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「以前よりいい……? これが、ですか」
「はい。実は私、もともと花柳家の子供じゃないんです」
「ですが、あなたはこの花柳家のご長女で……」
「養子なんです。十五年前、子供に恵まれなかった両親が、孤児だった私を家族に迎え入れてくれたんです。でも、そのあとすぐに妹ができて……うちはそこそこ有名な家でしたから、今さら私を捨てることは体裁が悪かったんだと思います。だから、表向きは長女として育てられました」
あくまで、表向きとしてだけ。
睡蓮は、人前ではいつもじぶんを偽って生きてきた。
名家の長女として、しっかり者で幸せな娘のふりをした。
ふりといっても、特別演技というわけでもなかったと思う。日頃から虐げられているわけではなかったし、手を上げられたこともない。食事を抜きにされるわけでも、無視されるわけでもない。
ただ、家族みんな、睡蓮に無関心なだけ。
睡蓮から話しかけなければ、会話が生まれることはない。学校での様子を聞かれることも、テストの成績を確認されることも、いじめに遭っていないかと心配されることもない。
花柳家で睡蓮は、透明人間になる。ただ、それだけのことだ。
「血が繋がっていないのだから、私が愛されないのは仕方のないことです。龍桜院に嫁ぐことができたのも、花柳家を継ぐのは妹と決められていたからでしたし。むしろ、運が良かったのですよ」
龍桜院家の花嫁は、東の土地に住む人間ならだれもが憧れる立ち位置だ。しかし、豪商である花柳家の子供には、本来家を継ぐという責務がある。しかし、花柳家には男子がいない。
本来なら長女である睡蓮が家を継ぐべきではあるが、血の繋がりを重要視する両親は、妹の杏子が継ぐべきだと考えていた。
だから、睡蓮が龍桜院の花嫁に選ばれたことは両親にとってこれ以上ない話だった。
なぜなら厄介だった養子を土地の最高権力者の花嫁にできるのだ。おかげで花柳家は神の加護を正当に受けることができるし、厄介者も排除できる。
「……すみません、俺、なにも知らないで勝手なことを……」
睡蓮の話を聞いた桔梗は言葉が見つからないのか、それきり黙り込んでしまった。
「……あの、あんまり気にしないでください。離れでの生活は、案外快適で私気に入ってますし。私こそ、今まで黙っていてすみませんでした」
「…………」
それでも、桔梗は黙り込んでいた。
お湯が沸いた。
睡蓮が動き出そうとすると、桔梗はそれを手で静かに制し、火を止めた。保温用の陶器へお湯を移しながら、桔梗はぽつりと言った。
「……知らないということは、罪ですね」
「え?」
聞き取れず、睡蓮が思わず聞き返すと、桔梗はやかんをそっと置いて、睡蓮に向き直った。
「……睡蓮さま。今から少しお時間ありますか?」
「え? えぇ、ありますけど……」
「では、今から街へ行きませんか?」
突然の誘いに、睡蓮はきょとんとした顔をする。
「街? えと、でもお茶が……」
せっかくいれたのに冷めてしまうのでは、と言おうとする前に、桔梗が睡蓮の手を取った。
「お茶は帰ってきてから飲みましょう」
桔梗はそう言って、睡蓮を連れ花柳家を出た。