10
からん、と軽やかな鈴の音とともに、睡蓮は店内に足を踏み入れる。
喫茶店の店内は少し薄暗く、レコードプレーヤーからはほのかな音量のクラシックが流れている。
店に入ってすぐ、睡蓮は足を止めた。店内の客たちはみんな見慣れぬ格好をしている。
胸元がざっくり空いた不思議な柄の着物だった。腰がきゅっとしていて、腰から下がふわりと、まるで大福のようにふくらんでいる。さらにひらひらした布があちこちに付いていて、まるで魚の鰭のよう、と睡蓮は思った。
今はあのような着物が主流なのだろうか。そういえば、街でも数人あのような格好の若者を見かけた。
佇んだまままじまじと観察していると、となりで桔梗が苦笑した。
「あれは北の都の者たちでしょう。北はああいった着物を好んで着るんですよ」
「そうなんですね……初めて見るお着物です」
「南や西のひとたちもまた、あれとは違う変わったものを好んで着ているみたいですよ」
「そうなんですか?」
「南は壺装束という着物が主流ですね。西はたしか、チャイナドレスという身体のラインが出る衣装だったような気が。まぁ、それぞれの土地を守る現人神が好んで着ているものを、街のひとたちも着るみたいですね。いつだって、お洒落の最先端は現人神のようです」
「なるほど。桔梗さん、各地のことにすごく詳しいんですね……」
「実は以前、各地を旅したことがあるので」
「えっ! それは……」
気になって振り向くと、桔梗はにこりと笑って話を変えた。
「さて、いつまでも立っていると邪魔になります。睡蓮さま、あの席にしましょう」
「あ……はい」
ふたりは窓際の席に座ると、渡されたメニューを見た。
「睡蓮さま、珈琲は飲めますか?」
「こー……ひぃ、とは?」
聞きなれない単語に睡蓮は首を傾げた。桔梗が優しく説明する。
「異国の飲み物なんですが、最近こちらにも流通するようになりまして。香りが素晴らしく良くて、とても美味しいんですよ」
「へぇ。じゃあ私、それを飲んでみたいです」と睡蓮が答えると、桔梗はカウンターの奥にいたマスターを呼んだ。
「珈琲をふたつ。それから、チョコレートを」
「かしこまりました」




