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小狐の憎々しげな視線に、睡蓮は少し寂しさを覚えた。小狐が立ち去るのを見守っていると、不意に小狐が振り返った。
「おい、娘」
睡蓮は顔を上げ、首を傾げて小狐を見た。
「お前も共に来るか」
「えっ!?」
小狐の言葉に睡蓮は驚き、瞳をぱちぱちと瞬かせた。
「お前も分かっているだろう。その男は、ひともあやかしも、身内ですら信用しない。そんな男といても幸せにはなれないだろう。だが、わたしは違う。わたしはお前を気に入った」
すかさず楪が睡蓮の前に立つ。
「おい。どさくさに紛れてなにひとの花嫁を口説いている?」
「お前らはもう離縁しているだろうが。お前に責められるいわれはない」
「それは……」
ぴしゃりと言い返され、楪は言葉につまる。苦い顔をする楪と小狐を交互に見比べ、睡蓮は俯いた。
「そうですね……私は、楪さまとはもう他人なのでした」
悲しいけれど。
呟いた睡蓮と楪の間を、風が吹き抜けていく。
風は地面に落ちた銀杏の葉を巻き上げ、睡蓮の視界を鮮やかな黄色に染め上げた。
「娘、わたしと共に行こう。土地に縛られず、自由に生きるのだ。わたしと、ふたりで」
小狐は再び睡蓮に近付き、誘う。
「…………」
睡蓮は少しの間を空けてから、小狐を見てはっきりと告げる。
「……ごめんなさい。素敵なお誘いですが、あなたと一緒に行くことはできません」
「……なぜだ?」
「私には、どうしても忘れられないひとがいるんです」
そう言って、睡蓮は楪を見た。
「私は……もう死ぬと思っていました。だからぜんぶ、諦めてたんですけど……でも」
生きられると分かった今、睡蓮の中の楪への思いはさらに大きくなっていた。
生きることが許されるのならば、もう少し楪を想っていたい。
桔梗が楪だと知った今、さらにその思いは強くなっていった。
「……フン。つまらん」
小狐は興味は失せたとばかりに睡蓮に背を向けた。
「あっ……待って!」
再び歩き出そうとする小狐の背中に、睡蓮は呼びかける。
呼び止められた小狐は一瞬動きを止め、振り返らないまま答えた。
「なんだ?」
「……あなたの、本当の名前はなんて言うの?」
「…………幽雪だ」
幽雪はわずかに顔を睡蓮の方へ向け、言った。
「幽雪さん。ひとりぼっちだった私の話し相手になってくれてありがとう」
幽雪の耳がぴくりと動く。
「幽雪さん。あなたは――私の友達よ。あなたがそう思っていなくても、私はずっとそう思っています。……お元気で」
幽雪はなにも答えない。ただ、前を向く直前、頷くようにひとつだけ瞬きをした。
そして――幽雪はその場に仄かな煙を残し、消えた。




