(五)
「エンショクハンノウ?」
オレの言葉に、雅顕がオウム返し。
「そうですよ。あの気球に入っていた松ぼっくり。あれが青だの緑だのいろんな光を発したのは、炎色反応の結果です」
宴の松原で飛ばされていた人魂もどき、熱気球。
その作りはとても簡単、簡素。
行灯型に作られた木枠に紙を貼って、熱気球の形を作る。熱気球は温められた空気が上昇する原理を使って空に飛ばす。
なので長時間飛ばしたかったら、中に皿に置いた燃焼剤を入れて、底面だけ紙を貼らないでおく。そうすれば、燃焼する空気が無くなることなく、燃焼剤が燃え尽きるまで空を飛ぶことが出来る。
ってことで、その理屈を証明。
翌朝早く、承香殿の東の廂、その先にある庭にて熱気球とその中身を再現。
松ぼっくりを持ってきてくれたのは忠高。彼もあの場に居合わせた者として、その原理を知りたがっていた。
東の廂で実演するのは、ここが人気のない場所だからではなく、彩子の強い要望によって。宴の松原の件を雅顕が話したらしく、速攻で「見たい!!」とせがまれた。「人魂など恐ろしい」って倒れたりするもんじゃねえの?女性って。彩子らしいっちゃあ彩子らしいけど。
そして気球を作ったのはオレ。
材料は、修理職大夫に掛け合って準備をさせた雅顕からのご提供。あくまで「準備させた」。「準備した」のではないのが、コイツの生まれの特権。(なんか悔しい)
承香殿の庭先で披露するのだからと、ちゃんと水も桶に汲んで用意した。とにかく用心、火の用心。火を使う実験には万全を期さなくては。
「これが燃えるの? 兄さま」
用意している間、彩子が手の中の松ぼっくりを凝視する。松ぼっくり自体は彩子にも珍しいものじゃないが、それがどう燃えるのかまでは知らないようだ。
「松ぼっくりは、いい薪代わりになるんだよ」
松脂が混じっていると、その分、火のつきが良くなる。そして、なるべく松かさの開いているやつを使う。
あくまで実験なのだから、ハマグリを焼くときみたいに、一箇所に集めて置いたりしない。等間隔に並べて地面に置く。
「オレのいた里では、ハマグリを焼くのにも使ってた。長く火で炙りたいハマグリにはこれが最適なんだ」
「ふぅん。そうなんだ」
「まあ、見てろよ」
言いながら、松ぼっくりに火をつけてみる。当然だけど、赤い炎が上がる。
「ここに、これをかけると――」
ボウッと炎が大きくなり――
「色が変わったわ!!」
彩子が身を乗り出す。御簾内からでは見えないからと廂まで出てきている。一応、扇で顔は隠しているけど。
「かけたのは銅の粉。他にも、ほら」
懐から出した、紙の包み。銅。塩。鉛。石灰。それぞれ緑、青、青、濃い赤と色が変わっていった。
「他にも色の変わる物はあるけど、今手に入るのはとりあえずこれだけ。松ぼっくりを使ったのは、おそらくこれの表面積が大きく、粉をたくさんまぶすことができるからだと思う」
松ぼっくりは長く燃え続けるだけではなく、その表面積が広いので、たくさん粉をまぶせる利点がある。そして、熱気球に乗せるにはとても軽く扱いやすい。
「粉をかけることで炎の色が変わる。これが“炎色反応”。あとは、熱された空気が天に昇りたがる性質を使って閉じ込めれば――」
作った気球の中に燃える松ぼっくりを入れる。
「浮かび上がった!!」
扇なんて忘れて、空を見上げる彩子。彩子だけじゃない。忠高も雅顕も、その熱気球の行方を見つめる。
「松ぼっくりが燃え尽きたら、自然と落ちてきますが。火勢が弱まったりしたら、それだけ飛ぶ力も減りますから、風に流されたりして人魂っぽく見えるでしょうね」
火勢が弱まるのを待ってるわけにはいかないので、ヨッと軽く飛んで熱気球を捕まえる。
これにて実証実験終了。
「なるほど」
雅顕が頷いた。
「ではあれは、人魂ではなく、この熱気球だったのだな」
「はい。誰が仕掛けたかまではわかりませんが」
肝試しに宴の松原に出かけたことを知ってるヤツが仕掛けたのか。にしても――。
「成海はこのような仕掛け、よく知っていたな」
「え? あ、えーっと。尾張の知恵です。尾張には、そういう知恵があるんです」
ウソです。
「それにしても誰が仕掛けたんでしょうねえ」
話を逸らす。
「中将どのが宴の松原に出かけるって、ご存知だったのはどなたなのですか?」
知っていたから、雅顕を驚かそうとして飛ばしたんだと思うんだけど。
「あの話を知っていたのは……そうだね、主上と、兵部卿の宮、権中納言、それと右近少将だよ」
「右近少将……さま?」
ってあの藤壷の女御の兄で、今関白さまのご嫡男?
他の参加者より、妙に引っかかった。
「それがどうかしたか?」
「いえ、なんでもありません」
フワッとした、第六感みたいな引っかかりだから説明がしにくい。
「それより、これで宴の松原に怨霊なんていないって証明できたじゃないですか。中将どのが“勇ある者”ってなったわけですし」
あのあと、ちゃっかり武徳殿の柱を削ぎ削ぎしてきた雅顕。“勇ある者”として、帝を始め、そこに居た公達から感嘆の声が上がったそうな。もちろん帝からはバッチリお褒めいただいたそう。
「ああ、成海のおかげで、かの女君とも上手くいきそうだ」
え? へ? 女君?
肝試し成功!!じゃなくって?
「彼女は、モノノフのように強い男が好ましいのだそうだよ」
それって、「あのような恐ろしい場に行かれて、その上怨霊を倒してくるなど、なんて勇ましく強いお方なのかしら。ス、テ、キ♡」みたいな展開になるってことか?
コイツ、帝が提案した肝試しに乗じて、ちゃっかり自分の恋を押し進めたってことか?
目を真ん丸にするオレと、顔色一つ変えない忠高を置いて、笑いながら悠然と去っていく雅顕。
――ってちょっと待て。
「兄さまのバカ!!」
「あいたっ!!」
スコーンッと飛んできた松ぼっくり。彩子が手にしていたやつ。それがオレのでこに直撃。
プンスカと怒って御簾の中に戻っていった彩子。
あーあ。
あれ、当分は口をきいてくれなさそうだなあ。
雅顕と藤壷の女房の仲が進展しそうなことが気に食わないんだろうけど。
そういうのは、オレじゃなくて雅顕に言ってくれ。
なんでオレが松ぼっくりをくらわなきゃいけないんだよ。
徹夜の肝試し。眠いの我慢して、わざわざ気球まで作ってナゾを解明してやったのに。スッゲー理不尽。こんなことなら、ナゾは謎のまま放置して、とっとと寝ればよかった。ファ~ア。あー、ねむ。