〈08話:完全勝利〉
コロッセオの決勝はダリエスで、かなりの苦戦をしたが最終的にはハルが勝利。
ハルが獲得したラミィの「なんでも一つ言うことを聞く権利」の内容を決めた。
「ハルさん」
「はい」
「決めましたか?」
決まったかというのは、優勝したらラミィがなんでもいうことを一つ聞いてくれるというものだった。
「うん。きまった」
すでに願望は決まっている。
ただ、ひとつだけ。
「き、聞いてもいいですか?」
一呼吸置いて。
口に出す。
「かなりの無茶振りかもしれないし、無理かもしれないけど、ボクがお願いするなら『近い将来、ラミィと結婚する』ことをラミィに提唱します!」
「……っ!」
ラミィさん、息を呑んで涙目に。
嫌だったのかな。
と思ったが。
「ふえぇぇ……。嬉しいです……」
「ほんと?」
「ここで冗談言ってどうするんですかっ!」
「そっか。よかった。でもこれは本命じゃないんだよね」
「え……?」
「いや、なんでもないよ」
最後はかなり言葉を濁したがどうやら喜んでもらえたらしい。
かなりの無茶を言ったつもりだったが、喜んでもらえてよかった。
「ハルさん。わたしからもひとついいですか?」
「なんだろう?」
逆にラミィからも何か願い事があるらしい。
なんだろうか。
もしかして、今すぐに結婚しろとかそんな暴挙を上げるわけあるまい……。
そんなことを思っていたら。
「んぅ……!?」
瞬間的に近づくラミィの顔。
ふわりと香る良い匂いに溺れそうになる。
気がつくと、唇に柔らかいものが触れていた。
そのタッチは一瞬で、気がついた時には離れていた。
そして、それがキスだとかがついた時にはラミィは満面の笑みでこちらを見ていた。
「え、え……? ラミィ、キスした?」
「えへへ。しちゃいました」
「…………」
キスなんて二回目だったのでかなり戸惑う。
だけど、嫌な気分じゃない。
好きな人にされるキスは、かなり心地よくて、またしたいと思ってしまった。
「ハルさん。これがわたしの思いです。わたしは本音を伝えるのが苦手ですけど、でるだけ頑張ってハルさんには伝えようと思うので、ハルさんもわたしになんでも言ってくださいね」
「なら、聞いてくれる? ボクの過去を」
これから始まる本当のお願い。
事の発端は、現実世界の高校時代だった。
日本にいたボクはもちろんケモ耳なんてものはなく、ひとりの人間として生きていた。
それが何故、今この世界にいたか。
それを話していく。
/*コメントアウト*/
ボクは情報科の高校に在校していて、いつもいつもパソコンと睨めっこだった。
「最後に『printf(“これで完了です。¥n”);、return 0;』と。よし! できた!!」
「やっほ、はる。順調?」
「うん! 今ちょうど完成したところだよ!」
「どれどれ?」
そう言って彼女、当時付き合っていた女の子が見てくる。
何かを吟味するかのようにガン見をする。
「……ここ、whlie文じゃなくてfor文かな。これじゃ無限処理のバグになっちゃうよ」
「あぁ、そっか。ありがとう!」
「うん。いつに増してかわいいね」
「そんな事ないよ!」
「照れながら言っても意味ないから」
「う……」
そんな感じでゲームの開発をしていた。
——あの日までは。
夏休みのある日、ゲームの開発は一旦お休みして自分の好きだったこのゲームをすることにした。
当時、そのゲームは世界に名を馳せるほど人気で、いろんな世界の人がそのゲームに集中していた。
そんな中、ボクはベータ版が出た当初からやっていたため、いろんな人にバッシングを食らっていた。
例えば、2chスレに「ベータ版やってた人はチートのクソだ」や「あんだけ弱くて賢者? 笑わせるな」などの誹謗中傷が絶えなかった。
実際、ボクとダリエス以外はそこまで強くなかったし、なんなら上限にすら届いていなかった人が多かった。
しかも、突然的な決闘を申し込まれたり、敗北を認めず、隙をついて殺そうとしたりする暗殺計画を企てるプレイヤーは山ほどいた。
ダリエスとボク対国の人という圧倒的不利な状況において戦争が始まったが、ダリエスとボクの圧倒的な実力差でねじ伏せたりもした。
幸い、その時はまだ『現実化』しておらず、死んでもリスポーンするのがよかった。
でも、今は違う。
一度死んだら、二度とリスポーンしない。
そんなことをいつも念頭に置きつつ、今を生きている。
現実世界への帰り方もわからないまま、今をがむしゃらに生きている。
これまでに批判も戦争も何度も喰らった。
途中からはボクたち賢者を支持してくれるようになる人も増えた。
ボクやダリエスにアプローチする人も増えた。
だけど、それの全ては権力や財産目当てだった。
それがわかってしばらくはこのゲームから離れた時期もあった。
鬱になり、何もかもがどうでもよく、それでもっていなくなればいいんじゃないか——
そんなことを思っていたりもした。
だけど、そうじゃないと否定してくれたのが付き合っていた彼女『葵』だった。
葵はいつも笑っていて、愛情表現が苦手だけど真っ直ぐで、何かに向き合う時も真剣で。
ボクはそんな葵が大好きだった。
今、葵は何をしているのだろうか。
そんな惚気をかましながら説明をしたのだ。
「……そんな感じだったから、今でも一番好きなのは葵というか」
すると、ラミィがとても驚いた顔をしていた。
「は、ハルさんってもしかして『渡辺 春』だったりする……?」
「うん? なぜボクの本名を?」
急になぜボクの本名を出してくるのか、と思ったが、それは一瞬で理解できた。
「わ、私が『田辺 葵』だから……」
「!?」
予想は当たっていた。
NPCらしさを感じず、懐かしい感じがする。
見た目もスタイルも声質も、その他もほぼ同じ。
「う、嘘でしょ……ここで再会なんて嬉しすぎるよ……。もう二度と会えないかと思ってたもん……」
そういいながら涙する葵。
「もぉ、ハルのばかぁ……。なんでそれを最初に言ってくれなかったの……」
そういいながらハグをし、プレイヤー情報の書かれたプレートを出してくる。
そこには、こう書かれていた。
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プレイヤー名:[賢者]魔法の精霊:ラミィ
別名 :田辺 葵
レベル :1,000,000,000+[上限超]
HP :700,925,800
MP :1,000,000,000+[上限超]
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↓
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プレートの別名欄にしっかりとボクが地球にいた際に愛した恋人の名前が記されていた。
でも、目的の葵のプレートを確認することはできた。
目的達成。
「ハルさん! いや、はる!」
「はい!」
急に名前を呼ばれてびっくりする。
「わ、私と、どうか結婚してください!」
……これはいわゆる「逆プロポーズ」では!?
ボクがいうのかと思ってたのに。
驚きすぎてフリーズしてると、葵は困った顔をする。
「だ、だめかな……。それとも私じゃ、イヤ?」
「い、嫌なわけないよ! むしろ歓迎するぐらい! これからもよろしくね!」
「うん!!」
葵の目尻には再び涙が。
だけど、それは嬉し涙だとボクでもわかった。
二人で手を繋ぎ、王都のホテルに戻る。
これからの人生、またこうして葵と過ごせることに嬉しさを隠せないボクだった。
また、この幸せな時間が戻ってくる。
そう思うだけで、口元がにやけた。
「なに、はるってば、私と過ごすことが幸せでかつ楽しみだった?」
「もちろん。予想は当たってたもんね」
「予想って……やっぱ最初から?」
「そりゃまあ。なんとなく『どこかで見覚えがある』っていう感覚が絶えなかったからね」
ハルの考えはこうだ。
どこか懐かしいような、そうでもないような、身内の感覚を覚えたらまずは確認しようとする。
だが、いきなり聞くのはいかがなものかと思われる。
そこでハルが提唱したのは『ある程度仲良くなり、過去話を持ち出す』という単純な方法だ。
だが、ある程度仲良くの部分がかなり難しい。
でも懐かし人のように思えるのであれば、強行手段を厭わない。
いっそ彼女にしてしまえ、そんな強行手段だ。
過去の話を身内ですらない誰かに話し、内部漏洩が確認できたらハルは処罰の対象となる可能性が高い。
でも、確定できる事実が一つだけあった。
それはついこの間のコロッセオの話。
賢者は睡眠中でも超能力の【自動会話聞き取り】のおかげでハルが爆睡していても会話を現像できることは容易だった。
そして聞こえた台詞がこれだ。
『はるってば、いつも無茶するんだから』の部分だ。
「いつも」ということは過去からハルを知っている人物の可能性が高い。
『そうだね。春は相手のためとなると無茶しがちだね。やめて欲しいけど嬉しいような』
『本当にそれ。物理的に死んじゃったらどうするのさ』
などと言う会話が続く。
それでいて、いつも緊張で震えるラミィとは思えないほどダリエスと親しげに話す部分はあまりにも齟齬がありすぎる。
そして、ラミィを葵、もとい賢者関係者と確定付ける言葉がダリエスの
『葵ちゃん……いや、今はラミィちゃんと呼ぶべきか?』
だった。
これでダリエスとラミィがつながり、ラミィは葵と言う事をハルの中で確定付けた。
そして今回、いや、だいぶ前からラミィを模る葵との距離を復元していき、まずは恋人同士になった。
次いで、葵の性格上、イベントで優劣を争う物事に勝つと必ず褒美を与えることを思い出し、それを利用した。
そしてダリエスにそれを話し、優勝させてもらい『なんでもいうことを一つ聞く権利』にてラミィと葵が同一人物ということを結論付けた。
ダリエスは呆れていた。
『春は地頭がいいのになんでそれを活用しないのか』
と。
「——こんな感じ、かな。どお。ボクにしては頭いい発想したでしょ」
するとラミィは葵の地声のワントーン低い声を出す。
「……完全に読まれてたんだね。そうだよ。全くをもってその通りだよ。しかし、完全に忘れてたなぁ。【自動会話聞き取り】の存在」
「ふふん。いつも読まれてばかりだからね。たまにはやらないとね」
「よくできました」
「えへへ」
そう言って頭を撫でられる。
ハルはご満悦だ。
今までも、これからも、こんな感じの会話が続いていくのかな。
そう思うと、幸せな時間だと思えた。
そして互いに思い出した。
この世界の賢者たちは全員一流のとある分野の天才だと。
最終的には、世界のいずれかで、何かが起こると誰かに必ず察知されることも思い出す。
でも、春と葵の思想は「両者が生きていて、かつ、相思相愛であればなんだっていい」という文面にしかならないのだ。
人間なのだ。
誰だってそういう感情はあるに決まっている。
そして春は強く願った。
この時間が、崩れませんように。