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「それにしても、桔梗さんはとても物知りですね」
「とんでもない。俺は、なにも知らなかった」
ふと、桔梗の顔が曇る。
「……桔梗さん?」
「俺は、あなたのことをなにひとつ知らなかった。……いや、違うな。知ろうともしてなかったんだ。人間はみんな、権力や地位にばかり固執するものだと……ただ気に入られようとしているだけだと、勝手に決めつけて……」
いつもと違う桔梗の寂しげな声に、睡蓮は首を傾げる。
「桔梗さんが私を知らないのは当然です。私たちはまだ出会ったばかりなんですから。私だって、桔梗さんのことをまだぜんぜん知りません。だけど今日は、ずいぶんと桔梗さんのことを知れた気がします」
睡蓮がにこっと人懐っこく笑う。その笑みに、桔梗は静かに息を呑んだ。
「……そう、ですね」
そのまま、桔梗は黙り込んだ。
急にふたりを包む音楽の音が大きくなったような気がした。
「……睡蓮さまは俺のこと、どう思ってますか」
「え?」
突然の問いかけに、睡蓮は戸惑う。
「……桔梗さんは、とても優しい方だと思います」
「……そうですか」
桔梗の声のトーンが、少し下がったような気がした。
なにか気に障るようなことを言っただろうか、と睡蓮はひやりとする。
「……あの、桔梗さん。すみません、私……」
謝ろうとすると、桔梗は睡蓮の声に被せるように言った。
「例えばの話ですけど。もし俺が、これからもっとあなたのことを知っていきたいと言ったら、これからもっと俺を知ってほしいと言ったら、許してくれますか」
「え……」
睡蓮は今度こそ動揺した。
桔梗は仮面に手をかけ、言葉を続ける。
「睡蓮さま、実はあなたにずっと隠していたことが……」
「すみません」
今度は睡蓮が桔梗の言葉を遮った。
「……すみません」
睡蓮だって桔梗のことをもっと知りたいけれど、それはできないのだ。
なぜなら、睡蓮に未来はないから。
沈黙が落ちた。
しばらくして、桔梗が口を開いた。
「……睡蓮さまにとって、龍桜院楪はどんなひとでしたか」
「……楪さま、ですか?」
睡蓮はしばらく黙り込んでから、
「……楪さまは、妹が生まれてから居場所を失っていた私を初めて必要としてくれたひとです。それだけじゃなくて……初恋のひとでもありました。私は楪さまに、とても感謝しています」
「居場所って……でも、それはただのあちらの都合でしょう」
「……だとしても、嬉しかったから。これから先も、楪さまが元気でいてくれれば、私はそれだけでじゅうぶんなんです」
「…………」
曇りのない眼差しの睡蓮に、桔梗はそれ以上なにも言えなくなった。




