・9話
それからしばらく、ホープは国家事業化された風力建設や指導のために王国各地へ赴くことになり、魔法に頼らない治水工事にとどまらず、建築の分野にも活用すべく日々改良を重ねていった。
もちろん魔法使い達からの反発はあったものの王国の後押しや、ホープがもたらした”知識”を取り込むことでさらなる魔法研究の発展を考える賛同者も現れ、地球の科学や物理学に近い学問が花開くことになる。
このエクスペータ世界で生まれた人々は魔法を必ず一つ授かっていても自分が進みたい職業と魔法が必ずしも噛み合うことがない。むろん天性の才能を生かした職や生活をする者も居るが、大半の人々を地球でいう所の第一次産業、農業や林業・漁業等の生産職のため、魔法専門職は主に戦争の担い手か、治水工事のような大規模事業に従事することになる。
大規模な魔法を発動させる場合、魔法使いたちは手を繋いで魔力の循環・加速させていく。人数が増えれば増えるほど大規模な魔法が発現する。しかしひとりひとりの魔法の力はさほど大きくなく、ホープが戦場で追いかけ回された火柱や竜巻などは10人の魔法使いが手を繋いで発現したものだった。
なお同じ属性魔法を操る魔法使い同士の仲間意識は高く、職場(?)恋愛率が高い。
閑話休題
ホープ本人はボレンティールの村にさっさと戻って母親と一緒に農園を営みたいと思っているが、風車・水車のお陰で国力が増したデシール王国に対して他国が黙っているはずもなく、ホープの引き抜きを画策しているとの噂もつねづね持ち上がっていた。
デシール王国としてはホープを家族ごと王都で囲いたいのだが、ホープは一族が眠るボレンティール村を離れる気にはなれず、暇を見つけては村に戻って母親と一緒に農作業に精を出すのであった。
「稀代の発明家」とはいえただの農民、力づくで従わせろといった声もありはしたが、時の王はかわりにボレンティール村を王直下領として発展させることにした。
のちに学問の中心地、ボレンティールと呼ばれるようになる。
ホープの実家の農園は祖父と祖母の頃より遥かに広くなった。風車事業に合わせて興した製粉と製パン業も軌道に乗り、日々発展する村の食卓を豊かにしているが、たびたび王都へ呼び出されるホープのかわりに母親のグレースが農園と製粉事業を切り盛りし、忙しくも充実した生活を送っている。
ホープには王都とボレンティールの村で”知識”を伝える研究所がある。王都の研究所は魔法と”知識”の融合を目的としていて、元々魔法使いの組合との兼ね合いで立ち上げた研究所なので軍事色が強い。ホープ自身、戦場で魔法に追いかけ回された苦い思いもあるが国家防衛のためと、トラウマを克服するためにも頑張っている。
ボレンティール村にある研究所はズバリ「ホープ研究所」である。当初、ホープは「ボレンティール研究所」と名付けたのだが、王都から戻ってみたら出来上がった建物にはデカデカと「ホープ研究所」の看板が掲げられていた。
しばらくホープだけは「ボレンティール研究所」と言い続けたのだが、村長を含め村人全員、誰一人として「ボレンティール研究所」とは言わなかったため、次第にホープも「ホープ研究所」を受け入れたのだった。
ホープ研究所では「ありとあらゆる問題をみんなで考えよう!」という概念がある。ホープに聞いてホープが(望に調べてもらってから)答えるでは望の負担が大きいため、質問や問題を研究所にある大きな掲示板に張り出してそれに答えられる人物、解決できる人物が幾ばくかの報酬をもらって解決していく。
「アレだね、異世界モノによくあるギルドの掲示板みたいに。」と望の発想である。
すると「異世界モノによくある」傷によく効く薬草の調合方法を教えてなどの”知識”だけで解決できる質問から、井戸枯れの原因を調べてや、作物を荒らす野生の獣を退治して欲しいといった、現場作業や狩猟といった力を必要とするモノまで、ありとあらゆる張り出しが掲示板に並ぶようになった。
次第に望の発想通り、ホープの元で学問を学びながら仕事として掲示板の質問を請け負う人々が集うようになり、魔法職の活躍の場も徐々に戦場からより身近な生活の場で活用法を見出していくことになった。
そうした個々の問題と解決方法を記録として後世に残していくことが研究所の一つの命題となっていく。膨大な知見は誰でも使える”知識”としてエクスペータ世界を豊かにしていくのだった。
「だからってイノシシを追い払うのに風車は使えませんか?って質問されてもなぁ…。」
『あー 確かに、万能感を持たれるのも困るね。』
「風車や水車が動いてると野生動物は怖がって近づいてこないから、結果的に風車を立てれば解決するっちゃするんだけど、立地条件もあるからなぁ。」
『うふふ、”結果的に”とか”立地条件”なんて難しい言葉使ってる。』
「こう見えても(見えてないが)研究所所長だからね、まわりに伝えるのに必要だから難しい言葉も礼儀作法も覚えてどんどん使っちゃいますよ。知ってる?王様にタメ口しちゃうと牢屋に入れられちゃうんだぜ…。」
『そーゆーところは異世界モノっぽくないね(笑』
「にーちゃんにとっては現世界だからね!(笑」
「でも”ギルド”って仕組みはここでもうまく行ってるよ。職業として活躍する研究員も増えてきたし、魔法使いも実践派の人たちからはウケが良いんだ。持って生まれた加護の力が戦争でしか使えないのか?と考える魔法使いも多くてね。昔は魔法専門職は花形って感じしてたけど、活躍の場が戦場だけじゃやっぱ嫌だよな。」
『活躍方法をホープ研究所で見つけらたのなら研究所を立ち上げた意味があるね。』
「あぁ、良かった。そして、これからもっと良くしていく!」
『お兄ちゃんかっこいいー!!』
「だろ?最近所長としてちょっとカッコいい目線とか、立ち方とか練習してるんだ。”オレは、その意見に賛成だ”とか、ちょっと声低くして言ったり。」
『・・・。』
「・・・ツッコんで!のぞみ!にーちゃんのボケにツッコんで!!じゃないとハズカシー!!!」
『それじゃそろそろ寝ます。お兄様、ごきげんよう。』
「なにそれ、何そのよそよそしさ!お願いだからツッコんでから寝てっ!!」
『ぐー。』
「寝付きの良さっ!」