(009) 『あーにゃん オン ステージ!』
本来なら、客席からファンの歓声が起こるところだが、たった3人(白竜含む)の観客は呆気にとられた顔で彼女を見つめていた。
「それでは、聴いてください!」
「『Black Heart White Sun』」
アーネスが目を閉じると、どこからともなく楽器の演奏が聞こえてくる。それは月見坂88の4thシングルにあたる楽曲。
魔法による壮大な音源再生。自然界の理霊元素を使って音を作り、無理やりJPOPを鳴らすという豪腕。
スカートの裾を振り、優しく優雅なダンスを踊るアーネス。
イントロが終わると、目をパッチリと開き、眩しい笑顔で歌い出した。
――ねぇ、これから始まる私達の物語――
――どんな展開になるのかな――
――人を誘惑するモンスターがいて――
――君がまんまと虜になっちゃうピンチ――
――私は嫉妬深い性格で――
――怒っちゃうかもしれないな――
――Black Heart White Sun――
――この心に光照らして――
――君の魔法で塗り替えてみて――
――君とずっとこの世界で生きていきたいから――
――何があっても君を信じるから――
――そばにいて――
輝きの中、アーネスは歌い舞う。その姿はまさしくアイドル。
(アタシの体、こんな風に動けるものなの? 踊りなんて、真似事でも全然ダメだったのに……)
頭の中に振付の情報が流れ込み、その通りに手足が動く。
とはいえ、それは、成長した体がダンスに対応できるコンディションだということ。
(知らない歌が喉から生まれてくるのも、すごく気持ちいい! 歌うって……こんなに気持ちいいことだったんだ。上がるぅ!)
本人も気付いてはいないが、その歌声には、人に聞き取れない音がひとつ溶け込んでいた。
それは、魔力が音波として出力された情報。
そこに書き込まれているのは、これまでアーネスが育んできた感情が圧縮されたもの。
今、魔装転凛したアーネスは、潜在魔力を100%引き出せており、この歌魔法が観客に与える効果は絶大だった。
「うっ……胸が苦しいですわ…………涙が……止まりません……っ!」
胸をギュッと押さえながら、ユーオリアはボロボロと涙を溢れさせていた。
が、その表情は、最高に嬉しくなるプレゼントを貰った時のような笑顔だった。
(アタシを見る人が笑顔なの……嬉しい! もっと……もっと、アタシを見て!)
歌うアーネスの笑顔も、人生すべてに感謝するように弾ける。
それを照らし出すライトアップ。水蒸気スモーク。
陽司が転生前に見てきたものとは比較にもならないシンプルさ。
それもそのはず、魔法初心者が自己流で出したステージ演出なのであり。
だが、それは、ユーオリア達にとっては衝撃的な視覚情報だった。
「綺麗……まるで天使が舞っているようですわ……」
「な、何なのだ、この歌は……私はなぜ、涙している?」
「キュウ~……!」
そんな3人の観客とは少し離れた裏方の位置から、ワンコは光の爪を振り、すべての魔法を制御していた。
本来なら、ライブを統括する監督の仕事だが、あくまで一オタクとしてブレードを振り、推しを支えるスタイル。彼の矜持の表れだった。
「ありがとうございました!」
曲が終わり、アーネスは息を切らしながら頭を下げる。
ユーオリア、ウルクス、果てはフェルオースまでもが拍手で讃えた。
「アーネスさん……なのですよね? とても綺麗になって……それでいて可愛くて。こんなの……非魔法学的ですわっ!」
「黒魔女の幻覚魔法による精神攻撃……そう思っているのに、このウルクス、あらがえん! アーネス、いや、あーにゃん……応援せねば!」
「キュキュウ~~~ッ!」
初ライブの証人となったそんな観客達に……ヨウジは高々とペンラを掲げ、声をかけた。
「君らの胸の中に生まれたその気持ちは……『推しごと』へのヤル気。推しが尊い、推したいという気持ち。君達はもう立派なファン……『オタク』だ!」
「オタク……よくわからないですけど、なんだかしっくり来る言葉ですわ」
今まで陽司が避けてきたファン同士の交流や共感。
今、それをあらためて感じ、ヨウジはこの世界でやるべきことを再確認する。
(アーネスが、この国でトップアイドルになるのを見届ける。人々に忌み嫌われる黒魔女が、逆に、希望を与え愛される存在になるんだ。まずは、このファン第2号~第4号にファンサを……)
「ハッ…………あ? え……ひッ!」
「!? アーネス!?」
突然、アーネスは我に返ったような顔になり、ステージ上で倒れた。
亀のように縮こまりブルブル震える彼女に、ヨウジは慌てて駆け寄る。
「ど、どうした!? まさか無茶な魔法で、体に影響が……!?」
「はッ……はッ…………………………恥ずかしいッ!」
ヨウジの魔法通り、操り人形のように歌い踊らされていたアーネス。
パフォーマンスしている最中は表現する喜びも湧き上がっていたが、魔法の効果が緩んだ瞬間、まとめて羞恥心が襲いかかってきた。
「ビックリした……何だ、よかった」
「よくないわよ! てゆーか、体もあちこち痛いんだけど!? 他人の体を何だと思ってるのよ!」
「トレーニング不足だな。『可愛けりゃなれる』と思ってる人もいるけど、アイドルというのは、テレビだけで見てるだけじゃわからない体作りとか陰の努力が……」
「??? ちょっと! わけわかんないことばっか言ってないでよ!」
アーネスが駄々をこねるのを呆然と見ていたユーオリアだったが、そこでハッと我に返る。
「わたくしが見ていたのは……幻覚魔法? いえ……」
恐る恐るという表情で、アーネスに近付く。
いい意味でも悪い意味でも、近付きがたいオーラを感じていた。
「アーネスさん……まさか、時を操作するような超高等魔法まで使えるのですか?」
「そ……そうよ! アタシ、アンタ達とは違う規格外の魔法があるのよ! これ以上つきまとうなら――」
啖呵を切っていたアーネスが、まるで一時停止ボタンを押されたかのように一瞬止まり、すぐまた動き出す。
「一生、アタシを推したくなる魔法かけちゃいますからね☆ これからも、よろしくお願いしまーす!」
突然ウインク&リップサービスしだすアーネスに、目を白黒させるユーオリア。
ヨウジが再び魔法を動かし、アイドルムーブを実行させていたのだった。
「アイドルにとって、ファンは何よりも大切な存在。その気持ちを100%にできないアイドルもいるだろうけど、それを見せないようにすることが義務だ。まずは、そういう基本の精神を身につけてもらわないとな……」
「え……ワンちゃんさん? 今、何とおっしゃいました?」
「おっと……いや、俺はしがない一ファン。君達が新規ファンとして続いてくれたら嬉しい、とね」
「そ、そんな言葉でしたかしら?」
なんとか誤魔化そうとしていると、またアーネスへの魔法効果が緩む。
またもや思ってもいないセリフを言わされ、アーネスは爆発寸前だった。




