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黒魔女アーネスの、使い魔の、推しごと 〜転生召喚されたし、ご主人様を国民的アイドルにするぞ〜  作者: 茉森 晶
第3章 『銀鼠寮の住人達』

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(020) 『銀鼠寮の住人達』

今回から登場のディント君&フルード君です。

挿絵(By みてみん)




「さ、程なく食事の時間ですわ。それぞれの部屋で身だしなみを整えていただいて……」


 ユーオリアはそう言ってアーネスの肩を優しく掴み、ドアの方へ押し進める。


「それぞれの部屋って何よ? ヨウジはアタシの護衛、同じ部屋でいいわよ」

「こんなしっかりヒト型の男性と同じ部屋でいいわけないでしょう! 淑女としてっ!!」


 わーわーと抵抗するアーネスを連れ、ユーオリアはドアを閉めた。

 なおも廊下で言い合う声が聞こえていたが、やがて遠くなって消えた。


「ふぅ……やっとひとりになれたな」


(転生の感慨にひたる間もなく、入れ替わり立ち替わりアーネスを狙う奴らが来て……たらい回しにされた気分だ)


 ヨウジは、いや、甲良(こうら)陽司は、この世界に来て初めてひとりの時間を感じていた。


「異世界……なんだなぁ」


 窓から見える、時代感もお国柄も違う街並み。自分の頭に付いたイヌミミ。あらためて、しみじみと実感する。

 少女達の香りがほんのり残る部屋の中、ヨウジはとりあえずベッドに体を預けた。


「もう……アッチの現実には戻れないんだな。夜空(よぞぎみ)……父ちゃん母ちゃん、兄貴、天瀬(あませ)……ごめんな」


 そう呟くと、ヨウジの目からポロポロと涙が溢れてくる。

 転生召喚によりメンタル面も書き換えられ、冷静でいられているとはいえ、やはり人並みの郷愁を感じてはいた。


(おそらく、死んだ肉体が現世に残ってるわけでもない。行方不明ってことになるのか。みんな……心配してくれるかな。夜空(よぞぎみ)も……)


 『月見坂88』はメジャーなグループだが、イベント等に必ず顔を出す太客のことをアイドル本人が認識しているのは普通のこと。

 実際、この後、林堂夜空は『キッコーワン(陽司のPN(ペンネーム))さん、どうしたのかな……』と思うことになるのだが、それはもう誰が知ることもない、彼女の胸中だけの気持ちだった。


「泣いたって、どうにもならないんだよな。この世界で生きていくしかないんだ」


 パンと勢いよく顔を手で覆い、思い切りこすり上げる。

 摩擦で赤くなったその顔は、マジメに前を向いていた。


「部屋に残したPCの中身やエロ関連ブツだけ……家族に見られたくないなぁ」


 あまり描写されることはないかもしれないが、異世界転生&転移した誰しもが思うはずのことを考える。

 あらためて、陽司は一般的な小市民男性だった。


(しかし……社畜だった俺が、また学生に戻るのか。学生時代にあまりイイ思い出はないけど……今度はうまくやれるのかな)


 女子からの凶行で不登校になった陽司にとって、決して嬉しい展開ではないが、ここは異世界。様々な何かが違っているのでは、という期待も確かにあった。


(とはいえ、やべー女に惚れられる女難体質が変わらなければ……剣と魔法なんて危険な要素まで加わって、ヤバさに拍車がかかるってことだよな?)


「……行きたくねえー……」


 独り言と同時に、コンコンとノックの音が響く。


「食事の用意ができました~。食堂に案内しますので来てもらえます~?」

「あ、はい。今、行きます」


 キョロキョロと辺りを見回し、1枚の手ぬぐいを手に取り、イヌミミ誤魔化し用で頭に巻く。

 ドアを開けると、ララがニコニコ顔で立っていた。


「アーネスさんはお風呂だそうですので、先にお食事をどうぞ。お風呂、あとで大丈夫ですね~?」

「あ、はい」


 ララに付いて廊下を歩くが、他の人間に会うことはなく、まるで自分達しかいないんじゃないかとヨウジは思う。


「この寮には……何人くらいいるんですか?」

「今はヨウジさん達を入れて6人ですかね~。みんな同じ銀組(クラス)の学生さんですよ」


(ほかに4人か。絶対コミュニケーションとらなきゃいけないわけじゃないけど……)


「今、食堂でふたり食事されてますね~。まぁ、仲良くしてあげてくださ~い」

「あ、も、もう今からふたり会うんですか?」


(ヤバ……急に緊張してきた。アーネスが普通に受け入れられる寮ってことは、男女共用? どうか女子じゃありませんように……!)


 食堂に着くと、確かにふたり食卓についていた。

 入ってきたヨウジ達に視線を向けるが、ひとりはすぐに俯き、もうひとりは人懐っこい笑顔で小さく手を振ってくる。対照的な男子ふたり。


(よかった……男子だ。オラついた感じもないし、ひと安心かな)


 ララに誘導され、厨房から料理が出てくるカウンターへ。

 シチューのような煮込み料理を器によそうララに、ヨウジは小声で問いかける。


「あのふたりは……どんな人ですか?」

「普通の子だと思いますよ~。まぁ、特別な力は持ってるかもしれませんが、突然暴れ出したりはしないでしょう」

「それは当たり前のことであって欲しいんですけどね……」


「ヨウジ!」


 その時、遅れてアーネスが食堂へ入ってきた。

 ふたりの男子が今度はアーネスに注目し、控え目な方がギョッとした顔になりビクつく。


 アーネスは、そのふたりと目を合わせないようにしながらキョロキョロと見回し、ヨウジを見つけるやいなや、そばへ張り付いた。

 石鹸の香りが鼻をくすぐり、アーネス自身の匂いを感じにくくなったのをヨウジは実感する。


「お風呂入ってきたんだ」

「ユーオリアが……『三日入ってない』って言ったら、ブチ切れてきたわ。水拭きくらいはしてるし、普段あまり動かないから、そんなに臭くもないのに」

「はは……ま、お嬢様だからな。で、そのユーオリア嬢は?」

「アタシがお風呂入るのを確認してから、帰って行ったわ。明日の朝また来るって」


(お嬢様も大変だな……)


「は~い、ふたり分できたので、持ってってくださいね~」


 パン・シチュー・フルーツサラダのような料理が揃ったトレイを受け取り、いよいよ食卓へ。

 アーネスはあからさまに警戒し、ヨウジの後ろに隠れてついて行く。


「や! ディント・ラクラスだ。よろしくな」


 (ほが)らかに話しかけてくるディント。

 肩まで伸びた黒髪を後ろで縛っているが、前髪は半分まとめておらず、右目が隠れる髪型が印象的だった。


「フルード・ガンマークです。よろしくお願いします」


 先ほど遠目には警戒していたように見えたが、普通に友好的な笑顔で丁寧な挨拶をするフルード。

 栗色の短髪、害の無さそうな優しい顔立ちをしている。


「よろしく。俺は……ヨウジ・コウラ。こっちはアーネス」


 アーネスは、ヨウジの陰から人見知り全開で様子見。

 だが、そんな態度に構わず、ディントはグイグイ迫ってくる。


「アーネスちゃんって黒魔女なんだろ? 俺、初めて会ったよ」

「だったら何よ!」

「わ、怖い怖い。別に悪く言ってないよ。俺も黒魔法使いだしさ、仲良くしよ?」

「……黒魔法使い?」


 アーネスは一瞬戸惑うが、またすぐに顔を背け、料理に手をつける。

 そんなやりとりを見て、学園生活で新しい人間関係を構築する大変さをヨウジは再認識する。


(黒魔法使い……なのか。でも、それ以前に何か、こいつ苦手だな。まぁ、陽キャなんて仲良くなれるわけないけど)


「この銀鼠寮では、あまり干渉し合わない暗黙の了解があるんだけど……俺はこういう性格だからさ。悪いね」


 軽薄なノリながら、遠慮する素振りも見せつつ、ディントは屈託なく笑う。

 アーネスのフォローをするかのように、ヨウジは愛想笑いでそれに答える。


「住人同士は、そんな感じの距離感なんだ。まぁ、こっちは寮どころか、王都の街にも慣れてないからなぁ。色々教えてもらえるのは助かるよ」

「個人主義な奴が多くて、みんなあんまり相手してくれないんだよね。ヨウジは親しみやすそうで嬉しいな」


(軽そうな奴だけど、悪意があるようには感じないし。友好的な人間は確保しておいた方がいいよな……)


 打算的な思考を巡らせながら、ヨウジは何気なくシチューを口へ運ぶ。


(あ……おいしい。野菜がじっくり溶け込んでて……その野菜も、今まで食べてきたものと似て非なる新鮮な驚きがある。肉もちゃんと入ってるし……豚肉かな? 焦げ目がつくくらいに焼きが入っていて、噛むと肉汁が溢れて……)


 ヨウジが初めて口にした異世界の料理は、素朴なただのごった煮だったが、やはり、食べることはどんな世界でも共有できる喜びなのだろう。空腹も合わせ、感動できる味わいだった。


(本来なら……スマホで撮って、そのまま感想をchuckle(チャックル)にアップしたいところだな。『異世界来てからの初食事』とか言って……)


 ほんの少し前まで使っていたSNSの感覚をすでに懐かしく思いながら感動を噛みしめるヨウジを見て、ディントはクスッと笑う。

 誰もその表情を見てはいなかったが、思った以上にヨウジのことを気に入ったようにも見えた。


「ま、できるだけ詮索しないようにはするけどさ。そっちから、何か知りたいことがあれば訊いてよ。俺は話したい方だからさー」

「あ、ああ、うん」


 そんなディントの横で、フルードの方は笑みを浮かべながらも特に何も話さず、その話を聞いていた。


(フルード君の方は、自分から話したくはない感じだな。まぁ、俺達も何でも話せるわけじゃないし、ちょうどいい……)


「でさ、ヨウジとアーネスちゃんは付き合ってんの?」

「なななななななに訊いてんのよアンタ!!」


 舌の根も乾かぬうちに詮索してくるディントに、アーネスはわかりやすく狼狽し、テーブルをバンと叩いた。

 そんなわかりやすさを尻目に、ヨウジはきわめて冷静に告げる。


「アーネスは、俺の()()だ。アイドルに恋愛感情を向けてもらえる、なんて考える奴はオタクなんて続けられないだろうよ」

「へ? な、何て?」

「…………はぁー……」


 わかっていたはずのオタク回答に、アーネスは長い溜息のあと、残りの料理をヤケ食いにかかる。


「オシ? アイドル? オタク? どういう意味なんだ?」

「ディント、君もいずれアーネスファンになってもらう予定だし……その時すべて解るさ」


 キョトンとするディントの肩を、ヨウジはポンと叩く。

 そんなクセ強なやりとりを、心の中で3歩ほど引きながらフルードは眺めていた。


(なんだか……問題起こしそうな人達だなぁ。僕は静かに生きていたいだけなのに……)


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