(021) 『俺はぬいぐるみ……』
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「ん~…………さすがに疲れてる、か」
風呂にも入り、寝る準備をして自分の部屋へ帰ってきたヨウジ。
大変な一日の疲れを落とし、物理的にも体を綺麗に洗い、体臭が薄くなったことで殊の外テンションが下がっていた。
(考えてみれば、一日準備して夜ライブ行って……そこから転生召喚、あれだけのてんやわんや。とっくにぶっ倒れててもおかしくない。やっぱ人間を超えた体力で生まれ変わってるってことなんだな)
ヨウジ本人、まだ魔力に関する知識も少ないため、この程度の認識。
だが、こちらの世界の常識に照らし合わせても、今日一日、彼が発揮したパフォーマンスはケタ外れのエネルギー消費量だった。
それだけのポテンシャルがある存在。とはいえ、それはアーネスという主電源が重要であり、アーネスと長い期間離れられないということでもある。
そこはそれ、あくまで『アーネスの、使い魔』なのだった。
「アイドル文化の定着……黒魔女アーネスの売り込み……何とかなるのかなぁ」
壮大な野望をぼんやりと巡らせながら、瞼を閉じる。と……ドアをノックする音がヨウジの意識を引き戻す。
「は、はい?」
ドアが開き、中に入ってきたのは――ネグリジェ風の寝間着に着替えたアーネスだった。
「どうした? 何かあった?」
「…………使い魔に命令なんだけど」
目を逸らしながら、アーネスは続く言葉を絞り出す。
「命令よ。アタシと一緒に寝なさい、うん」
「え、いや、ダメだって! そういう誤解を生むことがないように、部屋を分けられたんだろ?」
何の変哲もない教科書通りの返しに、アーネスは頬を膨らませる。
「もーう! なんでアンタは、アタシの言うこと聞かないのよ!」
「そんなこと言われても……それはそっちの設定ミスなんじゃないのか?」
(困った……やっぱまだまだ子供だもんな。しかし、ここは厳しく……)
「ここ数年、ひとりで生きてきたんだろ。ひとりで寝られるよな?」
「周りに他人がいるのよ? 誰か襲ってきた時、護衛するのはアンタの仕事でしょ!」
(うーん……人を信用できないのは当然だろうし、使い魔としての仕事なのも納得はする。初日だし……今日だけ言うこと聞いてやるか?)
「わかった……とりあえず、今日だけだぞ。俺は床で寝るから……」
「……一緒にベッドで寝てよ!」
「ダメに決まってるだろ!」
『推しとオタクの関係だから』『まだ子供だから』で防御していたはずだったヨウジだが、隙を突かれて不意に女を感じてしまう。
「えーと……そ、そう! ご主人様と使い魔が同じベッドで寝るのはおかしいだろ?」
「じゃあ……これなら問題ないでしょ!」
あらかじめ作ってあったこよりで、ヨウジの鼻をくすぐる。
一瞬で、初期状態のワンコフォームに逆戻り。
瞬きする間にヨウジの眼前にはアーネスの脚があった。
「いや、この姿だろうと使い魔は使い魔……うわっ!?」
やにわにワンコをぬいぐるみ扱いで抱きしめ、アーネスはベッドに潜り込む。
後ろからガッチリとホールドされ、ヨウジの背中に少女の胸とおなかが押しつけられる。
(待て待て待て、これは推しとオタクで起こるはずのないイベントだ。自分のことを好きにならないから、俺はアイドルを好きになるのであって……!)
対応不可の事態にヨウジの頭はショート寸前。四肢も固まり、まさしくぬいぐるみ状態になっていた。
(やっぱり、惚れられて積極的になってるのか? 確かに、やべー女ではあるし、警戒してたけど……自分の使い魔なんだぞ? そんなわけなくない?)
固まったまま、ヨウジが答えの出ない思考をグルグル巡らせていると――
背中から、スースーとアーネスの安らかな寝息が聞こえてきた。
(う…………詰んだ)
観念して、とにかく起こさないように動きを止める。と同時に、ヨウジは半分ホッとする。
(寝返り打った時にでも脱出できるだろう…………ん?)
「ふ…………や……ぐすっ……」
悪夢でも見始めたのか、アーネスは涙ぐむように声を漏らし、体を震わせていた。
(壮絶な生き方をしてても、まだ13歳の女の子なんだよな……)
日中、自分に素直な気持ちを聞かせてくれたことを思い出す。
今までの彼女の孤独を、自分を必要としてくれたことを、あらためて受け止め、ヨウジも涙を堪えきれなくなる。
(幸せに……しないとな。今日だけでも、アーネスの人生的にはだいぶいい方向に向かっただろうし。ユーオリア嬢の功績も大きいけど……俺も頑張った、よな)
段々と落ち着きを取り戻したヨウジは、あらためて、石鹸の香りが自分の鼻に主張してくることに気付く。
(アイドルとしても身だしなみは大事だけど……本人の体臭が感じられた初期状態の方が、人間らしくてイイ匂いだったな……)
少しずつ眠気を感じながら、ぼんやりそんなことを考えていたヨウジ。
しばらくして、ハッとする。
(俺……何を考えてる? 変態ド真ん中じゃねーか!?)
元々、ニオイフェチの自覚などなかった自分が、ナチュラルにそんなことを考えていることに驚く。
転生してから今まで、その感覚が自然すぎて、まったく気付いていなかったのだ。
(ああ、そうか……俺、嗅覚がイヌ科になってるのか。性能も……好みも……)
気付いてしまうと、綺麗に洗われて石鹸の香りだけになったはずのアーネスの、奥にある体臭も嗅ぎとれることがわかる。
そして、愛犬が主人の手足をベロベロ舐める理由が、なんとなくわかってくる。
(みんな、ご主人様の味や臭いが好きなんだろうな。で、俺も……飼い犬みたいなもの……ってこと?)
「ん…………うぅん……」
不意に色っぽい寝息を立て、アーネスは手を離すどころか、ワンコをギュウと抱きしめ直す。
ヨウジは、どんどん余計なことを考えそうになる脳内に、ただ一文を埋め尽くす。
(俺はぬいぐるみ……俺はぬいぐるみ……俺はぬいぐるみ……俺はぬいぐるみ……)
ヨウジのてんやわんやな長い一日は、ベッドに入っても、まだしばらく終わらないのであった。




