できたか?」
「はい。不躾なことをお尋ねし、申し訳ありませぬ」
「いや、いいって。似てない兄妹ですねってのは、いっつも言われることだしさ」
それに、こうしてそばにへばりつくつもりなら、知っておいてもらって損はないし。隠してたわけじゃないし。
「そのような幼子のころから、成海どのはその知恵をふるっておいでだったのですね」
えー、いや。
「先日の人魂のからくりを見破るあたり、やはり虚空蔵菩薩の化身なのでは?」
「それは絶対ないわ」
彩子が否定。それもかなりキッパリと。
「だって、兄さま、すっごい怖がりなんだもん。特に虫。蝉や蛍が飛んできたぐらいでベソかくぐらい苦手なのよ? 菩薩さまが虫ぐらいで泣くわけないもの、ありえないわ」
それは、菩薩さまに対する偏見……ってか虫が苦手なこと、勝手にバラすな。
「苦手……なのですか?」
「あー、うん。虫全般が苦手」
サブイボが出る。
夜の蛍を楽しむ……なんて誘われたら、オレ、回れ右して速攻帰る。
「情けないわよね~、兄さまって」
「女房どのは平気なのですか?」
「あれのどこが怖いの?」
忠高に逆質の彩子。
「彩子はなあ、“怖い”って感情を母親の腹に忘れて生まれてきたんだよ。鬼怨霊い出くわしても倒れたりしねえ。逆に勇ましく向かってくんじゃねえかって、そういうヤツ」
女御のもとに出仕しないかって話が来た時、「鬼を見てみたいから行く!!」だったし。尾張にいなくても、京の都ならいっぱいいるでしょ!?って。
無謀なまでの怖いもの知らずの彩子。その彩子を親父どのが心配して、無茶しないように見張り役が必要だと、オレを六位蔵人として内裏に放り込んだ。
オレは、瓜剥き係でも愚痴聞き係でもなく、彩子の見張り係。そして六位蔵人。
「だから胆力を学ぶなら、オレよりコイツのが適任」
「兄さま、ヒドい!! 勝手に人のことをバラすだなんて!!」
「お前だって、オレの弱点バラしたじゃねーか」
もしこれで、蛍の宴とか誘われたらどうしてくれる。
「わたし、ここではおしとやかな彩子さまで通ってるんだからね? 歌の詠める才気煥発な彩子さま」
――ブブッ。
「なんで笑うのよ!!」
「い、いや……、プクッ、だ、だって、ヒハハッ、お、お前がっ、ハハッ、さ、才気っ、か、煥発ぅ、ハハハッ!!」
いやいやありえない、ありえない。
イヒヒ、アハハ、ハハハハッ。ダメだ、腹がよじきれ――。
「兄さまのバカ!!」
「あだっ!!」
ゴンッと鈍い音を立てた瓜。彩子の投げた瓜が、笑い転げるオレの額、激突。
「成海どの!!」
ひっくり返ったオレに、慌てる忠高。
――彩子。いくらなんでも、瓜は……人に、投げ……ちゃ、ダメ、だ、ぞ。(ガクッ)