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お気に入りの歌をあなたへ  作者: 菊池一心
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プロローグ

 歌が聞こえる。

 意識の向こう側から歌が聞こえる。

 幼いころからテープが焼き切れるまで見返した懐かしい映画の主題歌。

 夢心地のまま、目を閉じていると曲の同じ部分が何度も繰り返される。ループ再生のように繰り返される。

 歌っているのは幼子のようだ。舌足らずの歌声でようやく覚えたワンフレーズ。それがお気に入りのようだ。何度も何度も楽しげに繰り返す。

 何度も、何度も。

 繰り返されるたびに、声が少しずつ、ほんの少しずつ上手になっていく。幼子が少しずつ練習を重ねることで、洗練されていく。幼い声は徐々に少女の声へと変化していく。繰り返されるフレーズも変化していく。歌詞を覚えたのか、あるいはその意味を知ることができたのか繰り返される曲は長くなっていく。

 気が付けば一番だけの歌声は二番の歌詞へと少しずつ長くなっていた。それでも相変わらず最初に覚えたフレーズは歌声の主にとって大切なようで、より一層楽しげに音符が跳ねるように歌われる。

 成長しながらも、その楽しげな声は変わらない。

 嬉しそうに歌う声は変わらない。

 繰り返される曲は洗練され、美しい旋律となっていく。少しずつ大人びていく。ただ歌が好きなだけだった少女が夢見る乙女へと変わっていく。

 それでも、そのフレーズを歌うときは誕生日のケーキを前にしたかのように楽しげだった。

この歌声がずっと聞くことができたなら、どんなに。

 ぱっと、視界が明るくなった。

 僕の前には大きな立派なピアノが置いてある。そしてピアノの向こうには光に照らされて歌う彼女の姿があった。

 ステージライトは彼女を輝かす。彼女が世界の中心。天に輝く太陽。人々が夢見る星の如く。

 そして、僕は鍵盤に手を置いた。

知らないはずの、鍵盤を叩くごとに音が鳴り、積み重なっていき、音の流れは曲に変わっていく。どうしてだろうか、手が覚えている。だけど、その曲を聴いた覚えはなかった。だけど、その知らない歌に合わせて歌う彼女の姿に既視感を覚えた。

 いつまでもこの場所で彼女の歌を聴いていたい。僕の演奏が彼女を輝かせる、その姿をいつまでも。そう願っても幻想が覚めるようだ。

 ピアノの音と耳に響いた音が一音ずつずれていく。合っているかも知らないくせに、それが合っていないと分かる矛盾。

 泡沫のように消えていく音。不意に落ちていく錯覚に陥る。座っていた椅子は遥か向こうに。煌びやかに輝いたステージの光はもう点の如く。

 僕はそれが夢だと、夢の中で自覚した。


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