(011) 『冷酷な騎士団だ』
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「ユイット、15分休憩とする。馬の給餌、各自の不足分を補給しろ」
「はっ! 皆、15分休憩だ! 何か気づいた点があれば報告を!」
「はい!」
アーネスのいた村から馬で1時間ほど移動した騎士団一行は、森をひとつ抜け、腰掛けられそうな岩場のある川辺へ辿り着いた。
「アーネス、大丈夫か? 全然喋ってないけど……」
「……大丈夫よ、うん。体力も魔力も空っぽだから、少しでも回復しないと……」
フワフワと浮く十字架に貼り付けられたまま、ようやく会話を再開するワンコとアーネス。
「……さて、どうしたものかな」
マーヴェンライト姉弟の魔法は強力なものだったが、実はヨウジにはそれほど利いていなかった。
(国家権力だし、あまり心証悪くしないよう、まずは姉弟の会話から情報を得ようと思ったのに……見事に事務的なことしか話さない。人間味がなさ過ぎる)
ロボのような騎士団長に、どういう会話を仕掛けるべきか。よい案は浮かばないまま。
(黒魔女が忌み嫌われるまでの経緯は、この世界なりの歴史があるのだろうし、俺は余所者だし。でも……アイドルを否定されるのは、俺の価値観が押し潰されるということ。そりゃ、すんなり受け入れられることはないだろうけど……)
「あの……団長さん? ちょっと話いいですか」
迷いながらもヨウジはリファナに声を掛ける。と、横からユイットが勢いよく飛んで来た。
「貴様! 使い魔の分際で姉様に何の話があるというんだ? 身分をわきまえろ!」
「……ユイット・マーヴェンライト!」
「はいいッ!!」
どうやら普段から何度も繰り返しているらしいやりとりで、リファナは弟を黙らせる。
「ヨウジと言ったか。お前、本当に黒魔女の使い魔か?」
「そ、それはもちろん。なんで疑うんですか?」
「歌による幻覚魔法、と言った時、お前は黒魔女以上に逆上していただろう。忘れたのか?」
(そうだった……つい瞬間湯沸かし器になってたな)
「いや、話を聞いてもらえなさそうだったので、少し混乱していただけで……」
「私は、むしろお前が黒幕なのではないかと見ているのだがな」
淡々とそう言うと、リファナは鋭い眼光でワンコを穴が開くほど凝視する。
眼光を受けるのと同時にリファナの体臭を捉え、ヨウジは無意識にそれを分析する。
常に清潔感を保ち薄くなっている体臭の中に、かすかに闇を含むような何かを感じ、ヨウジは身震いした。
「ちょっと、おばさん! なんでヨウジに聞くのよ。アタシに聞けばいいでしょ!」
「おば…………」
一瞬、その場の空気が凍りついたような気がした。が、リファナの表情はさして変わってはいないようだった。
「小娘が! 美しい姉様に嫉妬しているんだろうが、そんな煽りが利く姉様ではないぞ!」
「煽ってなんかないわよ。アタシ13だし、『お姉さん』て年齢差ではないでしょ? うん」
「甘い! 先日、非番の姉様が私服で街へ出た時の話だ。若い男子が同年代と思い口説いてきたという事件があり……」
「ユイット・マーヴェンライト!!」
「はいいッ!!」
(姉の方は何も落ち度ないのに、弟がどんどんキャラを崩そうとしてるように見えてきたな……)
これだけ弟による妨害を受けながらも、リファナは冷静な表情を崩すことなく、あらためて口を開く。
「我々は……黒魔女と必要以上の接触をせぬよう命を受けている。私自身が黒魔女を避けているわけではない」
「ウソだ。不幸になりたくないからビビッてるんでしょ?」
「ビビッてなどいない。私は『黒魔女が災いを呼ぶ』などと信じてはおらん」
その時、リファナは初めて真っ正面からアーネスの瞳を見つめた。
アーネスの方が面食らい、つい目を逸らす。
「と、ところで団長さん……国の命令で監視してたってことですけど、さっきの出来事、いつから見てたんですか?」
「ユーオリア嬢を尾行させてもらっていたので、大方は把握している。まぁ、遠目だったので細かな会話までは聞いていないが」
(俺のパフォーマンス指示も見られてた……か? と言っても、元々アーネスを強化する役目の使い魔なんだしな……)
「黒魔女よ、私の立場で言うべきことではないが……世の中、お前達を危険視する者ばかりではない。お前達が迫害されているのを憂えている者もいる」
「……声を上げない人なんて、迫害してる人と変わらないのよ」
「……そうだな。まぁ、それが社会というものだ」
リファナの口元が少しだけ緩んだ。が、それは目の前の人間にもわからないほどの動き。
「私は国に忠誠を誓っているが、もし黒魔女が不当な判決を受けるようなことになれば、声を上げると言っておこう。国が間違った方向へ向かう時も、ただ従うのが忠臣ではないからな」
「何よ、急にイイ人ぶって。今、こんなヒドい扱いしてる時点で説得力ないんだけど?」
「……それはその通りだな。今の話は忘れてくれ。我々は、黒魔女を忌み嫌う冷酷な騎士団だ」
そう言い放ち、リファナは馬の方へ歩いて行く。その背中からは、何の感情も読み取れない。
(悪い人ではないのかもだけど……さっき一瞬感じた闇の匂いは何だろう。白魔法使い……なんだよな?)
「さて、アーネス……あの言い分を聞いた上で、おとなしく審問を受けるべきか。逃げるべきか。どうする?」
「アンタ……あれだけやって、まだ十分な魔力が残ってるの? こいつらから逃げ切れそう?」
「巨獣フォームに変身できれば余裕だろうけど……」
(審問にかけられても、逃げてしまっても、国民的アイドルになるためにはどっちも不利ルートだろうな。炎上要素自体はいくらでもメリットになり得るが、国民全体に反黒魔女教育が植え付けられている現状では……)
「アンタが行けそうなら、早くやりなさい。審問なんて……どうせ公平なわけない。黒魔女を陥れるためのものなんだから、うん」
(集団心理の恐ろしさは、どんな世界でも変わらないだろう。そもそも、アーネス自身が実際に危険思想を持ってたのも事実だしな……)
「でも、『逃げた』という事実も世論操作に利用されるだろうしなぁ」
「そもそも黒魔女は逃げ隠れるのが日常なんだから、たいして変わらないわ」
「それもそうだけど…………ん?」
陽光の中、まるでもうひとつ太陽が顔を出したかのように、その場の者達が光に照らされる。
「ん~、確かに黒魔女の元へワンちゃんが来てますね~」
「え……?」
頭上から降りかかる声に、全員が見上げる。
晴れ渡る青空の中、4枚の光翼を広げた存在がゆっくりと舞い降りてきた。




