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――というか、私がこんな高級店に入ってもいいのかな。
古着屋には入ったことはあるが、呉服屋に入るのは初めてだ。慣れていない睡蓮は躊躇ってしまう。
「睡蓮さま、行きましょう」
「あ、う、はい……」
迷いなく店に入っていく桔梗のあとを、睡蓮はおずおずとついていった。
店内に入ると、まず目に入ったのは衣桁にかけられた鮮やかな振袖だった。
真っ赤な布地に、大きな桃色の牡丹の花がこれでもかと咲いている。
「わ、わぁ……」
頬を薄紅に染め、目を輝かせる睡蓮を見て、桔梗は仮面の下で微笑んだ。無論、睡蓮はそのことに気付きはしない。
「すごいきれい」
「これは京友禅ですね。睡蓮さまは色白ですから、この紅色はとても似合いそうです」
さらりとした桔梗の褒め言葉にもそうだが、それよりも睡蓮は京友禅という言葉にどきりとした。
京友禅の振袖など、睡蓮にとっては一生縁がない高級着物だ。
「これ、気に入りましたか?」
桔梗が聞くと、睡蓮は桔梗を見てぶんぶんと勢いよく首を振った。
「とんでもないです!」
あまりにも必死な顔に、桔梗は思わずぷっと笑った。
「今後の参考に合わせてみるだけでも……」
「いいですいいです! そもそも私、古着以外着たことないので……こんな高級なもの、緊張してしまってとても着られません」
「うーん……似合うと思うのになぁ」
桔梗はブツブツ言いながら、他の反物を見た。
「あ、これはどうでしょう?」
桔梗が持ってきたのは、銀青色の金魚が泳ぐ美しい反物だった。
「わ……きれい」
珍しい柄に、睡蓮は嘆息する。が、あまりのきらびやかさに慌てて我に返り、
「私はいいですよ。それより、桔梗さんの着物を見ましょう」
「俺はべつに今ある着物で十分ですよ。今日はもともと、睡蓮さまに新しい着物をと思って……」
「わわ、私、家柄はともかく、個人で自由になるお金なんて持ってないですから」
龍桜院家との契約時にもらったお金は多少あるが、それは桔梗への給金として使っているから、じぶんのために使うわけにはいかない。
「もちろん、俺が出しますよ。俺が差し上げたいのです」
「え!? だだ、ダメですよ、そんなの」
主人が使用人にものをもらうなど、あってはならない。逆はあってもだ。
名家の長女が物乞いのようなことをしてははしたないと、睡蓮は幼い頃から両親にそう教育を受けていた。たとえそんな教育を受けておらずとも、これはさすがにダメだと分かる。