18
楪は睡蓮を挟んで向かい側にいる薫を睨みつけている。
「あの……白蓮路さまは、なぜ……」
「あいつは白蓮路じゃありません」
「え?」
「白蓮路に化けた妖狐。あなたを騙し、魂を奪おうとした邪悪なあやかしです」
目を見開き、驚く睡蓮の前に、白い狐の姿をした化け物が現れる。
「私は……妖狐に騙されていたの?」
「現人神は魂を犠牲にだれかを救うなんてことはぜったいにしません。この取引自体、有り得ないことです」
「フン。今さら気付いたところでもう遅い」
妖狐の低い咆哮混じりの声が轟いた。
彼の体から発せられる妖気は、さらに周囲を死の色に染め上げていく。
睡蓮は困惑した。
神の力を持つとはいえ、こんな恐ろしい力がひとびとや土地を守るとは思えないからだ。
「そんな……白蓮路さまじゃないなんて」
睡蓮が呟いたその直後。
睡蓮を目掛けて、紫色の炎が飛んできた。楪が睡蓮を抱きかかえ、素早く後方に飛ぶ。しかし、炎は消えることなく、軌道を変え、睡蓮をどこまでも追いかけてくる。楪は睡蓮を抱いたまま、炎から逃げ続けた。楪の腕の中で、睡蓮は訊ねる。
「では、私が魂を差し出しても楪さまは助からないの……?」
不安げな眼差しで楪を見上げる睡蓮に、楪は優しく微笑む。
「それは大丈夫ですよ。そもそも俺が死ぬという話自体、奴の嘘ですから」
え、と睡蓮の口から戸惑いの声が漏れる。
「では……楪さまは死なないのですか?」
「死にませんよ」
「そ、そっか……よかった……」
息をつく睡蓮に、楪が苦笑する。
「わたしの炎を前に、無駄話とは」
妖狐の瞳が紫色に光る。
「死ねっ!」
再び、今度はいくつもの炎が睡蓮たちを襲い来る。
「チッ!」
楪は逃げる。が、次第に追い込まれていく。
炎がとうとう睡蓮と楪に追いつく直前、ふたりのあいだを、影が横切った。
じゃきんと刃物同士が擦れ合うような音がして、睡蓮は振り向く。
楪も足を止め、睡蓮を抱いたまま振り返った。
「遅くなりました」
そこにいたのは、両手に刀を構えた侍然とした男性。
額には、大きなひとつの角。赤い瞳は鋭く、少し開いた口からは鋭い犬歯が覗いている。
ただ目が合っただけで、息すらできなくなってしまいそうなほどの迫力。
「ご無事でしたか、楪さま、睡蓮さま」
あやかしは睡蓮と楪を見て、ひそやかな声で言う。
目が合い、睡蓮はあれ、と思った。
その面立ちと声にどこか見覚えがあったのだ。鋭いけれど、どこか優しげな目元。凛としていながらも、柔らかな声。
睡蓮はこのあやかしを知っている。
「もしかして、桃李さん……?」




