(005) 『かわいくないのですけどぉぉぉぉぉッ!!』
「行くわよ、一番手っ取り早いやつ! 使い魔ヨウジに眠る命の力よ……アタシの声に応え、その息吹を聴かせよ! 『本領覚醒』!!」
「うぐッ?」
陽司の心の準備もそこそこに、アーネスは魔力を彼の体に送り込む。
小さなワンコの体の中で何かが弾けた。
「ぐぅゥ……ウウウッ!」
首輪についた錠前がバキンと音を立て弾け飛ぶ。描かれていた魔法陣だけが巨大化し、それもまたガラスのように砕け散る。
マスコットキャラのようだったヨウジの体がグングン巨大化し、いかにも狼という荒々しいフォルムへ。
「グオオォ――――――――ン!!」
象ほどもありそうな体躯の黒狼が威嚇するように一度吠えた。
急激に自分の中から溢れ出したパワーに、ヨウジは自然と猛獣らしい咆哮ができていた。
黄玉色の澄んだ眼光、鋭い牙と爪。
砕け散った魔法陣は再構成され、まるで首輪代わりのごとくリング状に光る。
先程までの可愛らしさは微塵もない、臨戦態勢の巨獣がアーネスを守るように立つ。
(目線……高ッ? 俺、デカくなったのか。使い魔としての戦闘用フォームってこと?)
自分の前脚をまじまじと見るベタな反応をしたあと、後ろ脚2本で立ってみたり、伸びをしてみたり、ドンドンと軽くジャンプしてみたり。
やはり冷静に対応できてしまうヨウジは、自分の体術をどう落とし込むか考えていた。
「やっぱ四つ足の方が動きやすいようになってるんだな。慣れれば、やれそうだ」
「は、はは……ほら、だから言ったじゃない! アタシが喚んだのは、すんごい使い魔のはずなんだから!」
アーネスが当初予定していた進行に近づいた現状。
ホッとしながらも、自分を落ち着かせるようにひとつ深呼吸する。
(とはいえ……正直、思ったより大きくて、ちょっと怖いわ! アタシに服従もしてないみたいだし、大丈夫かしら……)
一方、白魔女ユーオリアは、ちっこかわいい犬っころの突然の変身に、表情を変えず微動だにしていなかった。が――
(か…………かわいくないのですけどぉぉぉぉぉッ!!)
心の中で、魂の叫びが響き渡る。
(可愛くなくなった上に……なんて威圧感! 圧倒されて体が動かない! こんな強い魔力……七神竜クラスを上回る? アーネスさんはあの幼さで、すでにお父様と同等の魔法使いということ? そんなの……非魔法学的ですわっ!)
「す、少しはいい勝負ができそうですわね。それでも、フェルオースさんにはかなわないでしょうけど!」
白竜よりひと回り小さい黒狼だが、その膨大な魔力量は、魔法使用者なら肌で感じ取れていた。
アーネスはユーオリアに向き直り、ニヤリ口角を上げた。
「ユーオリア、今日もアンタの負けよ。白黒つけてやる!」
自信満々の笑顔になるアーネス。
対するユーオリアはあくまで表情を崩さず、脳内でグルグルと後の試合展開イメージを組み直す。
(天聖火竜の召喚に成功したのですもの、負けたりしませんわ。ですが、この召喚霊2体がぶつかれば……)
「フェルオースさん! まず村の外……森の中へ!」
ユーオリアが叫ぶと、白竜はフワリと浮くような低空飛行で森の中へ。
「フフン、慌てない慌てない。ヨウジ! ちょっとジッとしててね」
アーネスは魔法陣に手をかざし、ひと回り小さな魔法陣を重ねがけ。
それを黒狼に向け、人差し指で飛ばすようにジェスチャーすると、金色のたてがみがボワンと輝き逆立つ。
手元の魔法陣を、まるでゲームのコントローラーかのように操作する。と、アンテナ代わりなのか、たてがみが『接続OK』とばかりに光のサインを返す。
陽司は、その指示が頭ではなく体全体に聞こえているようだった。
声に出すよりも早く、魔力の同期で情報伝達する術は、アーネスの得意とする召喚霊操作法だ。
「ふむ、なるほど…………なッ!!」
黒狼は地を蹴り、白竜を追走する。
カウンターで合わせようと白竜は振り向き、爪を差し出す。
その瞬間、目の前で黒狼の姿が揺らめき消える。
目で追えないほどの速さで身を伏せ、攻撃の下に滑り込んだ黒狼は、その勢いのまま地面をガリガリと削りながら縦回転。丸ノコでアッパーカットするかのように敵の腹をえぐった。
「キュオオオオッ!!」
たまらず吹き飛ぶ白竜。
ドズンと爆音を上げ倒れ込んだのは、一所懸命走って移動してきたユーオリアのすぐ目の前だった。
「ひぃいッ!!」
うっかり悲鳴を上げてしまい、咄嗟に自分の口をふさぐ。
「フェ、フェルオースさん! 高く飛んでください! 空から遠距離攻撃主体で戦うのです!」
白竜はその指示を受け、一気に上空へ。
そこから、地上の黒狼に狙いを定める。
「キュアッ!!」
口から炎が絡みついた光線が放たれる。
その瞬間、アーネスは魔力の同期で指示を飛ばしていた。
『ヨウジ、土盾!』
『魔法の使い方なんてわかんないぞ』
『今はアタシの魔法をアンタが使うの! いいから浮かんだ通りにして!』
その間、0.03秒。
実際にはこんな会話ではなく、ひとりの人間が瞬時に判断するのと同じような、無駄のない通信が行われていた。
「フウッ!!」
光線が目の前に迫る中、黒狼は前脚に息を吹きかけ、すかさず大地を踏みしめる。
黒光りする魔法陣がスタンプされ、激しい縦揺れとともに、巨大な土くれの盾が地中から飛び出す。
盾は光線を正面から受け、攻防一体、その勢いで光線を押し返しながら上空の敵を突き上げた。
「クオオッ!」
白竜は上空から落下し、再びユーオリアのすぐそばで轟音を上げた。
「ひゃああッ!! こ、こんな……こんなはずは……」
実は、フェルオースを実戦で召喚するのは初めてだったユーオリア。
理霊元素の環境が整った場でのテストは成功していたが、実際に使用する場の自然環境に合わせて配合を微調整しなければ成功しない難易度の高い召喚だった。
その切り札が、まるで稽古をつけられているかのように転がされ、目を回している。
『天聖竜クラスが召喚できさえすれば先手必勝』と甘めに考えていたユーオリアだが、すでに勝てるビジョンが見えなくなっていた。
「アーネスさん! 今日のところは引き分けということに……キャアッ!?」
ユーオリアの目の前に、黒狼が軽やかに着地する。
もちろん、軽やかなのは所作だけ。ズシンと地が響き、ユーオリアはその場にへたり込む。
「ひッ……す、すみません! まいりました! わたくしの負けですわ!」
「………………」
いつからか、アーネスは虚ろな目でその光景を見つめていた。
敗北宣言は彼女に届いておらず、ユーオリアの顔からさらに血の気が引いていく。
「た……たすけて……!」
絶望顔のお嬢様を見下ろす黒狼。
(何だ……俺、眠いのか? さっきまで感じていたアーネスからの通信は途絶えて……代わりに、違うチャンネルの電波が流れてくるような感覚……が……)
彼の意識もまた、アーネスと連動するように朧気になっていた。