・7話
今、このボレンティール村には共同井戸が一つしかない。
歩いて半日以上かかる場所に川はあるのだが、上流も下流も村より低いところを流れているため、馬車や魔法でも使わないと農業に満足な量に水は運べない。
領主のいるデメーンドの街に再三治水工事の打診をしているのだが、数年前まで続いていた国家間戦争のお陰で小さな村の要望を叶えるほどのお金も人材も足りていないのが現状であった。
昔はもっと村に近い場所にウィムジ川が流れていたのだが、これも長く続いた戦争の影響で近隣の地形すら変わってしまい川が消えて無くなったのだった。
お陰で戦争による直接的な被害は辛うじて免れていたボレンティール村であったが、戦後の復興どころか廃村の危機が迫っていた。
「やはり村を移すしかないか…。」
村のみんなが村長の家の前に集まり、ホープと母のグレースもその中に混ざっていた。
「そう言っても領主様からはまだ返事が来ないんだべ?」
「そうだ、村を移すにしても治水工事をしてもらうにしても、領主様に金を出してもらわんことには…。」
「この何年かは年貢を減らしてもらってるが、工事に金を出してくれるんだろうか。」
「しかしこのままではいずれ村としてやっていけなくなる。まだ余力のあるうちに決断したほうが良いとワシは思うぞ。」
「だが、そうなると村のために戦ってくれた彼らのお墓も手放すことにならんか…。」
ホープが生まれる前に亡くなった祖父や祖母、そして流行り病で亡くなった父親のサムも村の共同墓地で眠っている。母のグレースは墓参りを毎日欠かすことはない。そんな姿を見て育ったホープとしてもこの村には愛着があった。
「とにかく次の雨季でどれだけ雨が降るかだ。出来るだけ水を蓄えられるように準備をしてくれ。領主様の返事もそれまでには届くだろう、それまでは皆も耐えてくれ。」
そう言って村長は村人に頭を下げる。それが合図となって解散となった。
『なんか大変だね、ちゃんとご飯は食べられるの?』
「うちはまだ家畜も多いし、オレが頑張って川まで水汲みに行けばいいからなんとかやってるよ。心配してくれてありがとな。」
『それなら良いけど、グレース母さんが心配だよ。』
「そこなんだよ。最近ちょっと食べる量が減ってるし、昔ほど笑ってくれないんだよね。」
『昔あったっていうウィムジ川が復活すれば問題解決なんだよね?』
「かーちゃんや村長が言うには、元々ウィムジ川があったからここに村を作る事になったらしいし、遠いワジィ川より水量は少ないけど大きな農園で使っても枯れなかたってさ。まぁオレが覚えてるのはまだ小さい頃にその川で危うく溺れそうになったコトぐらいだけどね。」
『ワタシも小さい頃にお風呂で溺れそうになった。』
「家に風呂があるのがすげーよなぁ。」
『あ、そーゆーことじゃなくてね、』
「わかってるって別にのぞみを羨ましがったわけじゃないさ。家に風呂があるなんて王都でもなかなかないって話だからさ。」
『ちょっと臭ってきそう… 少し離れてくれます?(笑』
「っておい!十分離れてるよ!それに一昨日水浴びしたからそこまで(くんくん)臭くは(くんくん)ないよ(くんくんくん)うん…。」
『まー冗談はさておき、川を復活させる方法かぁ… 魔法でびゅーん!と出来ないの?』
「オレは双子通話以外の魔法なんて使えないし、村で魔法が使えるのはおばちゃん先生の治癒(水)魔法ぐらいかな。それに地形を変える魔法は一人や二人じゃ無理だから、村の外から雇うとなるとめちゃくちゃお金がかかるんだよね。領主様が返事を渋ってるのもそのせいじゃないか?ってにーちゃん思うんだ。」
望はノートパソコンの電源を入れるとカチャカチャとキーボードを叩き出した。
「お、いんたーねっとってヤツでググルーンしてる?」
『うん、検索キーワードは「川 復活」と。…暗渠だった川を再び陽の下にかぁ。』
「復活って蘇生術ってこと?アンキョ?アンデッドに光魔法ぶつける?」
『暗渠は川の上に道路や家を建てて隠しちゃうことね。』
「えー?川の上に住むの??でっかい船とか??」
『ワタシも詳しくないけど、川は見えないだけで地面の下にちゃんとあるってことだね。』
「ほえー んじゃウィムジ川も実は村の下を流れてるってことか!」
『そーゆーわけじゃ… あ、村の共同井戸って今まで枯れたことってあるの?』
「井戸?いや、少なくともオレが生まれてからは一度もないんじゃないかな。全ての農地に回せるほどの水は取れないけど、乾季でも枯れたことはないな。」
『ワジィ川は遠いのにその井戸の水はどこから来るんだろう?』
「どこからだろう?」
『仮に井戸の水源がウィムジ川だったとしたら、川は干上がったわけでも地形が変わって他の川に流れ込んだわけでもなく、今も地中を流れてる…?』
「にーちゃんはそろそろついていけないヨ?」
『お兄ちゃん、ちょっと調べてほしいんだけどウィムジ川がどこからどこへ流れていたのかと、川底だった場所の地質… 土の硬さや石の多さね。粘土が取れたりするかどうかもお願い。』
「川の場所と土の硬さと石の数、粘土っと。にーちゃんは頑張って覚えた。」
『あと、共同井戸の深さもお願いね。』
「えーと、はい… 場所と硬さと粘土と深さ… 大丈夫、にーちゃんは出来る子…。」
『ワタシも暗渠や井戸、治水について調べてみるよ。といってもググルーン検索や図書館で調べるぐらいだけどね。』
「”知識が”簡単に手に入る世界… のぞみがいてくれてホント助かるよ。」
『ワタシも勉強になってるし一石二鳥だよ。』
「いっせきにちょう…。」
『石を一つ投げたら鳥が二羽取れてたーって意味ね。』
「にーちゃんはまた一つかしこくなった!」
『はいはい、んじゃ調べ物よろしくね。』
「…うん。」