24
「あの……楪さま。今日はありがとうございました」
睡蓮は、改めて楪に礼を言った。
「……あなたが無事で、本当によかったです」
楪が優しく睡蓮を抱き締める。
楪のぬくもりに、睡蓮は胸がいっぱいになった。
楪に抱き締められているだなんて、夢のようだ。これまで一度も、顔を見ることも、手紙すら返ってこなかったのに。
身体を離し、睡蓮は楪を見上げる。
「私こそ、なにも言わずにすみませんでした。まさか桔梗さんが楪さまだったなんて、私……今までいろいろとても失礼なことをしてしまいましたよね」
頭を下げようとする睡蓮の手を、楪は「違います」と言いながら掴んで引き寄せる。
「謝るのは俺の方です。最初はあなたを探るために身分を偽って使用人になったのに……同じ時間を過ごすうちに、あなたとの時間がどんどんかけがえのないものになっていって……。桔梗としてなら、ずっとあなたのそばにいられるかもしれない、だなんて都合のいいことを考えてしまいました。俺はあなたに、取り返しがつかないことをしたのに」
楪は目を伏せる。じくじくとした後悔が楪から伝わってきた。
でも、それなら睡蓮だってそうだ。
「……私もです」
楪が顔を上げる。
「私は、死ぬ運命にありました。だからこそ楪さまと離縁して、最後はひとりで過ごさなけばならないって決めていたのに……それなのに、桔梗さんと出会ってしまって、知れば知るほど桔梗さんに惹かれていくじぶんがいて。そのたびに楪さまのことが頭をよぎりました。恩人の楪さまを、裏切っているような気持ちになりました。私、じぶんがこんなに薄情な人間だったなんて、知りませんでした」
じぶんを花柳家から連れ出してくれた楪を守るため、妖狐と契約をした。
それなのに、桔梗に惹かれ始めて、魂を捨てるのが怖くなった。
睡蓮は自身の両手のひらを見つめた。
この手は無力だった。
魂を差し出すことすらできず、結局楪や桃李に守られてしまうばかりで。
この手は、四神の力を持つ現人神の花嫁としてふさわしくない手だ。
睡蓮は手をぎゅっと握り締め、別れの言葉を選ぶ。
「私……楪さまと過ごしたこのひとときのこと、一生忘れません。宝物として、これから生きていきます」
視界が滲んで不明瞭になっていく。
最後なのだから、しっかりと楪の顔を目に焼き付けたいのに、心はままならない。
せめて笑顔で。そう思い、睡蓮は涙を流しながらも精一杯に笑顔を向けた。
「今までお世話になりました。お元気で……」
「……待ってください」
身を引こうとする睡蓮の手を、楪が掴む。
「……楪さま」




