(004) 『白魔女ユーオリア』
「な、何だ? あの女が魔法を使ったら、何もない所に家が……」
「いや、あの家、木こりのじーさんが死んで空き家になってた…………あれ? どうして忘れてたんだ?」
かすかに雷雲が唸る不穏な曇り空の下、突然の爆発音に村人が騒ぎ出す。
魔法を撃ったら、忘れられた空き家が現れ、その壁に穴が開いた。
そう見えるのも当然、この家は魔法結界が張られ、存在を認識できなくなっていたのだった。
「あの子、黒魔女アーネスじゃない! この村から出て行ったはずでしょう?」
穴から出てきたアーネスに、村人達はどよめく。
もちろん、久しぶりに顔を見て歓迎するような声ではない。
そんな村人達とはひと味違う、高貴な存在がアーネスの前に立っていた。
「アーネスさん、お久しぶり。まさか最初にお会いした村へ戻っていたとは……盲点でしたわ」
「ユーオリア……」
ユーオリアと呼ばれた銀髪碧眼の来訪者は、白のドレスにかかる砂埃を払いながら不敵な笑みを浮かべる。
高価そうなアクセサリー類、気品ある立ち居振る舞い。服装こそ、お堅いわけでなく露出アピールある華やかなものではあるが、それは本人の趣味であった。
「ファイネル家のお嬢様じゃねえか。以前にも『アーネスを連れてく』っつって、孤児院で召喚霊を出して大騒ぎした……」
ユーオリア・ファイネルは、お嬢様であり、白魔法使いである。
炭鉱を持つ集落の領主から始まり、画期的な携帯燃料の開発で一代にして豪商の地位を築いた商人コアズ・ファイネルの第2子。
商才だけでなく白魔法使いとしても一流な父の才能を、ユーオリアは当然のように受け継いでいた。
人々に忌避される黒魔女と交わるはずのない光り輝く人生を歩む彼女だが、2年前、孤児院にいたアーネスを引き取るという目的でこの村に来てから、その身柄を追い続けている。
「そろそろ逃げ回るのも飽きませんか? おとなしく、わたくしに従えばよいのです」
「そっちこそ飽きて欲しいんだけど? これだけ拒絶してるのに、しつこく探ってきて!」
短い手足を不便に感じつつ外に出てきたワンコ陽司も、村人と同じく、ふたりの魔法使いが生み出す険悪な雰囲気にゴクリ息を呑む。
「あれは……アーネスと対極の存在、白魔女ってことになるのか?」
10mほど離れた所に立つユーオリアの、香水の匂いが鼻をつく。
陽司はこの時も『さすがに香水利かせすぎだろ』としか思っていなかったが、彼女はそこまで非常識な香り付けをしているわけではない。
「今日こそは、わたくしの勝ち。家に来ていただき、あなたという存在をキッチリ管理させていただきますわ」
「毎回そう言うけど……どうして1回負けたらアンタの言うこと聞かなきゃいけないの? 今まで何度もアタシが勝ってるんだけど!」
「ですから、あなたが勝った時は『ファイネル家で管理される権利を差し上げます』と、何度も申し上げているではないですか」
「だから、それが『隠す気のない詐欺』だって言ってるんだよ!! うん!!!」
地団駄を踏むアーネス。涼しい顔のユーオリア。何もかも対照的な白黒のふたり。
先程アーネスに聞いていた世情と合わせ、なんとなく察する陽司だが、あまりにもテンプレ高飛車お嬢丸出しなそのノリに戸惑う。
(聞く限り、アーネスを従わせようとやって来るけど、毎回撃退される……と。確かに、黒魔女が不当な扱いを受けている図式のようだけど……何かおかしい)
「誰もが関わらないように避ける黒魔女を、自分の家へ連れて行って管理しようとする……ものか?」
「ん……あら、その可愛らしいワンちゃんが今回の召喚霊ですか? フフフッ、とてもお強そう……こちらも全力でお相手しますわ」
攻撃が届きそうにない短手短足のワンコを見つけ、ユーオリアはすぐさま白い魔本を開く。
「こ、この子はまだ戦闘用じゃ……ちょっと待ちなさいよ! 卑怯!!」
「卑怯だなんて……心外ですわ。あなたの強さを認め、こうして全力で対応しているというのに……」
開いた本の上に指で魔法陣を描き、召喚魔法の準備を始めるユーオリア。
その顔は、あくまで冷静。だが、その脳内では――
(アーネスさんでも失敗することがあるのね! あの額の金色の輪っか印……まさか、おとぎ話の『黒陽の魔狼ガルガモート』を喚ぼうとした失敗作? もし召喚できたとして……あんなに可愛いわけないものね?)
あらためて、ワンコをジッと見つめる。ユーオリアの顔が一瞬、にへっと緩んだ。
(あんな可愛い子が危険なわけないわ! 何なのかしら、あの可愛らしいおめめ、短い手足、柔らかそうな毛並み……ああっ、モフモフしたいわ!)
どうでもいいことだが、彼女は自室に特注で作らせたぬいぐるみを所狭しと飾る、可愛いものに目がない系女子だった。
(あんな可愛い子をやっつけるなんて心が痛むけど……もう時間はない。しかたないのです。いえ、ちょっと脅かせば、きっと負けを認めてくれるはず……!)
対するアーネスは、ユーオリア相手に初めて分の悪さを感じていた。
「クッ……マズいわね。転生召喚なんて大技やった後だし、今すぐに大きな魔法は……」
アーネスはジッとワンコの顔を見つめる。
「え……ま、まさか俺に戦えって? さすがに、この手足で戦うとか……ムリかなって」
「アンタしかいないのよ! 使い魔として働いてくれないと!」
異世界に転生して早速、魔法バトルを見られるかも……と少しワクワクしていた陽司だったが、まさかの展開に焦りの表情を見せる。
そんな内輪もめを見て、ユーオリアはますます余裕の優雅な所作で、魔法陣の中心にブルークリスタルロッドをセットした。
「ユーオリア・ファイネルが理を示す! この命力を素とし、指した理霊の役割は書き換えられ、わたくしの望む器を象る。器を使うは、記す座標に生きる異界の者。その名を呼べば、依り代に魂を映し、ひととき、わたくしの剣となる!」
白の魔本が宙に浮き、ユーオリアはロッドと手のひらを魔法陣にかざす。と、左右からそれぞれ赤と白の魔力が放出される。
必要魔力がチャージされ、一層強く輝いたかと思うと、魔法陣は一気に何十倍もの面積となった。
「顕現せよ!! 天聖火竜フェルオース!!!」
キィンと金属音が鳴り響き、巨大な魔法陣から現れたのは、炎ゆらめく光輪を冠した白銀の竜。
ユーオリアが全魔力を使うことで召喚可能な現在最高位の召喚霊だ。
「…………デカッ!」
(親父殿がいつも俺達に自慢してたマイホームをボディプレス一発で押し潰しそうなデカさ。シルバーという色も、なんだかランクの高さを表してるかのようじゃないか。あんなのと戦えって? どないせえっちゅーねん!!)
2年前より大きな召喚霊が現れ、村人達は悲鳴を上げながら距離をとる。
当時は腕も未熟で、召喚霊を制御しきれなかったユーオリアだが、魔力の絶対量も、召喚霊の扱いも、格段に向上しているという自負があった。
「ハァ……ハァ……せ、成功ですわ! どうですか、アーネスさん! まいったするなら今ですわよ!?」
「……まいったなんて言うもんか!」
黒の魔本を握り直し、アーネスは陽司に向き直る。
「ワンコ、アンタ名前は?」
「よ、陽司……」
「効果を上げるためにも名前は重要だからね。行くよ、ヨウジ!」
「待った! 見たらわかるだろ? ムリだっての!」
「強化魔法をかければ、それをキッカケに真の力が解放されるかもしれないわ。まぁ、そんなに上位のは無理だけど……」
(コレ、結局また『死が目前』ってことじゃないのか? 死ぬくらいなら……逃げるか? 本来、アーネスに服従する設定だったらしいが、どうもそこは実現してないらしいし。いや、でも……)
そもそも、その体躯で逃げ切れるのか、というのは置いておいて。
命を天秤にかける状況でも、陽司は『逃避』を選ぶことをためらっていた。
(偽善者ぶるつもりなんてないけど……逃げるってことは、幼い女の子を見捨てるということ。曲がりなりにも使い魔として転生し、少なくとも今、俺は当てにされてる。その期待を裏切るのは……イヤだな)
「……やるか。もしかしたら、攻撃力が低い代わりに生命力はケタ違いにヤバくて、簡単には死なないかもしれない。よし、それで行こう」
自分にそう言い聞かせ、ヨウジはひとつ頷いた。
心の底でひとこと『決して、よぞぎみに似てるからほだされたわけじゃない。自分の意志だぞ』と添えて。