20
「私があなたと契約したのは私の意思です。楪さまは関係ありません」
「……睡蓮さま」
「ですから、楪さまが心を痛める必要なんてひとつもないのです」
楪が苦しげな表情で睡蓮を見る。
「なぜ、あなたは顔も知らない男のためにそこまで……」
「……それは」
睡蓮は一瞬言葉につまる。
楪の言葉が頭の中をぐるぐる巡る。
なぜ、楪の身代わりになったのか。
考えるまでもない。
好きだったからだ。楪のことが。
睡蓮にとって、楪はすべてだった。
でも、そんなことはとても言えない。今のじぶんたちは夫婦ではないから。
黙り込んでしまった睡蓮に、楪は困った顔をする。
「……顔を上げて。そんな顔をしないでください、睡蓮さま。すべてが終わったら、ちゃんと話しましょう」
楪は妖狐へ目を向けた。
「……今はまず、奴に奪われたあなたの魂を取り返さなければ」
楪は睡蓮を背後に隠すと、氷のように冷たい眼差しを妖狐に向けた。
妖狐は口の端を上げ、不気味に笑う。綺麗な顔が不気味に歪み、びりびりと口が裂けていくようだった。
妖狐はこれまでよりさらに強い妖気を放ち始める。木々が枯れ、花は散り、色が消えていく。
「娘はわたしのものだ。この娘を奪って、これからはわたしがお前の代わりに東の土地のトップに立つ」
静かな咆哮。けれど、その低く深い声はどこまでも染み込み、臓器を直接揺さぶるようだった。
しかし、威勢を示す妖狐を前にしても、楪は怯まない。
楪は懐に手を入れると、煙管を取り出した。火をつけながら、ちらりと挑発的な視線を妖狐に向ける。
「大人しく魂を返せば、ペットとして可愛がってやらないこともないのに、残念だな」
妖狐の眉間がひくりと動いた。
「貴様……」
妖狐は鼻の頭に皺を寄せ、恐ろしい形相で楪を睨んでいる。
凄まじい目力に、睡蓮は肩を竦めた。一方で楪は、呑気に煙管を蒸かしている。
ふぅっと息を吐くたび、楪の唇から零れた銀青色の煙がみるみる灰色だった周囲を塗り替えていく。
「すごい……」
枯れていた草花が、見る間に元の色に戻っていく。どうやら、楪が吐く息の力のようだった。
一面に漂っていた死の気配は消え、代わりにみずみずしい植物たちの気配でいっぱいになる。
「ほら。もう花は息を吹き返したぞ。大した自信だったようだが、口ほどにもなかったな」
妖狐が唸る。
「小僧が生意気を語るなぁっ!!」
妖狐が飛び上がると同時に、楪は睡蓮を強く抱き寄せた。
「睡蓮さま、少しだけ我慢してくださいね」
「わっ……」
楪と身体が再び密着する。小さく震えている睡蓮に気付いたのか、楪は睡蓮に口を寄せ、優しく言った。
「大丈夫だから」
楪のたったひとことで不思議と恐怖は消え、震えが止まる。
「はい」
睡蓮は頷き、じっと楪に張り付く。




