(018) 『わたくし、偽善が大好きですの』
「失礼いたします……って、どうして号泣してますの!?」
部屋に入ってきたのは、同じデザインの新しいドレスに着替えたユーオリアだった。
「な、な、なんでもないわよ! なんで……アンタがここにいるのよ!?」
慌てて泣き顔を背け、アーネスは煙たそうに御挨拶を投げつける。
「この銀鼠寮は、わたくしがお父様から任されている施設。あなた方はこれから、わたくしの保護下ということですわ」
「??? どういうことだ? 俺達はワーキュライラって奴に言われて……」
ワンコの顔を見て、ユーオリアの顔がにへっとゆるむ。
が、ひとつ咳払いし、あらためてマジメな顔を作る。
「わたくしも、そのワーキュライラさんに言われたのですわ。あなた方を……この寮に住まわせて欲しい、と」
(天使は……人間の姿でここの管理人してるんだよな。ユーオリアにも正体を隠してるってことか? 一体どうなってるんだ……)
「長く不毛な戦いでしたが……これで一件落着ですわね。あらためて、アーネスさん、ヨウジさん、よろしくお願いいたします」
無様に尻餅をついていたことなど全部無かったかのように、ユーオリアはにっこりと気品ある笑顔を見せる。
「ちょ、ちょっと待ってよ! アンタの世話になるなんて聞いてない……」
「そうそう、ここ銀鼠寮は学生寮。当然、アーネスさんも学園へ通い、たっぷり勉学に励んでいただきますので。お覚悟はよろしくて?」
「よろしくなぁ――――――い!!」
全力で駄々をこねるアーネスを制するようにヨウジが割って入る。
「学校も大事だが……アーネスの気持ちも考えてやってくれ」
「そう、そうそう! ヨウジ、よく言ったわ! もっと言ったんさい!」
「これからのアーネスにとって一番大事なのは……アイドル活動だ! ちゃんと両立していける環境を要求する!」
「…………こ、このアイドル馬鹿ぁぁぁぁぁッ!!」
一瞬ヨウジのポリシーを忘れていたアーネス、裏切られた気分で地団駄を踏んだ。
夕日が差し込んできた銀鼠寮の一室、ユーオリアはビシッと人差し指をアーネスに突きつけながら言い放つ。
「とにかく! アーネスさんが学校へ通うのは決定事項ですわ!」
アーネスはぐぬぬと唸り、ヨウジは短い手足で伸びをした。
「ちょっとヨウジ! マジメに考えてる? アタシが白魔法使い達と同じ学校になんて……行けるわけないじゃない!」
相変わらず自分に100パー味方してくれるわけではないヨウジに、アーネスは口を尖らせる。
「まぁ、俺もマジメに学校行ってたわけじゃないし、言いにくいんだけど……学校生活は可能な限り経験しておく方がいいだろうな。人としても、アイドルとしても」
ヨウジは腕を組み(組めない)、大人ぶって頷く。実際、中身は大人だが。
「まーたアイドルのことばっか考えてる! もっとアタシ自身のこと……見なさいよぉ!」
「いや、見てるぞ。もちろん、黒魔女が迫害されるようなことがあってはならないけど……そんなことはないんだろ?」
ユーオリアにチラリ視線を送る。
彼女は、その可愛らしいワンコ姿に頬を緩ませることなく、神妙に頷いた。
「黒魔女を不当に差別しないよう国で決められるのであれば……わたくしも全力で保護する動きができるというものですわ」
(天使は俺達をこの部屋に入れたあと、また瞬間移動でユーオリアを迎えに行った……って感じか。そこのふたりの間では一体どんな会話があったのか……)
「なぜ天使さんが、わたくしやこの寮のことを知っているのか……疑問もありますが、味方でいてくれるようですし。言われた通り、この寮であなた達を預かるつもりですが……」
あらためて、ユーオリアはアーネスに正対する。白と黒の魔女同士が、またも睨み合う。
「確認させていただきます。アーネスさん、わたくしのことがお嫌いでしょうけど、ここで保護されること、納得できますか?」
「ワーキュライラに言われて仕方なく……と思ってたけど、結局アンタの世話になることだったとはね」
深く溜息をつく。アーネスとしても、もうそうなることはわかっていたが、気持ちでは納得できていなかった。
「アンタは……なんでアタシにこだわるの? お嬢様の白魔女が、嫌われ者の黒魔女を助けて、聖人みたいにもてはやされたい? 恵まれてる人は、どこまでも強欲よね」
「……2年ほどのお付き合いになりますが、あまり深く話すことなんてありませんでしたね。いいでしょう、少しだけわたくしの本心をお話ししますわ」
ユーオリアは一度視線を落とし、再び向き直ると、すがすがしい笑顔で続ける。
「わたくし、偽善が大好きですの」
「はあ?」
笑顔に負けないすがすがしい言葉に、アーネスは素っ頓狂な声を上げた。
「『もてはやされたい』という気持ち、まぁ、それもゼロとは言いません。でも、褒められることが目的ではなく、褒められることで『誰かに必要とされている』と感じられるから、結果的に褒められるようなことをするのです」
「……なんだかめんどくさい理屈ね。『困ってる人を助けたい』って言っときゃいいんじゃないの?」
「ただただ『困っている方を助けたい』と思える方は、とても美しい慈愛の人なのでしょうね。ですが、わたくしは『自分が人を助けている』 つまり、『人に必要とされた』と実感したいから助けるのです」
豊満な胸を張り、ドヤ顔で決める。
初登場時のような、いかにもワガママお嬢様感が再び現れてきた。
「ですので、より強く困っている黒魔女を助けることは、わたくしの自己満足に大きな喜びをもたらします。もし、周りの人が……いえ、黒魔女ご本人にさえ喜ばれなかったとしても……わたくしがあなたの助けになったという事実は変わらないのですわ!」
話の内容を考えれば、実際悪いことでも何でもない。が、アッパレなまでの自己満足を強調する姿勢に、どうしても傍若無人な印象を与える。
究極至高の自己満足。これぞ『偽善』という言葉の本来の姿なのかもしれない。
「そこまで明け透けに言われると……もう、すがすがしいわね。わかったわよ、アンタの自己満足のために助けられてあげる、うん」
アーネスは少し呆れたような、半分ホッとしたような笑みを浮かべた。
アーネスの視線が外れた隙に、ユーオリアはワンコに目配せ。さらなる本心である『予知』の件を知られないよう念を押す。
(ベタなお嬢様キャラかと思いきや、しっかり人間味もあるイイ子だよな。『誰かに必要とされたい』という欲望もアイドル向きだし。アーネスとはまた違うタイプのタレント性、同じユニットにいたら、お互いの魅力を高め合うかも……)
しげしげと……ユーオリアを上から下まで見つめていたヨウジがハッとする。
(いかんいかん、見境なくドルオタ精神を出すな。まだアイドル文化すらない世界なんだぞ……)