〈04話:王都〉
「私、飛行機って初めて乗ったんですけど、すごい快適ですね」
王都へ向かってる最中の飛行機内。
ラミィがそんな不思議なことを呟いた。
「そうなの? あそっか。飛行機って貴族の乗り物として使われてるもんね」
「そうなんですよ。もっと小さくていいから庶民的な飛行機できないかなとか思っちゃってます」
「飛行機か……。材料が揃えば作れるっぽいけどね」
「ほんとですか!! 自家用機として使えたらすごいですよ!! しかも作るって!」
「たしかに。王都で材料買うかー。お金は腐るほどあるし」
材料は揃うだろうがクリエイトが使えるかがわからない。
「『お金は腐るほどある』ってなかなかのパワーワードですね……。海外資産家みたいな台詞……」
「勇者だったしあながち資産家で間違ってないけどね」
そんな会話をしながら空を飛ぶこと一時間半。
王都に着陸した。
飛行機はどこの世界も同じ感じで離着陸するらしく、着陸時の衝撃でラミィが頭を打った。
頭を撫でながらなぐさめ、まず向かったのは王、ダリエスと言うこの世界の王がいる王の塔と呼ばれる場所。
このゲームのプレイヤーだった際、ダリエスは親しい仲間のうちの一人だった。
言葉通りリーダーとも、国王と呼べる存在で、地位は高く誇らしいが、決して威張ったりしない、そんな完璧人間だった彼の元へ向かう。
「ハルさん? こっちは王の塔ですよ? ダリエス様とお知り合いなんですか?」
「そうだね。かなり昔からの付き合いだから仲はいいほうだよ。冒険も一緒にしたし」
「ほー! すごい繋がりだし凄い方ですね、ハルさんは」
「そうでもないよ。あ、アルーさん。ダリエスいる?」
王の塔にいたメイドさんに聞く。
サファイアを思わせる碧髪でいて顔立ちは整い、しゃんとしてるダリエスの秘書兼メイドのアルーさん。
「お久しぶりです、ハル様。ダリエス様はただいま書庫にいると聞いております」
「ありがとう。今日も怖い顔に似つかず優しいね」
「そ、そんなことはありませんっ」
言葉遣いも完璧なメイドさんも元プレイヤーだったりする。
顔を赤らめるアルーの元から去り、ダリエスの好きな場所、書庫に向かう。
なぜメイドなのか、それは個人の趣味らしい。
「そんなわけらしいので書庫に向かうよ、ラミィ」
「…………」
あんぐりとした顔で魂が半抜けしているラミィ。
ゲーム時代はこれが普通だったのが驚きだったのだろう。
魂を戻して手を繋ぎながら書庫に向かう。
書庫は地下にあるため、エレベーターを使って降りる。
ラミィに「勝手に使ったら怒られますよ!?」と驚かれたが、賢者だったことを説明すると渋々納得した。
古いエレベーターがガタンと音を立てて地下の書庫に到着した。
「ついたよ、ここがダリエスが一番好きな場所、書庫だよ」
「ひ、広さが桁違いですね。しかもサラッと中に入るはるさん……。すごいしか出てこないです……」
そう。彼が好きな書庫はとてつもない大きさを誇る。
地下の深さで言えば三十メートルほどだろうか。
縦横の長さはそれぞれ四十メートルほどの円形をしている。
『異世界にありがちな書庫とか欲しい』とかを現世にいた時にぼやいていて、ゲームで少しずつ王都を改造し、今の阿呆みたいな量の書庫が完成した。
わかりやすい位置にあるが、賢者以外の人もしくはそれに支える仕事関係者の人以外の立ち入りすら禁止されている。
なぜなら国やこの世界、ゲーム時代のこの世界の備忘録などの他の人が読んではいけない書物が大量にあるからだ。
まれに変な雑誌もあったりするが見て見ぬふりを賢者の皆はしている。
ちなみに、書冊の数は百万冊にも上るらしい。
「そんなことないって。あ、ダリエスー!」
ダリエスの気配を感じ、彼の名を呼んでみる。
「む、その声はハルだな? 最近ずっとオフラインだったからどこ行ってたんだい」
ダリエスが本棚から顔を出す。
淡い緑髪で顔はイケメン。スラッとしていて筋肉質。今は王として働いているが、昔は双剣の使い手だったりする。
「あはは……。まあ、ちょっとね。フェスがあるから暇つぶしがてらに来ちゃった」
「相変わらず可愛い見た目してるね、はるは。と、その女性は? もしかして彼女?」
(……ボクのことを現世風な呼び方?)
少し疑問に残るところがあったが気にしないことにした。
「彼女を希望しているらしいラミィさんです。魔法の特訓したいらしいんだけどおすすめの場所ある?」
「ラミィさんはどんな魔法使いなのかな?」
ダリエス、もとい王がラミィに優しい顔で話しかける。
ラミィはガチガチに緊張していて、口をパクパクしている。
「えええええと、その、えと、あの」
「落ち着いて落ち着いて」
「ラミィ、この人は友達感覚で話しても全然怒らないから大丈夫だよ。心も寛大すぎて仏だから」
「はる。褒めすぎだよ」
「だって事実じゃん」
「そうでもないよ」
そういいながらもダリエスはまんざらでもない。
前から褒められに弱いのは変わってなかった。
褒められに弱すぎて全肯定してあげたらうずくまって照れていた過去。
黒歴史なんだとか。
「え、えと、わたしは、回復の、魔法を特訓してて、レベル二までは全部、鍛えてます」
「レベル二か。はるの五百分の一だね」
「言い方。可哀想でしょ」
「あはは、ごめんごめん。でも、一人で僕らみたいに特殊能力もない状態でレベル二は頑張った方だね。魔法の先生は身近にいる人だとはるだけど、いける?」
突然先生をやれと言われてかなりキツさはありそうだが、ラミィのためなら頑張れると思う。
「まあ、先生とかやったことないけど多分いける」
「じゃあそれで。あ、そうだ。はるに頼み事していい?」
「なんだい?」
魔法の特訓があっさり決まったところで王直々に頼み事を言われる。
「三日後にフェスあるじゃん。あれの最初と最後だけ出てほしいんだよね」
「というと?」
「今年は出場者、薄々気がついてるけど、これが現実でフェスに参加する人がすごい増えてるから。その一例として僕らもそうなってしまったからね。客呼びパンダみたいで申し訳ないけど最初と最後だけステージに出てほしい」
「っ。やっぱりそうか」
『——この世界が現実になっている』
この言葉が本当なら今頃、ダリエス、アルー、その他英雄たちもこの世界に来ている。はず。
異変があったのは一昨日。
一昨日よりも前はダリエスを除く英雄はオフラインだったのに一昨日、突然他の英雄たちがオンライン状態になった。
何かが起きている。
それしかわからなかったが、ダリエスの言葉で確信した。
——ここが、今いる場所が、現実世界だと。
ここに来る前にアクネートさんからも言われた。
『——これはゲームではないぞ』と。
それは、此処が、今が、現実で。
——ここで死んだら二度と生き返らない。
「それともう一つ」
ダリエスが追加で要求をする。
「僕はとある理由、まあ国を収めてるからなんだけど、それが原因で動けない。だけど他の英雄はオンラインになっている。つまり言いたいことはわかる?」
いきなりなんのことかと思ったが、ダリエスの言いたいことは理解できた。
「——他の英雄を探せと」
「ビンゴ。昔から察しがいいよね。いける?」
「まあ、暇だから全然大丈夫。とりあえずはフェスだね」
「そうだね。ちなみに、僕も出る予定だよ」
「ふむ? 王様がフェスに出るとは珍しいね」
「僕も昔みたいに暴れたいからね。たまにはいいでしょ」
「まあ、ほどほどにね」
ダリエスさん、昔の討伐クエストで本気になりすぎて辺り一面の森を吹き飛ばした過去があるので、抑えてね、とだけ言っておく。
彼が本気になるとものすごく怖い。
ちなみに忘れ気味だがラミィさんは緊張が解けずにボクの裾をずっとぎゅっと掴んでいる。
かわいいなあ。
「さ、そろそろ魔法の特訓でもしておいで。ラミィちゃんが寂しそうな顔になってるよ」
「あ。ごめん」
ラミィの頭を撫でてやると嬉しそうに目を細めた。
「いこっか」
「は、はい」
「じゃ、ダリエス、また後で」
「うん。またね」
そう言って王の塔を後にした。
「あっちでは何が起きている……?」
ただそれだけが疑問に残った。
この世界のこと。
元の世界のこと。
住人のこと。
そして。
——あの女神のこと。
王の塔を出て少し歩いたところに魔法訓練所がある。
そこまで歩いて、魔法の指導を始めることにした。
「じゃあ、魔法の練習を始めよっか」
「はい! ハル先生!」
「先生とか呼ばなくていいよ。とりあえずそこの甲冑に向かって支える魔法全力で投げてみて」
「いきなり全力で……」
「そう、じゃないと強化のしようがわからない」
「なるほど……。我が加護なる精霊よ、我に力を与えよ……【ファイア】!」
長すぎて省略しているがラミィはちゃんと詠唱をしている。
詠唱して初めて魔法が出せるのが普通だ。
詠唱せずに魔法が出せるほうがめずらしい。
ファイアが出されてはるはうーんと唸る。
「全体的に火力が弱いね。まあレベル二だとそんなもんか。火力を上げるには——」
そんな感じで魔法よ特訓が始まった。
最初は苦戦してたアドバイスも徐々に慣れてきたのか、苦戦することなく火力を上げることが可能になってきた。
二時間程度、練習をしたところで。
「とりあえず休憩しようか。魔力枯渇で倒れそうだし」
「はひぃ……」
そんな感じで休憩をとることになった。
ラミィに膝枕をして。
「ハルさん。どうですか? 上達できてますか?」
「うん。できてるよ。飲み込みも早いおかげで今日のトレーニングプラン終わりそう」
「ほんとですか! よーし頑張るぞ!」
「はい、今はまだ動かない。倒れちゃう」
「はいぃ……」
ラミィ的には元気なのだが、魔力がいかんせん全体の一割しか回復していない。
魔力の回復法が自然回復、魔力ポーション、そして、接吻。
映画などでよくあるキスして魔法を回復させるアレ。
あれと全く同じことをすると回復する。
なんか、ちょっと、うーん……。
ラミィだって年頃の女の子なわけだし……。
「ラミィ、魔力ポーションひとつだけあるんだけど、飲む?」
「それって美味しくないってよく聞くんですけど……」
魔力ポーションの最大の欠点は、『美味しくないこと』だ。
極限まで薄めたポカリスエットみたいで不評気味。
「でもそうすると回復を待つか、その、き、キスをすることに……」
それを知ってラミィの顔はどんどん赤くなっていく。
熟れたりんごみたいになってしまった。
「「…………」」
気まずい。
気まずい雰囲気で数分。
ラミィが口を開く。
「で、でも……。わたし、はるさんなら、嫌じゃないです……」
そういうなり顔を隠してしまった。
もちろん指の隙間から見ているわけだが。
「じゃあ……と言いたいけど! 流石にそれは恋人になってから!」
珍しくボクが顔を真っ赤にして魔力ポーションを突き出した。
「ご、ごめんなさい……」
ラミィも顔を真っ赤にしている。
ポーションをまずいまずいと言いながらも飲んだラミィは魔力が全て回復した。
「飲めた?」
「はい……うえ、美味しくない……」
「よしよし、今度ポーション飲みやすいように改良してみるね。えらいえらい」
そう言ってラミィの頭を撫でる。
「さ、魔力も回復したわけだし、特訓の続きやりましょう!」
頭を撫でただけなのに、すぐに元気になるラミィさんは強いと思う。
ふと、ラミィが言ってきた。
「あ、そういやですけど。はるさんの魔法の強さどのくらいか見せてほしいです」
「ボクの?」
「はい。アドバイスをしてくれるのも嬉しいんですけど、実際に見て習いたいというか。一度はるさんの魔法の使い方を知りたいです」
「なるほど……。じゃあ、広い平原に移動しよっか。この王都でやると王都丸ごと吹き飛びそうで怖い」
「どんだけ強いんですか……」
半ば呆れつつ、転移魔法で人気が全くない平原まで移動した。
「どうせならボス戦でもするかあ。【ウォール】」
ボス戦をするにあたってラミィはまだレベルが低いので、バリアを張っておく。
「え……? 詠唱なし……?」
「うん。ボクらは詠唱なしでも魔法が使えるようになるまで訓練したからね」
ちなみに詠唱してもちゃんと魔法は使えます。
「おぉ……」
「じゃあボスを呼ぶよー。[ジャイアントウルフ]」
ボスを呼び出す道具を使うと、雄叫びが聞こえて人などをを遥かに凌駕するハスキー犬もどきが出てきた。
「【トラップ】」
即座に足にトラップを引く。
一歩踏み出せば引っかかる仕組みだ。
ジャイアントウルフが踏み出し、見事にトラップに引っかかる。
「【極大魔法——】」
極大魔法、と言う単語を放った瞬間、円形の魔法陣が幾つも出現し、ジャイアントウルフの頭上にも魔法陣が描かれた。
青白い光は次第に光度を増し——
「【——ダイナマイトフレア】」
言葉を放つと、一帯が赤く染まり、轟と共に炸裂した。
それは決して小さなものではなく、半径三キロが吹き飛んだ。
強めの地震と言っても良いぐらいの揺れが襲い、ジャイアントウルフがいたところは窪地になってしまった。
そしてジャイアントウルフは消えた。
* * *
「——っ」
ラミィは、一瞬理解ができなかった。
何が起こったのか。
爆発? ブラッドムーン? それともその他の何か?
とにかくヤバいことが起こったのは間違いない。
理解するまで十秒かかった。
気がついた時には、はるさんがこっちに向いて「勝ったよー」と笑顔でいた。
「い、今のは……?」
「ん? 『極大魔法ダイナマイトフレア』だよ。名前ぐらいは知ってる?」
私はおかしくなりそうだった。
ダイナマイトフレアといえば扱い方がかなり複雑で難しく、一般人が使ったら誤爆で自爆してしまうことがよくある。
しかも、ジャイアントウルフもレベル上限の千レベルを一瞬で吹き飛ばしてしまうほどの火力。
只者じゃない、そう思った。
やっぱり、ハルさんは、何者——
「どうかした? ボクの顔になんかついてる?」
ハッと気がついた。
思い込みをしてしまったようだった。
「い、いえ……。あまりにもすごすぎて呆然としてました。元勇者ってこんなに強いんですね」
「そんなことないよー。えへへへ」
嬉しそうに尻尾をパタパタ。耳もぴょこぴょこ。
かわいい。
そう、私がこの人、はるさんを慕う理由。
強くて、可愛くて、美しい。
だから、嫉妬もするし、恋人にもなりたい。
驚いて、嫉妬して、憧れる———
「よしよし」
気がついたら頭を撫でられた。
「多分、ボクのことで悩んでるんだよね」
「…………」
見透かされた。
私はいつだって、わかりやすい。
顔に出て、言葉に出て、感情にも出る。
そんな素直すぎる自分が苦手、いや、嫌いだったりする。
でも、そんなのははるさんには言えない。
きっと、離れてしまうから。
また、一人ぼっちになってしまうから。
「悩んでることがあれば、なんでも言ってね。ボクが力になれるかはわからないけど、ボクの今の相棒はラミィだから。なんでも言って良いよ」
『今の相棒はラミィ』と聞いて、思わず胸に熱いものが込み上げてきた。
嬉しい。
私を相棒として見てくれている。
でも、その分。
——申し訳ない。
自分でいいのか、こんな自分なんかで。
などとマイナスの言葉が脳裏をよぎる。
「一回、ちゃんと話し合お?」
「……はい」
素直に話し合うことも大事だ。
素直に話し合って離れる人がいるならそれでいい。
むしろ、はるさんには嫌われた方がいいかもしれない。
「それで、何を悩んでたの?」
「実は——」
これまでの経緯を説明する。
ハルさんに幼い頃から憧れて、魔法の練習をして、でもうまく行かなくて。
実際に会えた時には感動をしたこと。
実力の魔法を見て感動したこと。
尊敬したこと。
悔しく思ったこと。
好きになってしまったこと。
など。
一回口に出したら止まらなかった。
本音が全て漏れてしまった。
でも、それでいい。
どうせなら、嫌われた方がマシだから。
「…………」
はるさんは、何も言わずに、私の悩みを真面目に聞いてくれた。
話を裂くこともなく、全部黙って聞いている。
怖い。
なんと思われているのだろうか。
でも、本音で話したら、少しスッキリした気がする。
「——以上です。だから、むしろ嫌われてもいいというかなんというか……。めんどくさいですよね、こんな女」
はるさんはしばらく沈黙して、口を開く。
「うーぬ。ラミィが悩んでることって結構深刻だったんだね。じゃあ、ボクからの回答は三つ」
はるさんは人差し指を立てる。
「一つ。本音をラミィから聞いたところで冷めたり嫌ったりは絶対にしない。唯我独尊とかそういうタイプは苦手だけど、別にそうじゃないって知ってるから、本音で言って欲しい」
続いて二本目の指を立てた。
「二つ。憧れてくれてありがとう。ラミィみたいに憧れてくれてる人が一人でもいてくれるだけでボクは元気になれる」
最後に、三本目の指を立てた。
「最後に。ラミィがめんどくさいなんてことはない。むしろ魅力的な女の子だって思ってもいい」
そして、はるさんは顔を少し赤らめ、こう言った。
「それと、もしよかったら、ラミィが嫌じゃなかったらなんだけど、ボクと付き合おうよ。ここ二ヶ月、ラミィという女の子に夢中になってたのは内緒の話ね。だから、よかったらボクと付き合ってください」
「——っ」
いきなり言われた突然の愛の告白。
思ってもいなかった。
憧れで伝説の英雄譚として祀られてる人からの告白なんて、夢のまた夢だと思っていた。
嬉しすぎて、涙が出てしまう。
「うぅ……」
「あれ!? い、嫌だった? ご、ごめんね」
「違くて……嬉しくて……」
様子を伺うように覗いてくる。
可愛らしく美しい顔に見惚れてしまう。
そして、私は言う。
とびきりの笑顔で。
「私でよければよろしくお願いします」
きっと、これからも、私はこの人と共に生きていく。
( 'ω' )わぁー