(010) 『また帰っておいで』
「ほんと何なのよ! もぉ――――――――――う!!」
ボフッ!
絶叫とともに、アーネスが突然スモークに包まれた。
その煙の中から突然、虹色の光球が浮かび上がり、それは目にもとまらぬスピードでヨウジの胸に飛び込んだ。
「うぐッ!?」
衝撃に、一瞬目が眩む。が、視界はすぐクリアに戻る。
「な、何だ今の……?」
戸惑うヨウジの目前、スモークの中から、元の姿に戻ったアーネスがフラリと倒れ込んできた。
「おっ……と!」
体に力が入らないらしいアーネスを、ヨウジはちっこい体で何とか抱き留める。
「も、元に戻っちゃった……魔力も切れてるし。アタシが制御しきれてないってことなの?」
(俺の魔法の限界か? 魔装転凛できる時間が決まってるのか? それとも、アーネスへの負荷が大きすぎるのか? 何にしても、さらなるアイドル活動のためにシステム解析が必要だな……)
「おふたり共、大丈夫なのですか? とにかく一度わたくしの……ファイネル家の専属医師に診せて……」
その時だった。カッと雷鳴が轟き、そこにいた者すべての視界が真っ白になる。
「な、何だ!?」
「黒魔女アーネス、および、その使い魔。トーカティア王命騎士団の権限で、両名を拘束する!」
男女のイイ声が、寸分のズレなく告げた。
鎧をまとったふたりの剣士。その後ろには、数名の部下が続く。
「王命騎士団・第二師団団長、リファナ・マーヴェンライトである。これまで黒魔女には干渉することなく監視に留められていたが、今より国の管理下に置くこととなる。おとなしくせよ」
艶はあるが、融通の利かなそうな性格を思わせる凛とした声で、リファナと名乗る女性は冷たい眼差しをアーネス&ヨウジに向けた。
肩の上で切りそろえた金髪、鋭い光を宿す琥珀色の瞳。
美しい女性だが、本人は『立場上、恥ずかしくない見た目さえ保っておけばよい』と思っているようだった。
男性の方はまだ少年っぽさを残し、男性アイドルグループの可愛がられ枠のような初々しさがある。
ふたりはそれぞれの剣を頭上に掲げ、重ね合わせていた。
その交差する部分から魔法陣が浮かんでおり、そこからバチバチと電気のような魔力がほとばしる。
「な、何だあいつら……アーネスを拘束するって?」
「王命騎士団第二……魔法騎士団【白夜】の精鋭、マーヴェンライト姉弟ですわ。そんな……国はまだ動かないはず……」
トーカティア王国の騎士団のうち、魔法に特化した者が集められた第二師団。通称【白夜】。
その中でも精鋭とされる数名の中に、リファナ・マーヴェンライトとユイット・マーヴェンライトはいた。
魔法特化といえど、女性の騎士は多くない。そんな中、魔法でも体術・剣術でも上位に入る実力を示し、リファナは1年前、28歳にして団長に任命された。
そんな姉を目標に鍛えてきた弟ユイットも、もちろん優秀な騎士と認められていた。
珍しい姉弟騎士ということもあり、国民からの人気も高いふたりである。
「音楽による幻覚魔法……民の心を惑わし、反逆を企てる疑いありと判断した。黒魔女は王都へ連行したのち、真実の間にて審問にかけられる」
「アーネスの歌が……推しの歌が反逆の道具だって言うのか?」
リファナの冷たい宣告に、ヨウジの中でプチッと音が鳴った気がした。
「今のパフォーマンスを見て、聴いて、その上で罪人として捕らえようというのなら……全力で抗うしかないな」
「使い魔よ、その言葉、確かに聞いたぞ。戦闘の意志を確認。ユイット!」
「はい!」
姉弟ふたりの重ねた剣が十字の形になり、魔法陣が強く輝く。
再び雷鳴が轟き、今度は音や光だけではなくアーネス&ヨウジに稲妻が降りかかる。
「ひあ……ッ!」
あっという間に、ふたりは白く輝く十字架にかけられ、身動きの取れない状態で宙に浮いていた。
その十字架はバチバチと雷気を帯びており、対象者を麻痺させる効果があるようだった。
「よし、このまま連行する。ユイット、絶対に目を離すな」
「はっ!」
「ちょ、ちょっと! リファナさん、待ってくださいな!」
テキパキと今まさに二本の十字架を連れて行こうという騎士達に、ボロボロの布きれを抱きしめたユーオリアが駆け寄る。
「本当に国の命で動かれているのですか? 確認させてください!」
「ああ、ファイネルのお二方にも話を聞かせてもらうが……黒魔女の連行は不測の要素を排除せねばならんので、一緒には行けない。追加の兵が迎えに来るまで、ここで待機していただく」
とりつく島もない、という口調でリファナは言い放った。
ユーオリアは焦り、リファナのマントを掴み、食い下がる。
「彼女は反逆の意志を持って歌ったわけではない……と思います! 一度ファイネル家で身柄を預かり、話を聞きますので……ッ」
そんなユーオリアを、弟騎士ユイットが腕で制す。まるで、汚らわしいものかのように眉根を寄せながら。
「ファイネルのお嬢様、あなたがすでに魅了魔法をかけられているのでは、と想定しているのですよ。他の者へ汚染が広がらないよう、隔離の上、検査が必要ですから」
「わたくし、魅了魔法なんてかけられていませんわ! あなた達こそ、国のためを想うあまり、真実が見えなくなっているのではありませんか?」
「騙されている者こそ、そう言うものです。姉様のすることに間違いはないのですから、おとなしく言う通りに……」
「ユイット・マーヴェンライト!!」
リファナが強く弟のフルネームを呼んだ。ユイットは顔を強張らせ、姿勢を正す。
「は、はいッ!」
「また『姉様』と言ったな。何度うっかりすれば気が済む? 罰をもっとキツいものにした方がよいようだ」
「も、申し訳ありません! 団長!」
ユイットへの個人的な指導のあと、リファナはユーオリアにあくまで事務的な視線を向ける。
「部下の非礼を許されよ。だが、それはそれとして、検査を受けていただくことは国の方針。ご理解いただきたい」
「い、いえ……。わたくしも国に逆らうつもりではないのですが……」
国にとっても重要な豪商の令嬢ではあるが、家としてではなく独自の意志で動いているユーオリア。
黒魔女に執着する行動を追及されることは、家のためにも避けたかった。
村はずれの騒動が終わるのを心配そうに待っていた村人達の前に、2本の十字架を連れた魔法騎士団が帰ってくる。
「騎士様、俺らは黒魔女をかくまっていたことになるんで?」
「あなた達は何も知らなかったのでしょう。そんな心配は要りませんよ。建物の損害など、報告していただければ対応しますので、まとめておいてください」
ユイットは部下に指示し、村人の不満を和らげる対策をとらせる。こういった対応は姉の方は不器用で、外ヅラのいい弟が適任であった。
「騎士様、ありがとうございます。これで黒魔女はもう、この村に帰ってくることはないんですね?」
「空き家とはいえ、無断で住んでいたようですしね。どのような裁定がされるか判りませんが、国の施設に入る可能性が高いでしょう」
「よかった……村はひと安心ね」
「…………ふん」
村人達の声を受けたアーネスの溜息を、ヨウジはいたたまれない気持ちで聴いていた。
(実際に人の声を……人の意思を感じると、よりアーネスに感情移入してしまう。こんな極端な、残酷な考えをする村人、本当にいるものか。いや……現実世界でも、直接聞くことがないだけで、そんな市民は多くいたのか?)
ヨウジの心がしんどくなっていたその時、ひとりの老人がアーネスに近付いて来た。
「アーネス、久しぶりだね」
「院長先生……ッ」
いたたまれない、という表情を見せるアーネス。
顔を背けようとするが、拘束されているため自由が利かない。
(院長先生……そういえば『昔、ユーオリアが孤児院にアーネスを引き取りに来た』みたいなこと言ってたっけ。それまでは、この村の孤児院にいたってことだよな)
「元気そうでよかった……とは、今は言えないかね。でも、アーネスが悪い子でないこと、私はわかっているよ」
優しい言葉。それだけで、アーネスの目に光るものが現れる。
「……アタシ、悪い子だよ。何も言わず出て行ったくせに、結局村に帰りついて、こっそり孤児院の食べ物を盗んでた。もう……アタシのことは忘れてよね」
「知っていたよ。アーネス用に置いてあった食料がなくなっているのを見るのが、私の密かな楽しみだったからね」
院長はそう言って、アーネスの頭をポンポンと撫でる。その空気感は、まさしく家族同様と感じられた。
「だから、何も気にしなくていい。疑いが晴れたら、また帰っておいで」
「…………ふぐっ……」
アーネスの頬にぼろぼろと雫が伝い、それ以上何も喋れなくなる。院長は優しい微笑みで、それを見送っていた。
(詳しい事情はわからないけど……アーネスの周りにも、あんな人がいたんだ。実際、ユーオリアもイイ子だったし。闇堕ちなんて……きっと防げる。きっと大丈夫)
アーネスはひとりじゃなかった。それが判り、ヨウジの心がいくらか軽くなる。
引き続き、前途多難の様相ながら、あたたかい気持ちが胸いっぱいに広がり、彼もまた少しだけ涙した。




