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「――睡蓮さま、次はなにをしましょう?」
ふと至近距離で桔梗と目が合い、睡蓮はハッと我に返った。視界いっぱいに桔梗の仮面が広がって、さらにふわりと優しい香りがして、睡蓮は慌てて桔梗から離れる。
「……あ、すみません。ええと、今日はもう大丈夫ですから、あとはゆっくりしててください。あ、お茶にしましょうか。今いれますね」
「あ、それなら俺が……」
素早く立ち上がろうとする桔梗を、睡蓮は大丈夫、と、やんわりと手で制止し、足早に台所へ向かった。
やかんに湯を入れ、火を付ける。棚にあった茶葉が入った瓶を取り出し、急須に入れる。
流し台に寄りかかり、お湯が湧くのを待っていると、台所に桔梗が入ってきた。
「待っているのも暇なので、やっぱりお手伝いします」
桔梗は睡蓮に問われる前に控えめにそう言って、微笑んだ。
「お茶菓子出しますね」
「……ありがとうございます」
どこまでも働き者な使用人に、睡蓮は小さく苦笑する。
引き出しを開けながら、ふと桔梗が睡蓮に訊ねた。
「……あの、睡蓮さま」
「はい?」
「睡蓮さまは、あの龍桜院家のご当主さまとご結婚されていたと聞きましたが」
「……まぁ」
一瞬、睡蓮の目が泳ぐ。しかし、桔梗は棚の奥へ目を向けたままだったので、睡蓮の動揺には気付かなかった。
「……そうですけど」
「噂だと、龍桜院のご当主さまは大変気難しい方だと伺いました。睡蓮さまはどうしてそんな方とご結婚されたのですか?」
「それは……」
まっすぐに訊ねられ、睡蓮は返す言葉につまり、黙り込む。
「……だって、現人神さまの花嫁なんて、女の子の憧れじゃない。断るほうがどうかしてますよ」
誤魔化すように笑って言う。桔梗は饅頭の入った箱を手に振り返った。
「では、なぜそこまで想う方なのに離縁されたのですか?」
「それは……」
しまった、と睡蓮は思った。墓穴を掘った。
なんと返すのが正解なのだろう。分からないが、本当のことを言うことはできない。ぜったいに。
今度こそ言葉につまった睡蓮を、桔梗は探るような眼差しを向けた。睡蓮は目を伏せ、桔梗からの視線を拒むように遮断する。
すると、さすがに桔梗のほうから引いてくれた。
「……すみません。出過ぎたことを聞いてしまって」
桔梗は一度謝ってから、控えめに続けた。
「失礼ながら、実家でこのような扱いを受けているのは、龍桜院との婚姻を破棄したからではないかと」
睡蓮はゆっくりと目を開けた。
桔梗の言葉に、睡蓮は困ったように微笑む。
「それは違います。この生活は私にとってはふつうなんですよ。……いいえ、むしろ以前よりずっといいかもしれません」
睡蓮がそう言うと、桔梗の顔にかすかに戸惑いの色が滲む。