(028) 『使い魔失格だわ!』
アーネスが自分のめんどくささに辟易しているところへ、ヨウジが紙包みを持って戻って来た。
「おまたせ。はい、熱いから落とさないようにな」
「……子供扱いしないで」
それを受け取るなり、プイとそっぽ向くアーネス。
つい意地を張ってしまう自分に腹が立つ。
(反省したっぽかったのに……アタシは何なの!? ほんと、自分がわかんない!)
ヨウジに対するイライラと自分に対するイライラが融合しだし、アーネスはドツボに填まっていた。
そんな複雑な想いを振り払うように、包みの中のドライフルーツケーキを勢いよくパクつく。
アーネスの動きがピタッと止まった。
「おいしい……!」
村では食べたことのない洗練されたオシャレな味が脳内で咲き、彼女の希望通り、イヤな気持ちが少し紛れる。
ハチミツが練り込まれたケーキ生地に、絶妙バランスで散りばめられたオレンジ系とベリー系のドライフルーツ。
焼きたてなため、外側はサクッと食感、中ではフルーツとハチミツがトロッと溶け出す、なかなかの絶品スイーツ。
元々、甘味好きなアーネスはお菓子方面で一層、村と王都の味に対する意識の違いを感じていた。
「うん、これは確かにおいしいな。お中元で貰うようなデパートの高級焼き菓子に負けてない」
「こんなの初めて……。やっぱり王都では、お菓子作りも進んでるのね」
アーネスの機嫌がよくなり、ホッとするヨウジ。
だが、どうして機嫌が悪くなったのか理解できないことには――
「お菓子をおいしそうに食べるアーネスも可愛いな。CMとかロケ番組も行けそうだ」
「もーう……ぽんぽん『可愛い』って言わないでよ。慣れないんだから……」
ヨウジの悪いクセは全開で、自分の想定したテレビ&ネット番組から、ふとアイディアを膨らませてしまう。
「待てよ……魔法は科学みたいなもの。映像を送るシステムも可能なんじゃないか? その時のため、食レポとかバラエティ力も必要だな。ガチ優秀なコメントで行くか、いじられるような面白いひとことやリアクションで行くか……」
「ちょっと……わけわかんないことばっか言ってないで、味を楽しみなさいよ」
「いや、アーネスは素直な感情表現をしててくれたらいいんだ。どこを伸ばしていくか、戦略を考えるのは俺の役目で……」
さっき直ったばかりのアーネスの機嫌が爆発四散。
いや、正確には一時的に紛らわせていただけだったので、自然な成り行きか。
「アンタは……ほんっとアイドルのことばっかりよね!」
「まぁ、それは否定しない。元々それだけが生き甲斐だったからなぁ」
「だから、悪かったわよ! その人生を終わらせて!」
こみ上げる涙を必死に堪え、アーネスは新しいスカートの裾をチリチリと指でこね回す。
ヨウジもアーネスの不満がまったく解らないわけではないが、だからといって、どうすればいいのか考えられるわけでもなく。
「アタシのこと、アイドルとしてしか見てないじゃない! アタシという人間を見てないのよ!」
「そ、そんなことないって! 見てるからこそ、のアイドル戦略なんだし……」
「それが違うっていうの! アタシのためって言いながら、気持ちを考えてはないのよ!」
「じゃあ、どういう気持ちなのか教えてくれよ」
「ご主人様のことなんだから、察しなさいよ! アンタなんか……使い魔失格だわ!」
感情のままに立ち上がり、アーネスは走り出す。不意を突かれ、ヨウジは遅れて後を追う。
「アーネス、待って! 危ないぞ!」
アーネスは全力で商店街に向かい走るが、ヨウジの脚力なら簡単に追いつく程度のハンデ。
あっという間に距離は近づき、ヨウジは『まるでドラマのワンシーンを撮ってるみたいだ』と思いつつ、アーネスの腕に手を伸ばした。
「アーネ……すあッ!?」
その瞬間、アーネスの体が浮き上がり、ヨウジの手は空を切った。
人混みの中、アーネスは魔法で体を浮かせ、暗い色に染まった空へ飛び去ってしまう。
「アーネス……。いや、オジサンに『JCの気持ちわかれ』なんて、酷だって……」
* *
飲み屋街の裏手、路地裏の暗がりにアーネスは着地し、ゴミ捨て場の横にしゃがみ込む。
ゴミを漁っていた黒猫が、警戒して一度離れるが、そろそろと忍び足で戻ってきた。
(ヨウジの鼻なら……きっと、すぐ来るわよね。いや、人間態だと時間かかるかな)
手に持ったままだったフルーツケーキの残りを頬張り、黒猫と一緒にモグモグ。
「なんか……あんまりおいしく感じない……」
いつの間にか、大粒の涙がポロポロとこぼれていた。
「見つけたら……思いっきり叱ってくれるかな」
(なに言ってるんだろ……アタシがご主人様なのに。アーネスが求めてたのは何なの? お兄ちゃんでも欲しかったの?)
自分に問いかける。が、それに対する答えはなかった。
(転生させちゃったのは申し訳ないけど……ヨウジが来てくれて、ほんとによかった。アタシにはヨウジが必要……)
昨日からずっと、同じようなことを何度も考えていた。
予想していたのとはまるで違う使い魔。
だが、あんな特殊なアイドル馬鹿だったからこそ、アーネスの心は一日にしてすっかり変わったのだ。
(でも……ヨウジにとってのアーネスは、アイドルにならなきゃ意味のない女なのかもしれない。ヨウジの中の……『ヨゾラ』って女に勝てなきゃ、アタシはやっぱり要らない子?)
不安になったアーネスが立ち上がると、黒猫がまた少し距離をとる。
表通りを覗き見て、ヨウジの顔を探す。知らないオヤジの顔ばかりで、さらに不安が増大する。
「もしかして……捜しに来てもくれないんじゃ?」
しばし葛藤した後、意を決して裏路地から出ようとした。その時――
「『封霧』」
突然、背後から声がして、アーネスは黒い霧に包まれた。
「んう……ッ!?」
黒い霧は、アーネスの口に黒いテープを貼るかのように変化し、その声を封じる。
その瞬間、店の裏口から数人の男が現れ、アーネスに同じく黒い霧の魔法をかけた。
(魔法封じ……何、こいつら!? たまたまここに降りてきたのに、アタシを狙ってた?)
物理的に声を、ただでさえ回復し切れていない魔力を封じられ、アーネスは普通の女の子として男達に囲まれる。
(ヨウジ! ほんとに来てくれないの!?)
ろくな抵抗もできず、男達に抱え上げられ、アーネスは店の中へ連れ込まれてしまう。
裏路地には、誰も居なくなる。
避難していた黒猫だけが戻ってきて『やっと邪魔な人間がいなくなった』とばかりに伸びをした。




