17
じぶんの知らないところで、桃李は睡蓮のために動いてくれていた。睡蓮はそのことがどうしようもなく嬉しかった。
「……あなたと過ごして、なにもかも俺が間違っていたことに気付きました。あなたが権力目当てなんかではなかったこと、あなたが心から俺のことを想ってくれていたこと……それから、俺を守るために離縁を選んでくれたことも」
睡蓮が驚いて顔を上げる。
「……私が白蓮路さまと交わした契約のことまで知っていたのですか?」
「あなたの妖気が日に日に弱っていくから、桃李に調べさせたんです。……とにかく、間に合ってよかった。まだ、あいつに最後の魂は奪われていないのですよね?」
優しい声に、睡蓮はぎこちなく頷く。
「……はい、まだ……」
「よかった」
楪は睡蓮に向き合うと、その頬を優しく撫でた。睡蓮は楪を見上げる。その頬はほんのり薄紅色に染まっていた。
「睡蓮さま。今さらだけど、これまであなたにしてきた仕打ちを謝らせてください。本当にごめんなさい」
「仕打ちだなんてそんな……」
睡蓮はぶんぶんと首を横に振る。
「楪さまは、初めから私に契約結婚であることを打ち明けてくださっていましたし、手紙だって私の自己満足です。それに、お家柄やお力のことで今までご苦労なさってきたでしょうから……周りを疑ってしまうのは仕方のないことですよ」
楪は困ったように微笑んだ。
「あなたは本当に優しいひとですね。……でも、そうだとしても、俺があなたにひどいことしたのはたしかです。しかも俺はひどいことをしている自覚すらありませんでした。この考え方は、生まれ持って俺の心に染み付いていました。女のことは利用するつもりで、側近には裏切られる覚悟で、常に裏を読むようになっていました。……でも、あなたは違った。あなたは心から優しいひとでした。なにも持たず、なにもできず、素性すらも知れない桔梗という男を優しく迎え入れてくれた」
「お、大袈裟ですよ。私の方こそ、桔梗さんにはたくさんの愛をもらいました。……その、死にたくないって、思うくらいに」
楪は苦しげな表情で睡蓮を見つめた。
「……すみません。こんなこと……いえ、あの、こんなこと言うつもりはなくて……」
口走った言葉に今さら動揺する睡蓮を、楪は堪らず抱き寄せた。
「あなたは、もう……」
「え……あ、あの、楪……さま」
突然抱き締められ、睡蓮はあわあわと慌てふためく。
「……どれだけ俺を虜にするつもりですか」
楪の言葉に、睡蓮はぽかんとした。
しばらくぽかんとしてから、我に返った睡蓮は楪を見上げる。
「あのっ……そ、それはっ」
そのときだった。
楪が羽織の袖で睡蓮の口を塞いだ。
「むっ!?」
「口を閉じて。この妖気を吸っちゃいけない」
楪がひそやかな声で言う。ふたりの周囲を、怪しげな紫色の煙が満たしていた。薫だ。
足元を見れば、鮮やかな黄色だった銀杏の葉が、濃い茶色に変色していた。
「妖狐の毒です」
――妖狐?
睡蓮は口を袖で覆ったまま、眉を寄せた。




